リレー小説前編 B

「三年目だね」
彼は去年とあまり変わらないように見える。
「ええ、三年」
私も去年と出来るだけ変わらないような声のトーンで話す。
「3周年おめでとう」
「おめでとう」
細長いグラスを軽く鳴らし、私たちは同じタイミングでシャンパンを口に含む。

円満離婚。
その代表例のような別れ方だった。
2LDKのアパートで10年間仲良く暮らし、丁度同じタイミングでそろそろこの人から離れても良いなと感じた、それだけだった。
子供も授からなかった為2人だけの意思ですぐに話はまとまり、私たちは仲の良いまま三年前の今日離婚した。

終わりまで仲が良かったからこそ最初のうちはお互いに少し不安定にもなった。
それでももう良い歳だし、2人で暮らしていた頃
コツコツ貯めていたお金もあったからか精神的には幾分か余裕があった。
10年振りに一人で誕生日を迎えた。いつのまにか39歳になっていた。引っ越したばかりのワンルームでコージーコーナーのモンブランを食べ、少しだけ泣いた。
毎年2人で祝って来たから忘れるはずがないのに連絡をしない優しさを無駄にしたくなかったから、2週間後の彼の誕生日にも何も連絡をしなかった。
いつもなら22時には眠りにつけるのに、その日は目が冴えていて彼が42歳になる瞬間小さくおめでとうと呟いたりしてみた。

1人で生きていくにはお金がかかる。
ずっとはやっていけないにしてもとにかく働かなくてはいけないと思い、家から二番目に近いコンビニでパートを始めた。
幸い、その店舗はあまり人通りの多い道に面していなかった為、レジ打ちから品出し、納品、発注まで、ゆっくりと教えてもらえた。
やらなくてはならないことが多いと言うのは時にすごく有難い。
私はパートを始めてからみるみる内に精神の安定を取り戻していった。

いつも居た人が居なくなった喪失感を乗り越えた先には、帰らなくてはならない場所がなくなった開放感がやってくる。
離婚から半年後、私は女友達とよく遊ぶようになった。
「いやーまさかあんたんところがねぇ〜〜」
「まだ言うー?でも全然、何もなかったのよ、本当に。何にもなかったから、もう良いかなって!」
「まぁ最近は離婚なんてよくある話だからね〜」
慰めなのかよくわからない"離婚した人へかける定型文"のようなものを投げかけられた私は曖昧にヘラリと笑い、話を逸らすことに集中した。
私が嫁として生きていた間も彼女は女として生きていたからか、私の知らないことをたくさん知っていた。
「あんたの嫁期は終了。もう一回女やるんだから、楽しまなきゃだめよ。」
そう言って夜の渋谷へ出掛ける私達は、たまに腰痛と肩こりの話をすること以外、出会った頃と変わらぬ女達に戻っていた。

後二ヶ月もしたら一人暮らし1年目になる頃、突然彼から連絡が来た。
「久しぶり、お元気ですか。僕は元気。
お誕生日、お祝いできなくてごめんね。
僕の方は一人の暮らしに慣れてきました。そっちはどう?
ちょっと変かもしれないけど、もしよかったら離婚1周年のお祝いにご飯でも行かない?
もちろん僕が奢ります。」
文字を書くときだけ現れる彼の一人称が懐かしくてこそばゆくて、一年前じゃなく十一年前を思い出してしまう。
待っていたような感じがするからすぐに返事をするのは悔しかったが、よく考えると実際待っていたからすぐに返事をした。
「久しぶり、元気でよかった。私も元気。
誕生日、私もお祝いできなかったからお互い様で。
こちらも随分慣れて、自由を楽しんでいます。
離婚1周年のお食事、是非。
できるだけ綺麗なお洋服で行きます。」


#ミスiD
#交換note


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