うわばみ

山の中
何度もエンジンをかける音

梨沙「どう?高原さん」
高原「うーん…なんとも…こんな山奥で故障だなんてな…」
梨沙「携帯も圏外で繋がらないわ」

音楽

(高原ナレ)
彼女の梨沙と旅行へ行った帰り道、ショートカットのつもりで山道に入ったが、とんだ災難に見舞われてしまった。

梨沙「このまま日が暮れたらどうしよう〜」
高原「今は…(腕時計見る)3時か。困ったな…」
美樹「大丈夫ですか?」
高原「えっ!?あ…く、車が故障したみたいで…」
美樹「少し歩いた所にうちがあるんですけど、良かったら電話、お貸ししましょうか?」
高原「いいんですか!?ありがとうございます」
梨沙「助かったわね」

客間
柱時計の音とか

米子「これはこれは…大変でしたね」
高原「本当に助かりました。ただ、ロードサービスが来るまで少し時間がかかるそうです」
米子「そうですか。何もない所ですが、ゆっくりしていってくださいね」
梨沙「ありがとうございます」

障子が開く音

美樹「どうぞ。粗茶ですが」
高原「あ、すみません」
梨沙「先ほどはありがとうございました」
高原「美樹さんに声かけてもらえなかったらどうなってたことか…」
美樹「いえ…ちょうど藤を見に行ってたから」
梨沙「藤?」
美樹「山道にたくさん咲いてたでしょ?今が見頃なの」
高原「車に気を取られてて気がつかなかったな」
梨沙「うん」
美樹「苦艾(くがい)峠の藤は野生のものだから、手入れされた藤棚と違って雄大で素晴らしいわよ」
高原「へぇ」
米子「でも野生の藤がたくさん咲いてる山は、手入れする人がいない証拠だったりするんですよ」
高原「そうなんですか」
米子「村の若いもんはみんな出て行って、いるのは年寄りばかりでね。美樹もそろそろ結婚相手探さないと…」
美樹「余計なこと言わないで。私はここが気に入ってるの」
米子「はいはい」
梨沙「ここ、眺めもいいし、素敵ですよね」
美樹「そうでしょ?」
米子「この子ったら藤が好きでね。この時期はいつも苦艾(くがい)峠に散歩に行ってるんですよ」
美樹「藤って甘くていい香りがするのよ。夜になるにつれ嗅覚が敏感になるせいか、より一層香りを楽しめるの」
高原「へぇ。僕たちも帰りに寄ってみようか」
高原「うん」
米子「でも、蛇に気をつけてくださいね」
高原「え?」
米子「藤が咲く頃に蛇が出るって言ってね…」
梨沙「蛇、ですか…」
高原「蛇くらい大丈夫だよ。大体、踏んだり好奇心で触ったりする人が噛まれるんだから」

黒電話鳴る

米子「ちょっと失礼します。はいはい…」

障子の開く音
廊下を歩く音

美樹「今日はもう遅いし、泊まって行ったら?色々あって疲れてるでしょう?」
高原「それは有り難い…今から帰ったら真っ暗な山道を通ることになりそうだし、泊めてもらおうか?」
梨沙「えぇ〜?それは悪いわよ。それに私、明日予定があるし…」
美樹「そう…」
高原「夜の峠越え、頑張るかぁ…ん?」

(高原ナレ)
ふと見ると、廊下と客間を仕切っている障子戸に小さな穴が空いていて、ギョロっとした目がこちらをじっ…と見ていた。
美樹さんの母親が気になって覗いているのだろうか…?
見ず知らずの人間を家に上げたんだからそうなるのも仕方がないか。

美樹「さっきお母さんが苦艾(くがい)峠には蛇が出るなんて言ってたでしょう?」
高原「え、えぇ」
美樹「本当はね、幽霊が出るのよ」
梨沙「幽霊…!?」
美樹「苦艾(くがい)峠の藤の木の下でいると、死んだ人に会える…そんな噂があるの」
高原「あ、会いたい人でもいるんですか?」
美樹「そう…実は私、双子でね。そっくりな妹がいたの。とても仲が良かったわ。妹は明るく活発で、私とは正反対の性格だった。高校三年生の時…同じ塾の先生を好きになってしまって…双子だから同じ人を好きになることがあるのね。それからライバルになった私たちは次第に仲が悪くなり、口もきかなくなった。…積極的な妹に私はかなうはずがなく、妹は先生と付き合うことになったわ…でも…しばらくして、先生はすでに結婚していたことがわかったの。妹は激しく問い詰めた。職場や奥さんにバラすと言われ焦った先生に、妹は殺されてしまったの…」
高原「そんな…」
美樹「私は喧嘩したまま死んでしまった妹と仲直りがしたい…。藤の木の下でいると、もしかしたら妹に会えるんじゃないかって…」
高原「だからいつも苦艾(くがい)峠に…」
梨沙「なんだか、悲しいですね」

