見せ掛け幽霊

屋敷に面を打つ音が響いている
戸が開く音
雨の音

仙之助「いやぁ〜、草履がびしょ濡れだ」
三右衛門「ご苦労だったな、仙之助」
仙之助「三右衛門、やはりお前の面は評判が良い。依頼主も喜んでいたぞ」
三右衛門「そうか。それは良かった。…ん?どうした、脇差しなど下げて。侍にでもなったつもりか?」
仙之助「これか。俺みたいな旅商人はどこで命を狙われるか分からんからな。それに最近は町外れに幽霊が出るって噂だぞ」
三右衛門「幽霊?」
仙之助「なんでもその幽霊は ほた、…なんでもない」
三右衛門「なんだ?」
仙之助「…そうだ、お前も剣を習ったらどうだ?俺の知り合いに腕の良い侍がいる。紹介するよ」
三右衛門「遠慮しておく」
仙之助「ノミは振れるのに刀は振れんのか」
三右衛門「面は打てても人を斬るような度胸、某にはないからな」
仙之助「そうだろうな。今日はそんなお前に見せたいものがある」
三右衛門「…某は何も買わんぞ」
仙之助「まぁそう言うな。面打ち師であるお前に品定めをしてもらいたいんだ」
三右衛門「む。能面か」
仙之助「そうだ」

風呂敷を広げ、箱を開ける音
能面を取り出す

仙之助「この面、どう思う?」
三右衛門「小面(こおもて)か。これは女面(おんなめん)の中では最も若く、美しい女性を表現しているものだ」
仙之助「ほぉ」
三右衛門「うむ…彫り、色彩、毛描き…どれを取っても見事だ。よほどの名匠のものと見受ける」
仙之助「おぉ、そうか。気に入ったか」
三右衛門「まだ何も言ってないぞ」
仙之助「実は先日、俺は山向こうの町まで装飾品を買い付けに行っていたのだが…。炎天の季節、少しでも涼を得ようと堀沿いを歩いていたところ、何やら騒がしい。人垣を割って覗いてみると、そこにあるのは女の死体だ。死んで時間が経っていたのか、臭くてたまらん。しかもぶよぶよに膨らんだ死体の皮膚が波打ったかと思うと蛆が飛び出てきてな…まったく、あんな醜いものを野次馬する奴らの気が知れんよな。…で、その女の死体が付けていたのがその面だ」
三右衛門「な…!?」

三右衛門、持っていた面を落とす

仙之助「おい落とすなよ。バチが当たるぞ」
三右衛門「なに?」
仙之助「その面はな、かぶった者は必ず死ぬと言われている”幽霊の面”だ」
三右衛門「丁度良かった。風呂を沸かす蒔が足りなかったんだ」
仙之助「待て待て冗談だよ。それはただの面だ。ツケの担保として預かってるんだ」
三右衛門「おかしいと思ったぞ。臆病者のお前がそんなものを持ってくるはずがないからな」
仙之助「勘付いていたか。お陰で価値のあるものと分かって良かったよ」(面を仕舞う)
三右衛門「まったく…」
仙之助「それじゃまたな。いつまでも家に籠ってばかりいるとカビが生えるぞ」
三右衛門「余計な心配だ」

音楽
障子戸の開く音

三右衛門「失礼致す」
爺「おぉ、三右衛門殿。雨の中よく来てくださった。ささ、こちらへ」

座る三右衛門、荷物を置く音

三右衛門「早速ですが、どういったものがご入用ですかな。色々と見本となる面を持って参りましたが…」
爺「いや、いや、結構。仕舞ってくだされ」
三右衛門「?」
爺「今日来ていただいたのは、娘の面を作っていただきたくての…」
三右衛門「娘?…桔梗殿の?」
爺「そうですじゃ。これ、桔梗」
桔梗「三右衛門さん、お久しぶりです」
三右衛門「おぉ、そこに居たのは桔梗殿でしたか。最近姿を見ていなかったので心配していた」
桔梗「…呉服屋の仕事はしばらくお休みさせていただいてるの」
三右衛門「しかし…どうして顔を隠しているのだ?」
桔梗「…」
爺「桔梗や、三右衛門殿に顔を見せておやり」
桔梗「はい」

