「鍋」を巣立った役者達 村井良大氏を語ろう― 国宝級表情筋装備のノーブルな美顔

 「ちゃん」かつて「俺旅」という千葉テレビの番組の中で、相棒の佐藤氏は彼をこう呼んでいた。「村井ちゃん」が縮まってこうなったようだが。なんかしっくりくる。きれいで、うまくて、誠実そうで、庶民的。村井良大、素敵な役者さんだ。
 
 「戦国鍋TV」がしゃれで作った音楽コーナー「ミュージックトゥナイト」のパロディユニット、「信長と蘭丸」。「信長」は、村井氏。「蘭丸」は、鈴木拡樹氏。「刀剣乱舞」の三日月宗近様は彼でなければ偽物と言われる、2.5次元界の「神」だ。持ち歌は「敦盛2011」。これが絶品にならないはずがないでしょう。
 「村井信長」。メイクさんが完璧な美丈夫に仕上げた顔が、演技に入った瞬間に、蘭丸LOVEのスケベででろでろなおっさんへと崩壊する。これがめちゃくちゃ可愛い。
この番組のスピンオフコンサートは圧巻で、趣向を変えて何度も行われており、DVDも出ている。ここでは舞台役者の性か、変幻自在の様々な表情を、出血大サービスで鑑賞させてくれる。彼は早変わりで幾つものユニットに登場するので、お得感無限大。ファン垂涎のステージだった。
 
彼の顔には見苦しい角度というものがない。普通「イケメン」と言われる顔でも、どこかバランスの崩れたところがあるものだ。ところが彼の顔は、真横からだろうが下からだろうが、どこから撮ってもそれぞれに魅力的だ。若かりし頃の石坂浩二を彷彿とさせるノーブルなハンサム。斜めに見上げる瞬間の鋭いまなざしは怜悧で、本物の美人だけが持つ近寄りがたいオーラを放つ。中でも際立つのは、目を閉じた状態から目覚めた瞬間だ。アルカイックスマイルを浮かべたような半眼から、完璧な形の瞼が開いていく様は思わず拝みたくなる。一番無防備な状態がきれいなんて、どれだけ神様に愛された美貌なのだろう。あの崇高な美の中に、あの暖かい笑顔が埋まっているのが不思議でならない。
 高く逞しい鼻梁。品の良い小鼻。受け口気味の花びらのような唇。ところが、この唇が悪夢のようによく伸びる。全力で笑うと顔の半分が口に見えてしまうほどだ。
 
彼は、この絶妙なパーツを、演じる役柄とシチュエーションに応じて大胆に操り、自在に表情を造ることができる。国宝級の表情筋の使い手なのだ。
 笑えばファニーフェイス。垂れた眉。愛嬌満点の笑いじわ。左右に引っ張られて太い矢印みたいになった鼻。ピースマークの口。これがパペットのようにカパッと開いて、お行儀よく並んだ歯の間からは、人懐こい子犬みたいなピンク色の舌が覗く。見る者の心をつかんで離さない、いたずらっ子の笑みだ。
 怒気を帯びると、これが阿修羅のように豹変する。盛り上がった眉根の窪み。眦も裂けんばかりにカッと見開かれる四白眼。真一文字に引き結んだ唇の脇に刻まれる深い皺。ぐいと張った逞しい顎を引けば、高く太い鼻柱が強調されて猛々しい。
 こんなに美形なのに、こんなに柔軟で強靭な表情筋を自在に操っている役者は、近年見たことがない。
 
芸能人は事務所と契約するやいなや、最も魅力的に見える映り方を刷り込まれる。ところが、彼が今使っているプロフィール写真は呆れるほど普通だ。「戦国鍋」で「天正遣欧少年使節」の千々石ミゲルを演じていたころは、ウイーン少年合唱団のソリストのような、極限の美しさで女子を魅了していたのに。今だってアイライン一本で超絶美形を演出できるのに。しかし、オーダーに合わせていかようにも化けられる今の彼のプロフィールには、ニュートラルな顔をしたこの写真がふさわしいのかもしれない。
 
 二十代半ばにして、すでに彼は「イケメン俳優」をやめたがっているみたいだった。確かに、ツンデレボンボンが可愛い女子にほだされて、ハグしてキスしてベッドインといった流行りのドラマには、彼の表情筋はもったいない気がする。しかし、これから本格的に男の色気を発散するお年頃だというのに、ファンとしてはこれは惜しい。おまけにキー局にはちょっとしか顔を見せてくれない。舞台が遠い田舎者には寂しい限り。
 生来の整ったルックスに頼らない彼の演技には磨きがかかり、豊かな表情は静かな感動とともに観客の心に浸み込んでいく。地味に装っていたって、どんな表情も、どの動作もかわいい。これほどチャーミングな俳優は稀だ。役になりきったときだけ開放される、美と色香。抑えきれないフェロモンが暴発する。普段力業で秘匿され、圧縮されている分、観衆を蠱惑する破壊力はすさまじい。
 どんな小さな役でも手を抜かない彼は人脈を広げ、実力派の舞台役者としてのし上がっていく。助演男優賞受賞は、素直にとても嬉しい。
 
 好むと好まざるとにかかわらず、華の顔もいずれ年輪の奥に埋もれていくことになる。惜しい気もするが、それでいいのだろう。下手にメスや針を入れてエージングケアなんかしてほしくない。刻まれていく男の皺は、女子にとってセクシーなものなのだ。「ハリウッドではメインテナンスは常識ですよ。」なんていう美容外科系エステの口車に乗ったりしないでね。ほうれい線を嫌がって表情を失い、滑舌まで犠牲にしてしまったら本末転倒だ。のっぺりした水風船のよう顔に「真の花」は降りてこないのではないかと思う。
 

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