ボタニカル・ガーデン

倉本ナレ(淡々と)
「ある日突然、世界人口が3分の1ほど消滅した。世界は混乱していたが、ぼくの街は、冷静に、秩序正しく、普段通りの生活をしていた。まるでそのことから目を背けるように」

会社のオフィス

倉本「すみませんが、お先に失礼します」
課長「ちょっと倉本くん」
倉本「はい」
課長「君、今月の目標ぜんぜん達成できてないでしょ」
倉本「はぁ…すみません」
課長「すみませんじゃないんだよ!どうするのこれ?えっ!」
倉本「…努力します」
課長「だったら今すぐ行って契約の1つでも取ってこいよ!」
倉本「…わかりました」
課長「それからこの書類、データ入力しといて。明日までに」

ドサドサッ(書類の山)

課長「なんだその顔は?おれがその気になればお前なんてすぐ首にできるんだからな!だいたいお前というやつは…」

山川「まーた課長の倉本くんイジメがはじまった」
中島「ほんとヒドイですよね」
山川「倉本くん、先月休みがちだったじゃない。それが気に入らないんでしょ」
中島「でもまぁ定時で帰ってるのも有給使ってるのも倉本くんだけですからね」
山川「奥さんが大変だから仕方ないんじゃない?」
中島「病院から無理矢理連れて帰って来たって噂ですよ」
山川「植物状態の奥さんを家で面倒みるなんて無茶よねぇ」
課長「おいっ!そこ!なに無駄口叩いてんだ!お茶持ってこい!こいつのおかげで喉がカラカラだ!」
中島「はーい」
課長「まったく!…お前はいつまでボサッと突っ立っとるんだ!とっとと行かんか!!」
倉本「はい…すみません」

デスクに戻り、準備をする倉本

山川「倉本くん、大丈夫?」
倉本「あぁ、山川さん。心配かけてすみません」
山川「顔がやつれてるわよ。ちゃんと食べてるの?」
倉本「えぇ、まぁ…」
山川「倉本くんがよかったら、今夜、ご飯つくりに行ってあげようか?」
倉本「いえ、結構です。失礼します」

オフィス街をトボトボ歩く倉本
同僚の神後が駆け寄ってくる

神後「おーい!倉本!」
倉本「おぉ」
神後「おつかれさん。相変わらず浮かない顔してんな。どうだ、これから一杯。おごるぜ」
倉本「悪い、やめとくよ」
神後「一晩くらい大丈夫だろ。お前も息抜きしないと」
倉本「おれは平気だよ」
神後「奥さん大事なのは分かるけど、あんまり根を詰めるとお前まで倒れるぞ」
倉本「それもいいかもなぁ」
神後「おいおい本気か?」
倉本「はは、冗談だよ。なろうと思ってなれるもんでもないし…」
神後「海外では大変な騒ぎになってるぞ。各地で暴動が起きてるそうだ」
倉本「へぇ」
神後「この国はすごいよな。不気味なほど冷静だ。ほら、見てみろよ。街路樹がきれいに並んでる」
倉本「あぁ、あれも…」
神後「おれさ、仕事辞めることにしたんだ」
倉本「えっ、そうなの」
神後「こんな状況になっても働いてるなんておかしいだろ。お前もいっそ辞めれば?くそったれな上司に辞表叩きつけてやれ」
倉本「そういうわけにはいかないよ」
神後「お前らしいな。…先日さ、お袋を病院から植物園に送ってもらったんだ。意外といい所だったよ」
倉本「…そうか」
神後「おれもいつそうなるかわからんからな。退職金つかってパァーッと旅行にでも行ってくるよ」
倉本「…」
神後「来週はハワイだ。金髪美女ナンパするぞ。じゃあな」
倉本「あぁ、元気でな」

アパートに帰宅する倉本
玄関ガチャ

倉本「ただいまー」

テレビのニュースが流れている
足音とスーパーの袋の音

キャスター「…突然植物状態になるという謎の疾患は、依然原因も治療法も解明されていません。喉が乾くといった初期症状のある方は早急に保健所に連絡し、指定医療機関を受診してください」
CM「島川ロイヤル植物園!好評分譲中!駅から徒歩3分!日当り抜群の都市型植物園が誕生!ひと区画45万円〜ぜひお越しください!」

倉本「遅くなってごめんね。仕事が忙しくてさ」
妻「…」
倉本「テレビ見てたの?」
妻「…」
倉本「ごはん買ってきたよ。惣菜だけど…」
妻「…」
倉本「そうだ。結婚記念日、明日でしょ?今年は家でお祝いしようか」
妻「…」
倉本「(溜息)最近めっきり喋らなくなったなぁ」

ピンポーン

倉本「こんな時間に誰だろ…?」

ドアを開ける

山川「こんばんは」
倉本「山川さん?どうしたんですか?」
山川「倉本くん最近落ち込んでるから気になってね」
倉本「いつも心配かけてすみません。でも、わざわざ家まで来なくても…」
山川「これ、シチューつくり過ぎたんだ。一緒に食べない?」
倉本「…え、と、会社でも言ったと思いますが、遠慮しときます。すみません」
山川「キッチン借りるわね」
倉本「え?ちょっと、勝手にあがらないでくださいよ」

ドタドタ足音

倉本「山川さん!」
山川「あ、これ奥さん?お邪魔します。…と言ってももう聞こえてないだろうけど」
倉本「帰ってください」
山川「私、倉本くんのことが好き」
倉本「は?」
山川「奥さんと別れて私と付き合ってよ 」
倉本「馬鹿なこと言わないでください。妻の前で…!」
山川「こんなの…もうただの樹じゃない!!」
倉本「違う!!」
山川「早く植物園に連れてかないと大家さんに迷惑がかかるわよ」
倉本「これ以上彼女を傷つけるのはやめてくれ!」
山川「きゃっ!」
倉本「帰れ!!」

ドタドタ
バタン!

山川「(ドア越しに)なによ、せっかく慰めてあげようと思ったのに!」

足音去る

倉本「ごめんよ…。なんか変な人来ちゃったね。ごめんよ…」

倉本ナレ(淡々と)
「ぼくはガサガサした妻の頰だった部分を撫でた。妻は仏像のように目を閉じたまま固まっている。もう優しく笑いかけてくることも喧嘩して涙を流すこともない。妻の体から伸びた無数の枝は部屋いっぱいに広がり、椅子に絡みついている根っこは水分を求めてあちこちに足を伸ばしていた。」

チュンチュン(雀の声)
ガチャ

倉本「じゃ、行ってきます」

バタン
足音

倉本ナレ(淡々と)
「次の日、オフィス街に巨大な森が出現していた。
ビルの窓からは樹々が顔を出し、スクランブル交差点は熱帯植物に覆われジャングルと化している。
電車はもう動いていない。遅刻しそうになりながらも、ぼくは静まり返ったオフィスに出社した」

音楽
おわり

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クレジット
脚本・演出…司馬ヲリエ
出演…
倉本/原那由他
課長/丸山貴成
中島/川原葉月
神後/むーむー
山川/作田順子

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