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ツェッペリンのポスターが貼ってあるラーメン屋がある。

ツェッペリンのポスターが貼ってあるラーメン屋がある。
ポスターは古い。
きっと、長年ラーメンの湯気を吸い込んできたのであろう。ボロッボロだ。


そんなツェッペリンのポスターが、いつものように店のカウンターの端っこでラーメンをすすりあげる僕に、突然、話しかけてきた。


「おい」


「おい」


「おい!お前だよ」


「はい?」


「お前は気づいてんだろ」


「え?」


「俺がツェッペリンのポスターだってことだよ」


「え?いや・・・」


「とぼけるなよ。お前、いつも俺の事ジロジロ見てるよな。ラーメンが出てくるまでの時間、俺のことじっと見つめてるよな。俺に興味があるってバレバレだぞ」


「まあ、スミマセン」


「謝るこたぁねえよ。どんどん見てくれよ。俺は、人に見られる為に作られてんだから」


「はあ」


「で、お前も好きなんだろ?ツェッペリン」


「はい。好きです」


「だよなあ。お前の熱すぎる視線で、すぐにピンときたよ」


「スミマセン」


「だから謝るこたぁねえよ。お前の視線よりラーメン茹でる湯気の方が熱いから。もう慣れたけどな」


「そうすか」


「で、店主にいつ話しかけるんだよ?ツェッペリン好きなんですか?つって」


「いや〜」


「なんだよ?」


「店内のBGMで流してるの有線じゃないすか。今もあいみょんとか普通にかかってるんで、店主、本当にツェッペリン好きなんかなぁって」


「いや、大丈夫だよ。昔はね、かけてたんだよ。しかも大音量で。ガンガンよ。でも、さすがに飽きちゃったんだろうな」


「あと・・・店の名前もごく普通で、ツェッペリン臭がしないというか」


「いや、そこはツェッペリン臭出さんだろ。美味いラーメン屋臭出すだろ」


「あと・・・メニューもいたって普通で」


「いや実際の話な、『天国への階段ラーメン』とか『ブラックドッグ餃子』とか出されてお前食うか?実際、誰も食わんだろ」


「あと・・・あなたも正確にはスワンソングのポスター(羽の生えた男がグワーッてなってる絵)ですよね。店主、本当にこれがツェッペリンのポスターだって分かって貼ってるのかな?って」


「いや、大丈夫だよ。わかってるからこそのスワンソングだから。べつに男の裸体が好きとか羽フェチとかじゃねぇから」


「うーん」


「だいたいなあ、お前、スワンソングの語源知ってるか?」


「いえ、知りません」


「仕方ねぇなあ。教えてやる。スワンソングってのはなあ、ヨーロッパの諺で、「普段は鳴く事の無い白鳥が、死ぬ間際になると美しい声で歌う」っていう伝承から、人生最後に披露する舞台や戦い、あるいは人生の最後に事を成し遂げることを言うんだよ」


「へ〜」


「このスワンソングのポスターは、店主の「これが人生最後の一杯だ」という思いを込めてラーメンを提供するぞ!という決意の表れなんだよ」


「その割りには、ごくごく普通の味気ないラーメンですけどね」


「そうなの?味、普通なの?俺、食ったことないからな〜」


「どうせなら、注意書きとか欲しいですよね」


「どんな?」


「このラーメンはつぇっぺりんと食すべし、みたいな」


「お前、舐めてんのか。今の発言、ツェッペリンに対する冒瀆だぞ」


「うーん、やっぱり店主に話しかけるのは勇気いりますね。この店内でツェッペリン主張してるのがあなただけという違和感ですかね」


「この意気地無しが! お、帰るのか」


「はい」


「また来いよ」


「ええ。こんな田舎で、ツェッペリンのポスター貼ってる店はここぐらいですから」


お勘定を済ませ、車に乗りこむ。
車のキーを回すと、ジミー・ペイジのギターリフが大音量で車内に響き渡る。
僕は、色褪せたツェッペリンのポスターをもう一度頭の中に思い出し、ボンゾのドラミングのアテぶりで車のバックギアを入れる。

そして、こう思う。

ああ、そうだよな。
世の中には、謎のままにしておいた方がいい事がたくさんあるよな。

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