顔に巻いている布を取る
効果音

三右衛門「…!ど、どうなされた…その顔は…」
桔梗「うっ…(顔を隠す)」
爺「1年ほど前…顔にデキモノが出来てのぅ。最初は米粒ほどの小さなものだったんじゃが、それが大きく膨らんで二つになり四つになりどんどん広がって、今では顔の大半がこの通りじゃ」
三右衛門「なんと…」
爺「医者に見せても首を振るばかり…」
桔梗「三右衛門さん…どうか…お願いです。以前の私と同じ顔のお面を作ってください…」
三右衛門「いや、しかし…」
桔梗「三右衛門さんなら覚えているでしょう?私の元の顔を」
三右衛門「…」
爺「三右衛門殿、桔梗を助けると思って受けてやってはくれんかね」
桔梗「お願いします!」
三右衛門「…わかりました。少しでも桔梗殿の気が晴れるなら…力になりましょう」
桔梗「あ、ありがとうございます!」
爺「良かったのぉ、桔梗や。三右衛門殿、たった一人の可愛い娘のためじゃ。金ならいくらでも払いますぞ!」
三右衛門「…」

夜の音(虫の声、犬の声)
千鳥足で歩く仙之助

仙之助「(鼻歌)〜♪うぃ〜。ひっく。うぃ〜おぇ…ちょっと飲みすぎたかな。ひっく」

チリーン

仙之助「ん?…なんら?…あれは…?はっ!!ま…ま…まさか…!ほ、蛍ちゃんの…ゆ、ゆ、幽霊…!?ででででで出たーーー!!」

走り去る音
音楽

桔梗「どう?」
爺「素晴らしい!まるで顔が治ったみたいじゃ!!美しいぞ桔梗!!」
桔梗「うふふ…三右衛門さん、私とっても気に入ったわ」
三右衛門「喜んでいただけて某も嬉しく思います。では、これで…」
爺「まぁまぁまぁまぁ、もう少しゆっくりしていってくだされ」
桔梗「三右衛門さん。今日は本当にありがとう」
爺「すっかり明るくなって…」
三右衛門「面はその形のものを憑依させる、とも言います」
桔梗「ひょうい?でも、やっぱり無表情だと気持ちが伝わりにくいわね」
爺「そりゃ面じゃからな」
桔梗「そうだわ!喜怒哀楽…この四つの表情のお面を作っていただけないかしら?」
三右衛門「は…」
桔梗「その時の気持ちによって付け替えるのよ」
爺「おぉ、それは妙案じゃのぅ!どうじゃ三右衛門殿」
三右衛門「それは構いませぬが…金も時間もかかりますぞ」
桔梗「いいでしょお父様」
爺「もちろんじゃ。桔梗が明るくなるとわしも嬉しいからのぅ」
桔梗「ありがとうお父様」
爺「しかし…、三右衛門殿は本当に気の毒じゃったな。あの蕎麦屋の…誰じゃっけ?」
桔梗「蛍」
爺「そう、そう、蛍とかいう蕎麦屋の娘と結婚が決まっておったのに、まさか天ぷら油を顔にかぶってあんなことになるなんてのぅ」
三右衛門「…」
桔梗「蛍ちゃんも死ぬことなかったのよ。私みたいにお面を作ってもらえば良かったのにね」
爺「しかも町外れに化けて出るとは…」
三右衛門「その話は…やめていただきたい」
爺「まぁいつまでもうじうじしていても始まらん。そろそろ2年…身を固めてもいい頃じゃないかのぅ」
三右衛門「…某はまだそのような気持ちにはなれませぬ。御免」

