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暮らしや営みの中で零れ落ちそうなことを掬い上げたり、心や脳に浮かんだ閃きを忘れないよう書き留めたりする、思考や思想の直売所のようなものです。
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『小さな声の向こうに』 はじめに 全文公開

 今夜は嵐のように強い風が吹いている。  窓の外では蕾を携えた桜の枝が大きく軋み、空からは轟音が鳴り響く。不穏なばかりの夜からできるだけ距離を取るように全ての窓をぴたりと閉めて、部屋の中で耳に馴染んだ静かな音楽を流し、飲み慣れた茶を淹れる。呆れるほどに何度でも反復してきたそんな行為の中に身を置くことで、心はいくらか穏やかさを取り戻していく。文章を書くには、そうした準備運動が必要だ。  いまから3年前の冬の終わり、抜き差しならない事情によって私の心は枯れ果てていた。なにを目に

『小さな声の向こうに』 副読ノート。その1

今週火曜日に発売となった、『小さな声の向こうに』。桜が散るなか、外で読んでいます……という嬉しい便りがちらほら届き、とても嬉しい。各地の書店で、オンラインショップで、お手にとっていたいた皆様、本当にありがとうございます! 本日は副読本……ならぬ、副読ノートとして、執筆時のちょっとした裏話や、ささやかなこだわりを書いてみたいな、と。 好きに本文を読んでいただいて、その後の付録として楽しんでいただくもヨシ。並行して読んでいただくもヨシ。しかし全編やるとあまりにも長くなってしま

仮に妊娠したとすれば、いつそれを伝えるのが最適なのだろう

「念校、ご確認ください!」 3月8日のお昼過ぎ。病院の簡易ベッドで支度を済ませ待機している最中に、担当編集さんから125ページに渡るPDFが送られてきた。1ヶ月後に世に出る拙著、『小さな声の向こうに』の最終原稿が送られてきたのだ。レディースクリニックの待機時間というのは往々にして長いので、できるだけ今スマホでチェックしてしまおう……とそのファイルを開いた瞬間に「◯◯番の方、手術室にお入りくださーい!」と呼び出されてしまった。「追って確認します!」とだけ返事をしてスマホを待

大丈夫。大人になってからでも、友人はできるから

「アンタはほんまに、友達の運がないなぁ」 小学生の頃。仲良くしていた友達が遠くに行ってしまう……という報せを受けて心底落ち込む私に、母は度々そう言った。というのも、こうしたことは一度や二度じゃなかった。私が親しくしていた友達は、なぜかいつも遠くに行ってしまうのだ。親の転勤で、家の引っ越しで、私立への受験で。休み時間、みんながドッヂボールをする中で教室に残り、一緒に絵を描いてくれたのっちゃん。運動音痴な私にも優しかった、あやのちゃん。舌足らずな私の側で、いつも強い味方でいてく

「お元気ですか?31歳の私です。」

「お元気ですか?31歳の私です。」 ……というタイトルのメールが今朝届き、スパムかな? と思ったけれど、開いてみると確かにそれは31歳の私が書いた文面だった。 「PRESENT 4229」という、4年に1度の2月29日から、4年後の2月29日に送れるメールサービス。そういえば2016年から使い始めていたのだった。 そして、開いたメールに掲載されていた4年前の自分からの文章に思わず苦笑。詳細をお見せするにはあまりにもセンシティヴではあるけれど……お手紙の概要と今の私からの

冬の香りと五感の回復

秋頃から抱えていた大きな仕事が、一段落。 ここ数ヶ月(大晦日と元旦の帰省を除いて)、出かけることも、友人と会うことも、外食に行くことも諦めてとにかく原稿、不妊治療、原稿、不妊治療、原稿……という日々だったのだけれど、それがやっと、ようやっと落ち着きました。今、世界一好きな言葉は「脱稿」です。 そうしたタイミングで少し羽根を伸ばそう……と、一番好きな場所に行って参りました。一泊二日、山梨県の乙女湖の湖畔にある宿、ホトリニテへ。 こちらが前回訪れたときのもので…… こちら

自分を調律するための音楽

 感覚を文字にする仕事をしていると、取りこぼしてしまうものがあまりにも多いな……と思うことがある。もちろん言葉だからこそしっかり筋を通して伝えられることもあれば、言葉を介さない感覚と感覚での会話……というものも必ずあって、それが美術や音楽と呼ばれたり、愛と呼ばれたりすることもあるのだろう。  書いて、読んで、書いて、読んで……を反復しつづけていると、頭のほうがうんと優位になってくる。知識を蓄え、思考を整理し、今起きている事柄を自らの言葉で言い表そうと、世の中を抽象化して理解

人生なんて自己矛盾の数だけ愛おしくなるのに!

