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ラーメン・コミック

仕事が一段落し、部下とラーメン屋に入る。


注文を終えると、部下がふらりと席をたち、マンガを持って帰ってきた。そのマンガがとにかく汚いのなんのって。


「おい、メシの前にそんな汚いマンガを持ってくるなよ。食欲が失せちまうだろ」


「課長、知らないんすか。これ、キングダムですよ」


「あ?」


「キングダムっていうマンガですよ。めちゃくちゃ面白いんですよ」


「だから?」


「このマンガの合戦シーン、書き込みが物凄く迫力あるんですけど、買ったばかりの綺麗なマンガだとなんか今ひとつなんすよね。この、ちょうどラーメン屋に置いてあるぐらいの汚さが、ページに絶妙な効果を生んでるんですよ。いわば、ジーンズのダメージ加工みたいなもんです。この味はね、なかなか出せないですよ。もはや芸術の域です。実は、自分は家にキングダム全巻揃えてるんですけど、改めてここで読み直してるんです。既に何回も読んでるんですけど、ここでまた読む度に、新たな発見があるんですよ」


「それにしても汚いだろ」


「あ、これ実は、煮込んでるんですよ」


「え?」


「ここのラーメン屋のスープ、キングダムでダシとってんすよ」


「うそだろ」


「うそです」


「テメー」


「いいから試しに読んでみて下さいよ」


「え〜、俺、こういう絵柄苦手なんだよな〜」


「ちなみに課長って、どういうマンガが好きなんすか?」


「俺?タッチとか」


「あ〜」


「なんだその微妙なリアクションは」


「ラーメン屋に似合わないマンガ読んでますね〜。はっきり言ってヌルいというか」


「うるさい。あだち充先生をディスるんじゃない」


・・・ん?このマンガ、面白いかも。次、どうなるんだ?


「どうですか?面白いでしょ?引き込まれるでしょ?」


「うん、まあな」


「この汚れた感じが、またいいでしょ」


「まあ、なんか懐かしい感じはするな」


「これなんて言うか知ってますか」


「なに?」


「汚マンガです」


「お、汚マンガ・・・」


その日から俺は、汚マンガの魅力に取り憑かれてしまった。ページをめくるたびに鼻腔を突き刺す汚マンガの臭いを味わいたいが為に、ラーメン屋に通った。キングダムを読破した後は、北斗の拳、ジョジョの奇妙な冒険、はじめの一歩など、汚マンガにふさわしい迫力あるマンガを次々と読破した。試しに美味しんぼを読んでみたが、これはまったく汚マンガにマッチしなかった。


帰宅して、本棚に綺麗に並べられたタッチ全26巻を見る。汚さないように、ページを開きすぎないようにと、全神経を研ぎ澄まして大切に大切に読んできたタッチ全26巻。これを全部煮込んでやりたい衝動に駆られた。
刹那、棚のはしから乱暴にタッチ全26巻を剥ぎ取り、寸胴鍋にぶちこんで、豚骨と鶏ガラを加え、弱火で3日間煮込む。十分に煮込んで汚マンガ化したタッチ7巻を取り出した。
やっぱりな。タッチも十分いけるじゃねぇかよ。
美味い。


XXX




今日もいつもと変わらない日常。

突然炎の如く、一通のメールが俺のメールボックスを揺らす。

拝啓

突然のメール大変失礼致します。
私は、ブシテレビのディレクターのニ宅と申します。
この度、貴方が10月14日付けのnoteに書かれた「ラーメン・コミック」というタイトルの記事について、私の手掛ける「世にも珍妙な物語」という番組でテレビドラマ化させていただきたくご連絡させていただきました。



え?何だって?!世にも珍妙な物語っつったら、あのタボリがストーリーテラーをやってる「まるでヒッチコック劇場」みたいなあの番組か!若手監督、若手脚本家の登竜門と言われ、あの石井俊三が無名時代に撮った「陥没乳首 股下から見るか横チンから見るか」も、確かこの番組で放送されていた。マジか!

メールはこう続く。

しかしながら、若干のリライトをしていただく必要があります。まず、「汚マンガ」という表現。あの表現が放送コードギリギリなので、何か別の単語に差し替え願います。



ちょっと待てよ。あの文章は、あの単語のもつダブルミーニング的響きをニヤニヤしながら楽しむだけの出落ち文章だぞ。あの文章からあの部分を奪っちまったら、後には何にも残らないじゃないかよ!

それと、実名のマンガも色々と権利関係があるので、変えて下さい。ただし、ドラゴンボール、ワンピース、サザエさんに限り、使用可能です。



まあ、これは仕方ない。しかし・・・サザエさんか・・・。

さらに、テレビ的には落ちが弱いです。もう少し猟奇的でパンチのある落ちにリライトしていただけませんでしょうか。



猟奇的?猟奇的でパンチのある落ちってどういう事だ?わけわかんねぇぞ。

現在、配役は、松軽豊さんを起用する方向で調整中です。



松軽豊っつったら、「グルメの如く」のあの俳優だよな。ということは、俺のあの話を猟奇的でパンチのあるグルメ話にしろっていうのか。無理だ。断ろう。

ちなみに原稿料ですが、著作権料込みで300万円でいかがでしょうか。
ご検討の上、ご返信いただけると幸いです。宜しくお願い申し上げます。



よし、決めた。この話、受ける。
さっそくリライト作業に取り掛かった。



【ラーメン・コミック・改】


仕事が一段落し、部下とラーメン屋に入る。

注文を終えると、部下(女子:配役は、吉尾仮里帆さんを希望)がふらりと席をたち、マンガを持って帰ってきた。そのマンガがとにかく汚いのなんの。


「おいおい、食事の前にそんな汚いマンガ持ってくるんじゃないよ。食欲が失せちゃうよ」


「課長、知らないんですか。これ、ワンピースですよ」


「え?」


「ワンピースっていうマンガです。めちゃくちゃ面白いんですよ」


「だから?」


「このマンガの戦闘シーン、書き込みが物凄く迫力あるんですけど、買ったばかりの綺麗なマンガだとなんか今ひとつなんですよね。この、ちょうどラーメン屋さんに置いてあるぐらいの汚さが、ページに絶妙な効果を生んでるんですよ。いわば、ジーンズのダメージ加工みたいなものです。この味は、なかなか出せないんですよ。もはや芸術の域です。私は家にワンピース全巻揃えてるんですけど、改めてここで読み直してるんです。読む度に、新たな発見があるんですよ」


