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あの頃、ハーヴェスト・ムーンと @1日目


(板橋区常盤台のコンビニエンスストア)

最初に聞いた時は、とてもびっくりした。

「おおきに、ありがとう」

コンビニでバイトを始めて、お客さんの方からお礼を言われたのは初めてだった。

一瞬、何て返していいのかわからなくて、微妙な空気感を放出してしまった。

心の中では、

「いや、そんな、こちらの方こそ買っていただいてありがとうですよ」

って思ってた。とても口には出せなかったけど。


それからそのお客さんは、毎日、ビールとピーナッツと、月曜日には少年ジャンプと木曜日には週刊プロレスを買っては、

「おおきに、ありがとう」

と言って、去っていく。そう言われる度に私は、やっぱり微妙な空気を放出してしまう。

「おおきに」って、関西弁だ。

修学旅行で泊まった京都の旅館の女将さんが言ってた。

「ありがとう」は、関西の人はイントネーションがちょっと違う。

ありがとうの”とう”の部分が強調されている。なんだかとっても優しい響きなんだな。

「おおきに、ありがとう」に対して、何て返せばいいのかな?

学校で、友達のさっちゃんに相談してみた。


「どういたしまして、じゃね?」


う〜ん、なんか違う。それだと、ちょっと上から目線な気がする。

横から、いつも明るいハーちゃんが口を挟んできた。


「私、知ってるよ。関ジャニがラジオで言ってた。まいど!だよ。」


「まいど?ヤダ、そんなの恥ずかしくて言えないよ〜」


「いや、絶対、まいどやで〜。そう言わなアカンで〜」


「え〜、どうしよう〜」


(千本丸田町のレコードショップ)


俺はなぜ、関西なんかにきちまったんだろう。ああ、また俺のいつもの自問自答が始まっちまったぜ。

東京の大学が全て落ちて、たまたま受けた関西の大学だけが引っかかっていた。

これはきっとあれだ。「運命」ってやつだ。

きっとヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコのニコみたいな運命の女が、西の地で俺の事を待っているに違いない。

そう勝手に思い込んで、希望(のぞみ)という名の列車に飛び乗り、はや2年が経過した。
が、未だに運命の女は現れない。

ニコどころかモーリン・タッカーすら現れない。しかも、1日中部屋に引きこもっているせいか、関西と言う土地にまったく馴染めていない自分がいる。東京進出の為にせっせと磨いた標準語を、未だに捨てきれずに話している。これでは、いかん。

「アルバイト募集中!大学生歓迎」

前から気になっていたけど入れなかった千本丸田町のレコード屋さんの自動ドアに、アルバイト募集の張り紙を見つけた。

音楽か。音楽なら、何かを変えてくれるかも・・・。そんな期待を込めて、一晩中悩んで、履歴書を手に店を訪れた。

レジにいたドレッドヘアーの店主らしき人に、「アルバイトしたいんですけど・・・」と告げた。

ドレッドヘアーの店主らしき人は、

「ほな、今から面接しよか。裏おいで」

と極めて軽いノリで答えた。

レジ裏のバックヤードに案内される。狭い部屋には、ボブ・マーリーのどでかいポスターが貼ってある。店主らしき人がイスを2つ持ってきた。

「ほな、ここにかけて」

ドレッドヘアーが近い。こんな近い距離でドレッドを見るのは初めてで、思わず凝視してしまう。レニー・クラビッツみたいだな〜。

「あ、この頭な。なんていうかわかる?」

「ドレッドすよね」

「そうそう。誰に似てる?」

「えっと・・・、ボブ・マーリーすか?」

「正解!ちなみにレニー・クラビッツっつったら即不採用だった」

(あぶね〜)

「あ、君、関東の人?」

「そうです」

「で、ウチでバイトしたいって事は、どんなジャンルの音楽が好きなの?」

「はい。スミスとか、ニュー・オーダーとか、ストーン・ローゼスあたりです」

「あ〜、ロキノン系ね。ちょうどうちのスタッフ、そのジャンル弱かったから、採用やね」

「え?」

「あ、君、採用。いつから来れる?」

めちゃくちゃ緊張して臨んだ面接だったが、拍子抜けするほどあっさりと採用が決まった。


翌日から勤務が始まった。このレコード店は、店長の見た目に反して、演歌やポップスのCD、カセットテープ等も扱う地域密着型のいわゆる「町のレコード屋さん」だった。

やはり、残念ながら町のレコード屋さんには、運命の女は現れない。レゲエ好きのドレッドへアーの店長がいるだけだ。毎日、レゲエの知識だけは物凄い勢いで蓄積されていく。

今日も、店長がかけるシャインヘッドのジャメ〜カン・イン・ニューヨークをききながら、「俺が関西に馴染めないのは、太陽のせいだ!異邦人ってやつは、ちょっと振り向くどころの話じゃないぞ、怒りを込めて振り返れだ!」なんて、またいつもの「終わりなき自問自答」が始まっていた。

と、また「浪花のモーツァルト キダ・タローのすべて」というCDが売れた。

キダ・タローは、関西に来て知ったアーティストだ。「浪花のモーツァルト」の愛称で、CM曲や関西ローカルのテレビのテーマ曲などの作曲を多数手がけている。このCDが、毎日、驚くほどバカスカ売れる。二枚組のCDに、物凄くたくさん曲が入っている。あんた達、これいったいどこで聴くのよ?ってくらい売れてる。

今日も、また売れた。
ムスッとした無愛想なオジさん。レジが混んでいた為か、CDを投げつけるように放り込んできた。


「CDの保護カバーをおつけしましょうか?」


「あ〜、いらんいらん」


感じ悪い。

会計を済ませ、商品を渡す。


「ありがとうございました」


次の瞬間、衝撃が走る。オジさんは、今まで放出していた陰気な雰囲気を打ち砕く、まるで笑福亭仁鶴の如く優しく穏やかな口調で、


「おおきに、ありがとう」


と言って、去っていった。

おおきに、ありがとう・・・なんと柔らかい言葉であろうか。固く凝り固まった心を溶かすような、まろやかな響き。物を買った側が「ありがとう」と言う習慣は、はっきり言って関東には無い。


「店長、このお客さん側が言う「ありがとう」、めちゃくちゃいいっすね。関東では無いですよ」


「あ、関西じゃ普通。めちゃめちゃラスタなノリやろ」


ラスタ・ノリってなんだ?と思うが、ここは聞き流す。


「あれに対して、こっちはなんて返せばいいんですか?」


「あ〜、まいど!やな」


「まいど!っすか・・・。(ハードル高ぇ〜な〜)」


とりあえず、客側が言う「ありがとう」は、めちゃくちゃ気に入った。これから自分も買い物をする時は、実践する事に決めた。

まずは、コンビニでビールとピーナッツとジャンプと週プロを買う時からだな。

早く関西に馴染めるといいな。

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