数多の自己矛盾に、呆れながら向き合っている。 絶賛エッセイ本の準備中……なのだけれど、単発のエッセイとして発表していた文章は、その文章の中だけではいちおう、整合性が取れている。が、それを二十数本集めると、あっちとこっちでは主張が微妙に違うな? あれ、人間性も違うな??? ということが多々発生してしまう。 小説であれば、登場人物の性格が定まらないと、読んでる側は苛々してしまうでしょう。それが筆者の意図的なものでない限り、違和感は消しておいたほうが良い。 ただエッセイという

もし、自分ひとりの部屋を持つならば

"女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない。" ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』にある一節から着想を得て、お部屋の設えをさせていただきました。前回のnoteにも書いた通り、 ・自分で作ってみる ・出来るだけ古いものを選ぶ ・現代の作家さんの作品は購入する ……というマイルールに出来る限り従いつつ。素人なもので色々と悩みましたが、なんとか先日設営を終えました。 このnoteでは、なにを作り、どなたの作品を購入し、どう設えていったか

最近なにを買いましたか? ということで

『視点』 購読者のみなさまへ。今月も更新が遅れてしまって、申し訳ありません。現在、春に販売される新刊のために、毎日血を吐く思いで自分の文章と闘っております。新刊には24編の文章(まえがき・あとがきを除く)を収録予定なのですが、そのほとんどは『視点』の文章を転載……ではあるものの、大幅に、それはもう大幅に加筆・修正を加えている真っ最中です。 Web上で読む文章と、紙に印刷された文章というのは、かなり性質が異なります。そのため結局、24本を新規で書くのと大差ないのでは……?とい

2023年、ありがとうございました!

2023年のはじめ、前厄ということで東京大神宮で厄払いをしてもらった。その効果がどれ程か……というのはわからなかったけれど、今年も生きて、暮らしていくことが出来ました。 通院の合間になんとか記事を……という足元のぐらついた日々ではあったけれど、なんとか考えて、書いて、出して……というサイクルを回し続けられたのは、呆れずにこの『視点』を読んでくださっていた皆様のお陰です。本当にありがとうございます。 このnoteではゆるりとこの1年に出した記事を振り返りつつ、本音、後悔、ボ

古く美しい暮らしは、なぜ消えた?

古くから在る美しい景観を前にすると、心の奥のほうからあたたかいものが湧き出てくるような、なんとも満たされた気分になる。それは石垣や木造建築が並ぶ彩度の低い街並みであり、苔の生した岩であり、縁側や床の間のある古い家屋、そのゆらゆらとしたガラスの向こう側に見える内庭の紅葉でもある。 子どもの頃から、古い街並みに焦がれていた。原体験として色濃いのは、小学生の頃に修学旅行で訪れた倉敷の美観地区。柳が枝垂れる川沿いを、あまりの美しさに驚愕しながら歩いたときの高揚感は今でも忘れられない

不妊治療、予定の組めない移植周期

「来月は50%の確率で仕事を受けられるかもしれないし、受けられないかもしれません。その如何は、来月にならないとわかりません」 仕事を発注しようか、という段階でそんな答え方をしてしまうと、「では今回はご縁がなかった、ということで……」となるのが目に見えている。プロジェクトを複数人で進めていく上で、とくに制作陣のスケジュールは何ヶ月先であれ絶対に確保しておけと社会人1年目にしつこく教えられたものだ。でも社会人生活12年目の今、私は自らのスケジュール管理すらお手上げ状態。その原因

私の仕事環境、2015-2023

最近動画の編集をすることが多く、いや、それじゃなくても画像やらなんやらを伴う原稿作業にもMacBookAirだけで遂行するのに限界を感じていた。ということで、大きなディスプレイを購入した。 驚いた。これまでの4倍ほどあるディスプレイがある、その作業効率の良さに……。 「ディスプレイが大きいと仕事が捗るってnote、書こうかな」と私が呟いていたら、「そんなのみんな知ってるよ」と冷静なツッコミをいれる夫。しかし改めて言いたい。みなさん、ディスプレイが大きいと、作業効率が、良い