「戦国鍋TV」考

 少年ジャンプ・サンデー・マガジン・チャンピオン、かつて隆盛を誇っていた少年漫画雑誌は、黄昏を迎えていた。今や立派なおっさんに育ったテレビマンたちが少年だったころ、親の目を盗んで夢中で読みふけった、ちょっぴりエロくてグロくてナンセンスな世界。あのノリで歴史バラエティーを作ったらどうなるんだろう。こうなった。と、これは当方の勝手な邪推だが、当初の戦国鍋はこんな感じだったのだ。
 地方局放映の低予算企画ながら、初回からセンセーショナルだったこの番組は、回を重ねるにつれてじわじわとクオリティーを上げていく。予想外に広がっていった視聴者層。メインキャストは、まだ業界の手あかにまみれていない若手役者。はっきり言ってマイナーだったはずの彼らは、女子の熱視線にアイドル化していく。さらには面白い教養番組として生徒に紹介しちゃう学校の先生まで現れる。
 
 戦国鍋TVは、放映から十年以上たった現在まで再放送され続けているお化け番組だ。言わずと知れた刑事物の金字塔をもじった「戦国にほえろ!」をはじめ、ドラマ、バラエティー、音楽、アニメ、報道、TVショッピング、CMに至るまで、ありとあらゆる国民的番組のパロディーが、これでもかと詰め込まれている。登場人物は戦国武将に置き換えられ、元ネタもろとも全てを無遠慮にぶった切り、辛辣且つまじめにおちょくっている。お気軽教養バラエティーの皮をかぶっているが、澱んだTV業界へのカチコミと言っていいくらいの斬新さがあった。最近超低予算でコアな作品を制作している、某局の若手プロデューサーたちに及ぼした影響は、計り知れないのではないかと思う。
 初回冒頭は、いかにも少年受け狙いの「戦国ヤンキー川中島学園」。この路線は「大阪ハイスクール 高校与太郎爆進ロード」に受け継がれ、ここにはこっそりバカリズムが出演していたりするのだが、このエグいヤンキードラマの直後、CMも挟さまずに、歌番組が始まり、ピンクのラメラメ衣装に羽飾りも愛らしいアイドルグループ「SHICHIHON槍」が、歌って踊りだす。この番組の魅力は、コンセプトが見事にばらばらの多彩なコーナーだった。
一押しの企画は「うつけバーNOBU」。ママは「ホトトギスをちょん切って」しまった「信長」。常連客に自身の強烈な体験に基づいた怖いアドバイスを披露する。髭のまんま夜の女のメークをしているのだが、これが凄味のある美おかまで、吸引力抜群である。「牙狼」の小西遼生氏が演じていたが、なんでもやっちゃう演技の幅には舌を巻く。
 「戦ハーフタイム」は、合戦の合間に監督と武将が戦略を練るミニドラマ。疲弊した戦装束でロッカールームに入ってくる4人の武将たち。チームのマネージャーは「南」。これがまた髪型から、袖をまくった体操服と臙脂のジャージ、走り方まで、あの「タッチ」のまんま。今や数々のミュージカルで主役を務めている村井良大氏も武将の一人に扮して、もろ肌脱いで登場。押しが、「南」に「たっちゃん!」と呼ばれるとちょっとうれしい。戦国武将には略すと「たっちゃん」や「かっちゃん」になる名前が結構多いというのも新しい発見だ。それで「南」の登場か、と、納得してしまう。
 「戦国サポートセンター」では、コールセンターにお勤めしている古今東西の名だたる軍師が登場。首から上は戦国時代だが、スーツにネクタイでスマートに決めた彼らは、あくまで史実に基づき、合戦中の武将からの相談に対応する。「竹中半兵衛」「黒田官兵衛」、ヤマカンの語源となった「山本勘助」、マニアにうれしい「雪斎」や「立花道雪」。「川田義明」をメインとする呪術課なんてものまで設置されている。
 「戦国武将がよく来るキャバクラ」には、埋もれた名将がやってくる。身の上話を熱く語る武将たちはキャバ嬢に翻弄され、お会計をしに来る黒服の一言に慰められたりするのだが、このキャバ嬢がめちゃめちゃかわいい。週替わりで接待される武将が変わるこのコーナーには、凄い役者が続々と登場する。斎藤工、ムロツヨシを始め、次々と登場する実力派バイプレイヤーたち。あまりの自然さにホステス役の麗奈ちゃんが本物のキャバ嬢に見えてきた。
 コンビニで、頭はちょんまげだが首から下は今時の若者、というスタイルの武士が立ち読みしている写真週刊誌は「武武家」。もちろん内容は戦国武将をめぐるスキャンダル、煽情的なタイトルが躍る表紙から、武将の肖像にかけられた目隠しや伏字、裏表紙の怪しげな宣伝まで本物そっくりという芸の細かさだ。
 「RQ」は、利休が店長を務める裏原宿のブティック。独自の「わびさび」感覚で、おしゃれヤングの圧倒的支持を得ている。センスのないオーナーの秀吉は全くついていけない。わびなんだかさびなんだか訳の分からない茶の湯の美意識を、やはり当事者以外には理解しがたい現代のファッション事情にダブらせて茶化している。
 戦国武将が時空を超え、アイドルユニットを結成して、歌番組に出演する「ミュージックトゥナイト」。無茶な設定をものともせず、体当たりで演じ、歌い、踊る役者たち。ぶっつけ本番で挑んでいるような緊張感があった。振付を間違えようが、こけようが、噛もうが、そのまんま流される映像からは、息遣いまでダイレクトに伝わって来るようで、妙な親近感がわく。ファンの圧倒的支持を受けてメイン企画に成長し、最後まで番組を支えることになったこのコーナーでは、村井良大、相葉裕樹両氏が、コメディータッチのイケメン役として絶妙な演技でメンバーをリードする。このコーナーのハイライトとも言えるのが「信長と蘭丸」。蘭丸は舞台「刀剣乱舞」で三日月宗近を演じた、2.5次元の美しき「神」、鈴木拡樹氏が演じていた。また、ある程度評価が定着してきていた後期の「AKR47」「幕×JSPAN」では、間宮祥太朗氏も登場する。AKRには、同じく朝ドラからブレイクした前田公輝氏らも出演していた。
 
