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誰かたった一人のためだけに作る


「作品作ってると、みんなが好いてくれるか、ちゃんと売れるのか、叩いてくる人はおらへんか、いろいろ気になるやん。でもそんなん気にしたら、何も進まへん。いい作品も出来へんし、誰にも刺さらへん。

でもたった一人だけ、心の中で師匠を決めて『その人に納得してもらえるモンを作る』ってとこだけ信じて、作るようにしてるよ、俺は」



──渋谷のおでん屋で、とあるアーティストがそんなことを言っていた。それは私の隣にいた若いアーティストに向けた助言だったのだけれども、おそらく私のほうがずっと、その言葉が重く響いた。


私含め、SNS一本でやってきた部類の人間は良くも悪くも、まず受け手の、それも多くの人々の顔色を伺ってしまう。自分を好いてくれている人のことも、嫌っている人のことまでも。

そしてそこから生まれるものは、棘は無くとも、ニーズはある。だって多くの声を聞いてから作っているのだから。だからそれなりに売れるし、ある程度、市場に受け入れてもらえやすい。これは失敗のリスクが低い、良い生態系だ。

しかし、その「みんなが欲しいもの」を絶え間なく供給する……という役割に、そして集合知的土壌から生まれるものの平べったさに、なんだかもう耐えられなくなり、「便利」を軸にしていたnoteマガジンを廃刊させたのが先月のこと。それが生命線だったにもかかわらず、計画性もなく、エイッと廃刊ボタンを押してしまった。


「便利な人であれ」という看板を降ろした瞬間、気が楽になると同時に、次にはもっとずっと大きな壁が出てきた。


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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。