アメフラシの憂鬱

雨の音
ぽつぽつからザーッ

喫茶店の音楽

マスター「今日もよく降りますね。」
男「そうですね。」

(男ナレーション)
雨の日は決まって駅近くの小さな喫茶店に立ち寄る。
昔からあるレトロな雰囲気の喫茶店。ぼくはそこの窓際の席に座って、あたたかいココアを飲みながら行き交う人や雨粒が窓を伝うのをぼうっと眺めたりする。
色とりどりの傘が灰色の街を彩る。ピアノと雨音が心地いい。
ぼくは雨の日が嫌いじゃない。

カランカラン
雨の音

マスター「いらっしゃいませ。」
女「あの…すいません。学校で傘盗まれちゃって…雨宿りさせてもらってもいいですか?」

雫が垂れる音

マスター「えぇ、どうぞ。あたたかいおしぼりです。」

女「あ、ありがとうございます…何かあったかい飲み物ください。」
マスター「コーヒーでよろしいですか?」
女「あーすみません。コーヒー飲めないんです。」
マスター「ではココアはいかがですか?」
女「それでお願いします。」
マスター「かしこまりました。」
男「あれ…もしかして、三好さん?」
女「え…?あ!もしかして田宮くん?」
男「ひさしぶりだね。」
女「おー!この辺りに住んでるの?」
男「うん。小学校以来だね。」
女「同じ高校だったんだ。大きい高校だから気づかなかったよ。」
男「そうだね。」
女「毎日遊んでたのに、何も言わずに引っ越して行ったから寂しかったよー」
男「親の都合で急に引っ越すことが決まってさ。懐かしいなぁ。」
女「でもよく私って気づいたね。」
男「三好さん全然変わってないもん。」
女「田宮くんはメガネしてないから一瞬わからなかったよ。」
男「モテたくてコンタクトにした。」
女「高校デビューだ。」
男「小学校の頃は三好さんによく助けてもらってたなぁ。いじめっ子がいてさ」
女「あぁ〜そういえば」
男「俺は今でも感謝してるよ。」
女「…」
マスター「お待たせしました。」
女「あ、ありがとうございます。」
女「ふー。(ヒソヒソ)ね、私、最近すごいこと発見したの。」
男「なに。」
女「驚かないでよ?もしかしたらこの辺りに雨を降らせてるの、私かもしれない。」
男「え?」
女「私って、子どもの頃からすごい雨女だったじゃない。」
男「そうだっけ?」
女「運動会や修学旅行、遠足は必ず雨。入学式も卒業式も、期末テストの日ももちろん雨。母親に聞いたら、生まれた日は記録的な大雨で、大規模な洪水や停電が起こって大変だったんだって!」
男「ははは。そんなの偶然だって。」
女「ついたあだ名はアメフラシ。」
男「それは…お気の毒様。」
女「で、その雨女パワーがだんだんと強くなってる気がするの。」
男「…三好さん、大丈夫?」
女「頭は正常よ。最近、局地的な大雨が増えたと思わない?」
男「そう言えば…ってそんなバカな。」
女「私の感情次第で雨が降ったり止んだりしてる。…たぶん!」
男「ブス。」
女「は?」
男「短足!鼻ぺちゃ!胸もちっさいね!」
女「なんですって!?」

雷鳴。雨、土砂降りになる

男「ほ、ほんとだ…!」
女「ね!?私も最初はまさかと思ってたんだけど、いろいろ試してるうちに確信した。」
男「よし!今日は再会記念に好きなデザートをごちそうするよ!」
女「えっ、ほんと!?」
男「あ。晴れた。…あっ、ごめん!財布忘れた。お金貸して。」

雨の音

マスター「今日は変な天気ですねぇ。」
男「にわかに信じ難かったけど、今俺も確信した。」
女「もう!試さないでよ。」
男「ごめんごめん。アメフラシっていうあだ名も納得だなぁ。でも嫌じゃない?アメフラシだなんて。」
女「アメフラシ、別に嫌いじゃないよ。」
男「そうなの?」
女「アメフラシってさ、つっついたり刺激を与えると紫色の体液を出して、それが雨雲みたいに見えるんだよ。」
男「だからアメフラシかぁ。」
女「貝とか蟹みたいに硬い殻を持たない代わりの防御手段。なんかカッコよくない?」
男「うーん。よく分からないけど、見た目はウサギみたいで可愛いと思う。」
女「ええ!?地味な色でグニャグニャしてて気持ち悪いと思ってたけど、そう言われてみれば…可愛いかも。」

ガチャンとカップを落としそうになる

女「あ、ごめん。」
男「大丈夫?さっきから気になってたけど、手、どうしたの?なんか痣みたいなのができてるよ。」
女「…転んだ。」
男「本当?よく見たら足にもある。」
女「どこ見てんのよ。」
男「さっきも学校で傘盗られたって言ってたよね?…もしかして、いじめ?」
女「ガキみたいなしょーもないことだから、ちっとも気にしてないよ。」

雨の音

男「相談する人はいないの?」
女「うん。担任は知らんぷり。親も別居中だし、どうしようもないよね。」
男「それは…大変だね…。」
女「もうさ、すんごい大雨降らせて、学校も、家も、何もかも流れてしまえばいいと思ってるんだ。」
男「えっ」
女「明日実行するつもりだから、田宮くんはこの街から逃げたほうがいいよ。」

雨の音、強まる

女「…なーんてね!冗談よ、冗談。他の人まで巻き込んじゃうもんね。私は冷静。いつも通り、無我の境地でやり過ごすようにすればほら、雨も止むし。たまには晴れないと洗濯物乾かなくて困っちゃうよね。」
男「…」
女「…なんか、変な話してごめんね。もう行くよ。これからも晴れるようにがんばるけど、たまに雨が降っちゃうかもしれない。その時は私を思い出してくれたら嬉しいな。」
男「やっちゃえば?」
女「え?」
男「思いっきり雨降らせてみたら、すっきりするかもよ。」
女「…そんな勇気ない。」

雨の音

男「俺さ、雨の日、いつもここで君が通るのを見てたんだ。」
女「えっ、私全然気づかなかった。」
男「だから雨の日は嫌いじゃないよ。むしろ…好きかも。」
女「ほんと…?」
男「今週末、またここで会えるかな。」
女「…うん。」
男「天気予報でさ、今週末はこの冬一番の寒さになるんだって。」
女「?」
男「きっと、きれいな雪が降ると思うよ。」

雨止む
音楽
おわり

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クレジット
脚本・演出…司馬ヲリエ
出演…
女/川原葉月
男/原那由他
マスター/丸山貴成

2014年バージョン
女/上原あかり
男/草壁知里
マスター/丸山貴成
https://www.youtube.com/watch?v=ihzJ2tjk9mk

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