 「鍋」は、平成の「ゲバゲバ」だ。すし詰めになった軽妙なギャグ。ネタの下には鮫皮で卸した山葵が仕込まれている。もちろんテレビ全盛期の、予算も人材も湯水のように投入できた怪物番組とでは、クオリティーも完成度も比較にならない。「ゲバゲバ」が三ツ星ショコラティエのギフトボックスとすれば、「鍋」はバレンタインの手作りチョコだ。だが、思いのこもった手作りの方が美味しく感じることもある。
 無鉄砲な勢いに乗せて、忖度無用のとんがった企画。すべてがコント仕立てのパロディーだ。史実という縛りすらも楽しんで練りに練り、隠し味を効かせた台本、ダジャレの効いた歌詞。番組全体が青臭い情熱にむんむんしている。
 演じる役者たちも個性満開。どんな無茶ぶりでも、フルスロットルでぶっ飛ばして乗り切ってしまう。アクションもこなし、メインキャストも張れるレベルの俳優がぞろぞろ出演していたのだ。恐るべき品ぞろえ。見るものには、むき出しの感性と、みずみずしくも甘酸っぱい情熱のほとばしりが浴びせられる。出演者も、多分スタッフも、みんな一生懸命で熱かったにちがいない。ぶつかっても、圧力にくじけそうになっても、現場は活気に満ちていて楽しかっただろう。
 今は失われてしまったテレビ映像ならではの面白さ。天才テレビマンが群雄割拠した、「昭和」の匂いがする。時々飛び出すレトロな野球ネタも、「巨人・大鵬・卵焼き」を知っている世代には嬉しかったりする。見るものは様々なパロディーを楽しみながら、番組のサブタイトルの通り、「なんとなく歴史が学べ」てしまうのだ。恐るべきことに歴史嫌いで社会の教師に目をつけられていたこの私が、この番組のおかげで徳川15代将軍の名前と業績を覚えてしまった。分厚くてつまらない教科書なんかやめてこれを教材にしてくれれば、もっと歴史が好きになっただろうに。

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