音楽
戸を叩き、開く音

桔梗「こんばんはー。三右衛門さん、いらっしゃいますか?桔梗です。…いないのかしら?あーぁ、せっかく差し入れのおむすび持ってきてあげたのに。三右衛門さんたら全然会ってくれないんだから。…えいっ。勝手に上がっちゃえ。…わ!たくさんお面がある。素敵…でもこれだけ並んでるとちょっと不気味ね…。あ、これ私の顔だわ。喜、怒、哀に楽…半年かかってようやく出来たみたいね。待ちくたびれたわ。…ちょっと笑ってるやつ付けてみよっと」

ガラッと戸が開く

桔梗「あ、三右衛門さ…」

チリーン

桔梗「は!あ、あ…、はぁはぁ。ほ、蛍ちゃん…」

びちゃりと歩く音

桔梗「ひ…!来ないで…」

だんだんと近づいてくる足音

桔梗「う、嘘でしょ…あ、あ、ゆ、許して…蛍ちゃん…。あれは嘘だったの…」
蛍「…」
桔梗「…さ、三右衛門さんは蛍ちゃんのことを嫌ってなんかいなかった…私も三右衛門さんのことが好き…だから嘘をついたの…でも、まさか死んじゃうなんて…ごめんなさい…許してください…!」
蛍「…」
桔梗「はっ…もしかして…このデキモノ、あんたの仕業ね…!!自分で勝手に死んだくせに…!!そのせいで三右衛門さんがちっとも振り向いてくれないじゃない!!とっとと成仏しなさいよ!いつまでも三右衛門さんに憑きまとわないで!!」

雷ゴロゴロ

三右衛門「…蛍殿は…」
桔梗「え…?」
三右衛門「(面を外す)蛍殿は、一言も残さず死んだ」
桔梗「…お、お面…!う…、嘘…、三右衛門さん?」
三右衛門「どれほど絶望していたことか」
桔梗「もしかして、町外れの幽霊は…あなただったの?」
三右衛門「…」
桔梗「…蛍ちゃんのことが忘れられないのね」
三右衛門「…」
桔梗「幽霊ごっこをしてたこと、皆には黙っておいてあげるわ。でもその代わり私と婚約するのよ」
三右衛門「…醜い…」

三右衛門、桔梗のお面を奪う

桔梗「きゃっ…!?私のお面、か、返して!…何をするの!?」

三右衛門、ノミを振りかざし、桔梗のお面をすべて破壊する

三右衛門・蛍「醜い…醜い…醜い…憎い…憎い憎い憎い憎い…!!」
桔梗「ぎゃあぁっ!!私のお面!!私の顔が!!ひぃぃぃー!!」

雷鳴、雨の音

仙之助「鬼隠れ山の神社だが、秋の祭事で使う鬼の面の制作をお前に頼みたいとよ」
三右衛門「ほう…それはありがたい」
仙之助「ただ、俺はその時期別方面に行かなくちゃならない」
三右衛門「わかった…私が届けるとしよう…」
仙之助「鬼は邪気を払うって言うしな。お前にとったら良い仕事だと思うぞ」
三右衛門「なんだ…まだ幽霊のことを言っているのか?酔っ払って柳か何かを見間違えたんだろう」
仙之助「いやいや、あれは確かに…」
三右衛門「それに…蛍殿の幽霊なら何も恐れることはない…」
仙之助「お前あの世に連れて行かれても知らんぞ。あ、そういえば呉服屋の娘のデキモノ、治ったそうだ」
三右衛門「そうか…」
仙之助「だが後遺症のせいか、口がきけず顔が鬼のように恐ろしい形相のまま硬直しているらしい」
三右衛門「…ふっ…はははっ…」
仙之助「なに笑ってる」
三右衛門「いや…、何でもない」

チリーン
おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

クレジット
脚本・演出…司馬ヲリエ
出演…
三右衛門/や乃えいじ
仙之助/むーむー
桔梗/阿部光歌
桔梗の父/丸山貴成

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