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真剣に焼肉

JR埼京線に乗車する。やけに空席の多い座席があり、その床で青年が爆睡していた。こういう光景は3年に二度ぐらいは見る。

かなり酔っ払っているでもなさそうで、とにかく気持ちよさそうにスヤスヤ眠っている。そのへんに靴を脱ぎ捨てているところから見て、具合が悪そうではない。そう、爆睡しちゃった人って自分がどこに居るかわかんないから、だんだん快適さを求めて家にいるみたいになるのだ。でも頬をつけているのは灰色の硬い床で、グラグラ揺れている。寝台列車に乗ったことがあるが、正式なベッドで横になったときでさえ、私は楽しさと揺れで寝れなかった。

赤羽駅に到着。
駅員が「業務放送、車内点検入ります」と放送を入れ、青年を起こすため車両に入った。こういうのも車内点検なのか。
私もいつか何らかの理由でそのような事態になった場合は「こないだついにやっちゃってさ、"車内点検"」なんて人に話すんだろうか。

「お客様ー!」と話しかける駅員の声を聞いたのを最後に、青年がいかなるリアクションで目を覚ましたかは確認せず、私は降車。


ときどき赤羽に行くことがある。
その際「神保町食肉センター」という焼き肉店を通り過ぎたりするのだが、いつの日も必ず人が並んでいる。どんなにお腹が空いて肉が食べたい気分であっても、行列にひるんで一度も挑戦することはなかった。

ここのこと

ところが今日はなんだか、行っちゃおうかなという気分になってきた。

用事の最中に、食肉センターについて考える。
行列ぎらいの私の友人が唯一並んで入った飲食店で、その感想を聞いてなんとなく概要を知っている。新鮮な美味い肉が九百いくらで食べ放題なのだそう。

私の食べる量は、食べ放題の良さを生かせるほど多いものではないが、質が良いのなら、ちょうど一人前でも手頃ではないだろうか。新鮮なハツやレバーに惹かれ、行きたい気持ちがむくむくと膨らんできた。

用事を済ませたあとは余力が残っていたのと、あともうシンプルに完全に行く気になったため、ついにあの行列にIN.
(よりによってこんな暑い日に)

私の前には7人ほど並んでいただろうか。
本を読んだりしていたらいつの間にか40分ぐらい経っていた…


その間、店員さんが、並ぶお客にメニュー表を見せて注文を尋ねる。
ランチメニューは3種類のセットから選ぶ方式になっており、おそらくこの店の売りであろう朝採れレバーとハツのセットを注文した。
事前に調査して知ったが、国内産のハツの供給が困難な状況にあり、9月末までハツはお休みとのことで代わりに「麹鶏」と記されていた。きっと美味しいだろう。

はじめは私の後ろに誰もいなかったが、 しばらくすると20代ぐらいの青年5人組が後ろについた。先に並んでいるお客は皆、一人か二人組が多く静かだったが、真後ろに5人もいると、まあ、うるさいこと。私も友人5人と居たら同じようにうるさく喋ってしまうかもしれないが。
彼らはなぜかサッカーボールを持っていて、細い道で球を軽く蹴り始めた。

ああ…注意したい…注意する妄想、店員さんにチクる妄想…近くの席になったらやだなぁ…
初挑戦の日、先が思いやられる。

店員さんが5人に注文を訊いているときに「今日はハツはあります」と、その言葉が浮かび上がって聞こえた。店に戻ろうとする店員さんに思わず、「ハツ、あるんですか…?」と聞き直してしまった。

「ありますよ」

食べれないと覚悟していたハツが食べられることがわかり、私の気持ちは上向いた。列も進み、入店まであと少し。

「1名様、どうぞ」

ついに扉が開いた!
私が意外に思ったのは、カウンター席がメインではなく、ちゃんと広めにテーブルが配置してあることだった。
なんとなく二郎みたいな神経質なイメージがあって(二郎は行ったことないが)、写真なんて撮れるようなムードも暇もなく、コの字のカウンター席でみんな肉に夢中になっていると思っていたのだ。



二階席に通された。
席を案内されて驚いたのは、お冷や、おしぼり、箸、スープ、ご飯、サラダ、そして肉まで、必要なものが既に配置されていたことだった。オペレーションの淡白さよ。

準備万端
無事に供給されたハツ、レバー

新鮮な体験を面白がって写真を撮っていたが、そんな悠長なことしてはいられない。食べ放題ランチは45分の時間制限があるのだ!たくさん食べるつもりはないが、さっさと焼かねば!私はトングをあやつった。

楽しい

一人でプレートに肉を置くという同じ行為をしても、焼き肉ライクとは全く異なる風情がある。この気持ちはなんだろう。プレートの向こうに誰もいなく、コンクリートの壁だけだからか、自分の空間で焼肉と対峙している感じが心地良い。

ところで先ほどの列で隣り合わせたヤンチャ5人組は、私のすぐ近くに座っていた。そう来たか…と最初は思ったものの、一人焼肉は忙しいのと、このように焼肉に夢中なので、かなりどうでも良くなっていた。忙しいって良いことだなあ。

レバーとハツを頂く。美味い…
あらかじめ味付けされた塩ダレのみで、自分で追加するタレなどは無い。

ナイスアクトなのが、サラダらしからぬ見た目のサラダ。オニオンスライスにレモンで味付けされたもので、これに肉をのせて食べるとサッパリして、だんだん肉の旨味とタレを吸ってさらに美味しくなり、すぐに消費できてしまう。これもおかわり可能。


ヤンチャ5人組、肉を食べ始めたのか急に喋らなくなった。そうだよね!
騒ぐ子も黙る、食肉センターの肉。

私は肉一皿+ご飯でお腹いっぱいになるだろうと予想していたのだが、最後の肉を焼いている間、もう一皿いけると思った。追加注文。

「モモ、タレ味と…」

店員さんのニコリともしない目を見て、(アワワ忙しい店員さんに早く言わなきゃ)とビビりながら注文。クラスカースト上部のギャルみたいなあんなに冷ややかな眼差しは久しぶりに見た。回転率重視だものね…もうそんなにウェットでウォームな接客じゃなくていいよね…
そう反芻する10秒ぐらいのうちに、横にあるカウンターから私の注文したモモとハツの皿が出てきた。早。

モモは、納品されてきた塊そのものが乗っかっているという感じで、自分でトングで必死に肉を剥がした。こんな作業も不満に思わないのは、値段とシステムと、なんかそういうムードがあるからだ。

モモを焼き、炎が舞い上がる。
馴染みある肉だけど、お店で食べるのはやはり美味い。

ハツは先ほど焼きが足りない場面があり、反省して慎重に長時間焼いたらコチコチになってしまった。難しいなあ。

ちょうど食べ終わる頃に、終了10分前であることを告げられた。
肉の管理と食を同時進行して忙しくはあったが、焦った感覚は全くなく、自分なりに2皿分食べたらちょうどいい頃合いだった。

御馳走様でした。970円也。そりゃ並ぶわ。 

- fin -

ここまでして帰宅したら、食後だし、私であれば通常は力尽きて一旦寝る。

ところが活動した勢いのまま、布団を干して軽く掃除をして、ずっと洗いたかったサンダルを洗うことまでできた。
消化活動に勝る肉のエネルギーなのか…?肉を盲信してしまう。

YouTubeで配信されているフジロックで、ヘルシンキラムダクラブ、折坂君、スネイルメイルを観て昼寝した。

日没前にこんなに満足感を感じる休日を過ごせたことが嬉しい。
お手本みたいな休日ってなかなかうまく実行できないからだ。

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