焼き群青

春の鳥の声
玄関を叩く音

晶「(扉越しに)すみませんーどなたかいらっしゃいますか?」
碧「はい、はい…」

足音
玄関を開ける音

碧「はい」
晶「あ…、」
碧「どちらさんですか?」
晶「中島と申します。中島…晶です。…はじめまして」

音楽(逆再生)
台所の音

碧「瑛子、瑠璃子、ごはんできたでよ」
瑠璃子「はーい」
碧「瑠璃子、これ持って行って」
瑠璃子「わ、美味しそうなカボチャ」
碧「隣のおばあちゃんが畑で採れたやつ分けてくれたんよ。畑手伝ってくれたお礼やって」
瑠璃子「助かるなぁ。そういえば、お父さんいつ帰ってくるん?」
碧「来月仕事が落ち着くけん一旦帰るって手紙が来てたわ。あ、瑛子、あんたにも手紙来とるでよ」
瑛子「…」
碧「瑛子?」
瑠璃子「お姉ちゃん!」
瑛子「…ん?」
碧「おたまや眺めてどしたん」
瑛子「…真っ青な群青色の岩絵具をな、おたまに乗せて火鉢で炙ったら、”焼き群青”って色ができるって…死んだ爺ちゃんが言よったんやけど…、どんな色やろな」
瑠璃子「ちょっと、料理に使うおたまそんな風に使わんといてよ。早よお味噌汁ついで」
瑛子「あ、うん」
瑠璃子「物がない時に絵描くや贅沢やで」
碧「瑠璃子。そんなことない。お姉ちゃんはちゃあんとお国のために絵の勉強しよんよ」
瑠璃子「え?」
碧「今日商店街で担任の先生にたまたま会ってな。瑛子が作図競争で1位取ったって聞いたじょ」
瑛子「あ…」
碧「普段ぼーっとしとるけど、やっぱり画家のお爺ちゃんの才能受け継いどったんやな。お母さん嬉しいわ」
瑛子「ほんま…?」
碧「先生がな、将来、軍に協力して戦争画描くんもいいかもしれんって」
瑛子「え…」
碧「お母さん応援しとるけん、がんばってな」
瑛子「う…うん」
碧「はい、これ手紙」
瑛子「ん…ん?…中島、晶…?」
瑠璃子「誰?」
瑛子「誰やろ?」
碧「慰問袋の返事ちゃう?」
瑛子「慰問袋…?」
碧「前に町内会で慰問袋送ったでぇ。瑛子と瑠璃子も手伝ったやろ。お餅とか缶詰とか手紙袋に詰めて戦地の兵隊さんに送るやつ」
瑛子「あぁ…」
碧「瑛子、手紙やよう書かんって自分で描いた絵葉書入れてたやん」
瑠璃子「返事や来るんじゃ」
碧「わざわざ手紙送ってくるや、向こうはそんなに厳しい状況ちゃうっちゅうことかな。さ、ごはん食べよ」
瑠璃子「いただきまーす」
瑛子「いただきます」

カリカリカリ…

同級生「瑛子ちゃん」
瑛子「…」
同級生「瑛子ちゃん」
瑛子「…ん?」
同級生「何描っきょん?山?」
瑛子「うん」
同級生「雪積もって寒そう。あ、昨日の夜、警戒警報鳴ったでぇ」
瑛子「あぁ、びっくりしたね」
同級生「何もなくて良かったけど、防空壕で寝るんは寒いし、はよ春になってほしいなぁ」
瑛子「ほんまやなぁ」
先生「渋野、また絵描っきょんか。休み時間だけにしとけよ」
瑛子「あ」
同級生「先生、瑛子ちゃんめっちゃスケッチうまいですよね」
先生「こら、敵性語を使うな。スケッチは”作図”って言え」
同級生「えー、ほなスケッチブックは何て言うんですか?」
先生「ほんなもん、落書き帳に決まっとる」
同級生「なんか品がないよなぁ(瑛子にかける)」
先生「ほな、お絵かき帳」
同級生「うーん、子どもっぽい」
先生「屁理屈言うな!軽佻浮薄(けいちょうふはく)な外国語は今月から廃止じゃ。各自辞書や本も処分しとけよ」
同級生「はーい」
先生「おい、整列せぇ。今日の防空演習は運動場でバケツリレーや(生徒全体にかける)」
同級生「先生、バケツリレーも敵性語ちゃうんですか」

音楽

瑛子(途中から晶)
「渋野瑛子さま…
瑛子さん…初めてお便り致します…そちらはお変わりないでしょうか?…
あなたよりお送りいただいた慰問袋が届きました。厚く御礼申し上げます。中でも瑛子さんが描(えが)かれた美しい雪山の挿絵にいたく感銘を受けました。
激化の一途を辿る戦地ではありますが、厳しい冬の寒さを耐えるこの山のように、御奉公に邁進したいと思います。
もし、いつか…雪が溶け平和が訪れた時、故郷(ふるさと)の山をゆっくりと眺めたいものです。それでは内地の皆様、瑛子さん、どうかお元気にお過ごしください。 中島晶」