どこからか蛇が這うような人が這うような音

高原「…?」
美樹「どうしたの?顔色が悪いけど」
高原「いえ…長時間運転して、車に酔ったのかな…ちょっと頭痛が」
梨沙「私も。何だか気持ち悪くなっちゃった」
美樹「大丈夫?変な話しちゃったわね」

障子の開く音

米子「高原さん、ドーロサービスの人から電話があって、あと30分くらいで着くそうですよ」
高原「お、良かった。じゃあ僕達はこれで…」
米子「え?もう?泊まっていただいても全然かまわないんですよ」
高原「お気持ちはありがたいんですが、明日予定が入っているんです」
米子「そうですか…」
美樹「また二人で遊びに来てくださいね」
梨沙「はい、ありがとうございました」
高原「…では失礼します」

(高原ナレ)
帰り際、美樹さんはそっと僕に電話番号を書いた紙切れを渡してきた。
僕は正直…美樹さんのことが少し気になっていたので、梨沙に見つからないようにそれをポケットに忍ばせた。

夕暮れの音カラスとか
歩く音

梨沙「…」
高原「梨沙?…どうしたんだよ?」
梨沙「…美人だったね、美樹さん」
高原「そうかな?ちょっと変わった人だったよ」
梨沙「嘘。ずっとデレデレしてたじゃない」
高原「そ、そんなわけないだろ」
梨沙「こんなとこ、来るんじゃなかった…」
高原「変に嫉妬するのはやめてくれよ」
梨沙「…」
高原「ほら、藤でも見てロードサービスが来るのを待とう」
梨沙「嫌よ」
高原「どうして」
梨沙「…美樹さんを思い出すもの」
高原「(ため息)お前はわがままな奴だなぁ」
梨沙「あれ?」
高原「どうしたの?」
梨沙「…なんか、甘くていい匂いがする…」
高原「あぁ、きっと藤の匂いだよ」
梨沙「あれ?」
高原「どうしたの?」
梨沙「これ、藤の木だと思ってたけど、別の木なのね。花をつけてるのは巻きついているツルの部分よ」
高原「本当だ。藤って確かツル植物じゃなかったかな」
梨沙「…なんか、蛇みたい」
高原「藤の幹が蛇に見えたから、藤が咲く頃に蛇が出るなんて言うのかもね」
梨沙「あ、そうかも」
高原「でも、巻きつかれてる木からしたら迷惑な植物だよなぁ」

蛇が這うような人が這うような音

梨沙「あ…あれ…?」
高原「どうしたの?」
梨沙「…崖の下に車がある…」
高原「え…?」

蛇が這うような人が這うような音

(高原ナレ)
見ると、僕たちの乗っていた車が崖下で大破していた。その車の傍から、美樹さんと同じ長い黒髪の女がうつ伏せの状態でゆっくりとこちらに向かって這ってきている。
僕達は恐怖のあまり硬直し、声も出せずただ目を見開いたまま、立ちすくむしかなかった。
ぎこちない動きで顔を上げた女の顔は青白く、ぽっかりと暗い穴が二つ空いていた。

蛇が這うような人が這うような音(高速)

夜の音
柱時計の音

美樹「私たち、夕方まで一緒に居たんですよ?ねぇ、お母さん」
米子「え、えぇ…車が故障したとかで、家の電話を貸したんです」
警官「んー…?本当ですか?じゃあ、死亡した男性のポケットに入っていたこの紙は…?」
美樹「…だから、その時に電話番号を書いて渡したんです」
警官「おかしいな…、搭乗者二人の死亡推定時刻は、午後3時頃だったそうですよ?」
美樹「…」
米子「…」
警官「…じゃ、じゃあ私はこれで…おそらく、わき見運転でもしてたんでしょうね…ナンマンダブナンマンダブ」

(美樹ナレ)
苦艾(くがい)峠の山道を少し外れた所に、野生の藤は群生している。
それはあたりに強烈な甘い花の香りを漂わせていて、私は少しめまいを感じた…。
薄紫色の房状の花は赤色灯に照らされ、点いては消え…点いては消え…せわしく瞬いていた。
また、妹に先を越されてしまった。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

クレジット
脚本・演出…司馬ヲリエ
出演…
高原/ミヤ
梨沙・米子/双葉きみこ
美樹/との
警官/丸山貴成

作品、楽しんでいただけたでしょうか? サポートでの応援をお待ちしております*\(^o^)/*