「それにしても汚いだろ」


「あ、これ実は、煮込んでるんですよ」


「え?」


「ここのラーメン屋さんのスープ、ワンピースでダシとってるんですよ」


「うそだろ」


「うそで〜す」


「おいおい」


「いいから試しに読んでみて下さいよ」


「え〜、俺、こういう書き込みが多い絵が苦手なんだよな〜」


「ちなみに課長って、どういうマンガが好きなんですか?」


「俺?サザエさんとか」


「あ〜」


「なんだその微妙なリアクションは」


「ラーメン屋さんに似合わないマンガ読んでますね〜。はっきり言ってヌルいというか」


「うるさい。長谷川町子先生をディスるんじゃないよ」


・・・ん?このマンガ、面白いな。次、どうなるんだ?


「どうですか?面白いでしょ」


「うん、まあな」


「この汚れた感じが、またいいでしょ」


「まあ、なんか懐かしい感じはするな」


「これなんて言うか知ってますか」


「なに?」


「汚メガです」


「お、汚メガ・・・」


その日から俺は、汚メガの魅力に取り憑かれてしまった。ページをめくるたびに鼻腔を突き刺す汚メガの臭いを味わいたいが為に、ラーメン屋に通った。ワンピースを読破した後は、ドラゴンボールという汚メガにふさわしい迫力あるアクションシーン満載のマンガを読破した。


帰宅して、本棚に綺麗に並べられたサザエさん全45巻+よりぬきサザエさん全13巻を見る。汚さないように、ページを開きすぎないようにと、全神経を使って大切に大切に読んできたサザエさん全45巻&よりぬきサザエさん全13巻。これを全部煮込んでやりたい衝動に駆られた。
刹那、棚のはしから乱暴にサザエさん全45巻&よりぬきサザエさん全13巻を剥ぎ取り、寸胴鍋にぶちこんで、豚骨と鶏ガラを加え、弱火で3日間煮込む。十分に煮込んで汚メガ化したサザエさん全45巻&よりぬきサザエさん全13巻を取り出し、むしゃぶりついた。美味い。やっぱりサザエは美味い。いや待てよ。サザエといえば、やっぱりつぼ焼きだよな。そうだよ、つぼ焼きだよ。なんだってんで全巻煮込んでしまったんだ。サザエの魅力が全然引き出せてないだろ。突然、サザエの汚メガを炭火でつぼ焼きにして、カボスをギュっと絞って、楊枝でくり抜いて喰らってやりたい衝動が抑えられなくなってきた。サザエの名産地といえば、長崎県。松軽豊は、長崎県へと向かった。長崎県の漁港では、なぜか吉尾仮里帆が偶然待っていて、「一緒にサザエの汚メガをクリクリくり抜きましょう」という台詞を、極めて可愛らしい調子で言うではないか。そして2人はウエットスーツに着替え、長崎の磯に潜る。一通りダイビングを楽しみ、ほどよく疲れた後、長崎チャンポンの店でサザエさんを探すが、どこの店にもサザエさんは置いていない。あるのは、ワンピースとドラゴンボールばかりだ。

サザエさんは、もはや絶滅危惧種となっていた。落ち込む松軽豊。雨の長崎のバーで一人ヤケ酒をあおる松軽の元に、有力な情報が届く。長崎県には無いが、長谷川町子の出身地である佐賀県になら、現在もサザエさんを置いているラーメン屋がたくさんあるという。早速、佐賀県へと向かう松軽豊。
最初に入ったドライブインで、サザエさん全45巻とよりぬきサザエさん全13巻を発見する松軽。感極まった松軽は、途中で偶然入手したダイナマイトで、ドライブインごと爆破して、サザエの汚メガのつぼ焼きを、時々喉に詰まらせながら、食べるのであった。


前略  ニ宅 様

取り急ぎリライトしましたので、送信致します。内容、ご確認願います(そちらのご要望通り、かなり猟奇的な内容に仕上がったと自負しております)。
また、下記、何点かお願いがあります。

・撮影の際はスタジオ見学に行かせていただきます。見学の交通費は、そちらで御負担願います。
・新幹線はグリーン車でお願いします。
・長崎ロケにも同行させていただきます。こちらの移動は航空機(ビジネスクラス)でお願いします。
・現場では、スタッフ全員に私の事を「先生」と呼ばせて下さい。
・タボリさんに会わせて下さい。吉尾仮里帆さんと、一席設けて下さい。
・著作権は一旦そちらに預ける形となりますが、映画化の際は、再度、交渉させていただきます。
・挿入歌は、トム・ウェイツを起用願います。特に長崎のバーで松軽がヤケ酒をあおるシーンでは、トム・トルバーツ・ブルースを。最後のつぼ焼きを喰らうエンディングのシーンでは、エニウェア・レイ・マイ・ヘッドを必ず使用して下さい。

宜しくお願い申し上げます。

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