カリカリカリ…

瑛子(中島晶…どんな人やろ…?)
瑠璃子「お姉ちゃん」
瑛子「…ん」
瑠璃子「まだ起きとん?」
瑛子「うん。今描っきょる絵仕上げたいんよな」
瑠璃子「電気消してよ。寝れんわ」
瑛子「あ、ごめん」
瑠璃子「…お姉ちゃん、好きな人でもできたん?」
瑛子「…え…べつに」
瑠璃子「嘘。絵見たらわかるよ」
瑛子「…」
瑠璃子「ええよな、お姉ちゃんは…好きなことできて。私や……おやすみ」
瑛子「瑠璃子?……おやすみ」

春の鳥の声

晶「瑛子ちゃん」
瑛子「…ん?」
晶「瑛子ちゃん、戦争終わったで」
瑛子「え?ほんま?良かったぁ」
晶「桜がちょうど見頃やし、今度、あの山にお花見行こうか」
瑛子「うん!」

サイレンの音

碧「瑛子!瑠璃子!空襲警報や!」
瑠璃子「え!?今何時?」
碧「まだ夜中や…でも…」
瑠璃子「…お昼みたいに明るい…」
碧「ちょっと外見てくるわ。瑛子、起きとるで?」
瑛子「…うん。…あれ、スケッチブック…。私のスケッチブック、どこ?」

足音

碧「大変や!市内の方がやられて真っ赤になっとる!」
瑠璃子「嘘!」
碧「うちの小さい防空壕じゃあかんかもしれん!堤防に逃げるじょ!」
瑛子「私のスケッチブック知らん…?」
碧「そんなもんええけん!早よしい!」

庭に飛び出す
音楽

瑛子「あ…、あ…、山が…燃えよる…!」

燃える音
サイレンの音
遠くで聞こえる爆撃音

瑛子「空まで…燃えよる…これが…爺ちゃんが言よった…」

(頭の中で描く)ガリガリガリ…

瑛子「群青色の空…赤く染めて…暗く…暗く浮かび上がる…や…」
碧「瑛子!何ぼーっとしとん!」

近代戦闘機の音
鉛筆の折れる音

瑛子「あかん…。そうじゃ…スケッチブックの中に…」
瑠璃子「お姉ちゃん!?」
碧「瑛子!どこ行くん!?」
瑛子「スケッチブック探してくる」

走る音

瑠璃子「ちょっとお姉ちゃん!!」
碧「瑛子!!戻ったらあかん!瑛子!!」

ミサイルの音
音楽フェードアウト
柱時計の音

碧「あの空襲で市内の建物はほとんど焼けてもうて…去年の暮れから親戚の家借りてやっとまともに暮らせるようになったとこです」
晶「そうですか」
碧「よう来てくれましたね」
晶「いつか…必ず慰問袋のお礼を直接伝えようと思っていました…。瑛子さんの絵にどれだけ心救われたか…」
碧「…あの子…絵ぇしか取り柄がなくてね」
晶「…一目…お会いしたかったです」
碧「…これ…、このスケッチブック。焼け残った蔵を片付けてたら出てきたんです。妹の瑠璃子が隠しとったみたい。馬鹿やね…。その中に1枚、あなたに宛てた絵葉書が挟まっていました。…どうぞ…受け取ってやってください」
晶「…はい」

春の鳥の声、公園の音

晶「瑛子ちゃん、こっちこっち」
瑛子「晶さん、お待たせ。桜満開やね」
晶「今がちょうど見頃やな」
瑛子「人いっぱい」
晶「ぼんぼりも屋台もいっぱいや」
瑛子「おだんごにたい焼き、飴湯、あ、氷菓子もある」
晶「えぇ匂いするなぁ」
瑛子「うん」
晶「瑛子ちゃんが好きなやつなんでも買うたるけんな」
瑛子「わぁ、うれしい。お弁当もあるけん一緒に食べよ」
晶「おぉ、作ってきてくれたんか。めっちゃうれしいわ」
瑛子「晶さんの口に合うかわからんけど……」
子供「お母さん見てー!桜きれい」
母親「ほんまやなぁ」
子供「いっぱい降ってるよ」
母親「きれいやなぁ」
子供「でも、落ちたやつはかわいそうやなぁ」
母親「ほうやなぁ」
子供「拾ってあげよか」
母親「全部は無理やけん、絵に描いてあげたらええんちゃう?」
子供「そっか」
母親「ほな何枚落ちとるか数えてみるで?」
子供「うん!いーち、にーい、さーん、しーぃ…」
母親「(子供に合わせる)いーち、にーい、さーん、しーぃ…」
瑛子「…」
晶「どしたん?」
瑛子「…」
晶「あぁ、スケッチか。瑛子ちゃんはほんま絵が好きやなぁ」

燃える音or絵を描く音
音楽
おわり

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クレジット
脚本・演出…司馬ヲリエ
出演…
渋野瑛子/haL
中島晶/高木馨
渋野碧/清水宏香
渋野瑠璃子/麻倉やな
同級生/阿部光歌
先生/山下昭広

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