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カレーのこととなると、つい。

 むかしよくいったカレー屋を久しぶりに訪れたら、ほとんど何も変わってなかった。よくある話かもしれないが、これは相当すごいことだと思った。連れがいるならまだしも、一人飯で飲食店内にスマホの「カショイ」音を響かせるのは気恥ずかしくて嫌だけど、それでも撮ってしまった。なつかしすぎて。この店のこのカレーを記録しておきたくてつい。

 高校生のとき、私はこの店で「カレー」を発見した。振り返ってみればそうだ。もちろん小さい頃から家のカレーや給食のカレーが好きだったし、外食でカレーを食べる機会もあった。でも「カレーの素晴らしさ」や「カレーの楽しさ」や「カレーという至福」を知り、「カレーがカレーであること」に感動を覚えたのはこの時が初めてだ。私はここで「カレー」に目覚めた。

■ 完璧なカレーとの出会い

 店の名は「ハングリー味川」、東京都・JR水道橋駅徒歩3分。初めて訪れたのは今から20年くらい前のことだ。通っていた塾のほど近くにあって、当時店主と客との会話から「もう15年以上やってる」と漏れ聞いた覚えがあるので、創業35年以上の老舗ということになる。

 いわゆる「ニッポンの洋食屋さんのカレー」に分類すればいちおう間違いないと思う。リーフ型に盛られたライス、トロッとした濃いめのルー、そしてキャベツの千切りがワンプレートに絶妙なバランスで収まるが、その絶妙さは腹をすかせた者に「ここに何かをもうひとつ加えたらこのカレーはより素晴らしいカレーになる」という確信を抱かせるので、ほとんどの客が自動的にハンバーグをトッピングすることになる。私はそれでもなお飽き足らず、いつもこう注文していた。

「ハンバーグと卵を載せてください」

「あいよ」

 答えるや、店主は狭く細長いキッチンスペースでリズミカルに動き出す。まず仕込んでおいたタネを目分量でつかみ取ってざっと形を整えると、おもむろに膝を曲げ腰を落とし、上半身を細かく揺すりながら右手から左手、左手から右手へと素早く何度も叩き移す。最後に両掌でギュウッと程よくつぶした平べったいバーグを、すぐさま目の前の大きな鉄板へ。頃合いを見計らってその横にアルミ製の円形の枠を置き、生卵を割り入れる。と、すぐさま鉄板の前からピョンと左へ横っ飛び、4本並んだ細長い円筒形の鍋になみなみ湛えられたルーをおたまでガコンガコンとかき混ぜる。済むと、右へ横っ飛んでまたバーグと目玉の世話を焼く。合間にライスとサラダの載った皿をセット。焼き上げたバーグをライスに添え、再度ガコンガコンと強くかき混ぜたルーをその上にたっぷりかける。目玉焼を載せる。仕上げにクリームをあしらう。こうして、ハングリー味川のハンバーグ目玉焼カレーは完成する。

「おまちどうさま」と、店主ができあがったカレーをカウンターに置いた瞬間、私は高校生ではなく二児の父だった。かつての少年と同じく、店主の一人舞台の一部始終を目の前のカウンターから飽かず見つめていた私は、いまここで繰り広げられていたのが私のカレーを作るためだけのショウだったことにあらためて思い至り驚くが、そんなのはほんの一瞬のことで、当然次の瞬間にはカレーそのものに目を奪われカレーのことしか考えられなくなる。

 あの頃と同じだ。どこからどう見ても完璧なカレーがここに。ジューシーなバーグのおかげでルーは旨みを獲得し、遠く微かに香るガーリックらしきものの存在感ともあいまっておいしゅうございますので、これらはぜひ毎回同時に口の中に放り込むのがよいでしょう。もちろん途中から、半熟とろとろの黄身を仲間に加えてあげて。卓上にはサウザンドレッシングだかが置いてありますが、ごめんなさいこいつの出番はありません。カレーや米にこいつが混ざるのは絶対避けるべきだし、キャベツの千切りにはカレーをぶっかければ充分です。

■ 変わらないことは怖くて不安

 そんな自分の食べ方も含めて、本当に何も変わってなかったハングリー味川(※)。あれから20年近く経ってるのに変わってないとはどういうことなのか。すべての物事は移り変わるものではなかったのか?  自分はいまや30代半ばにさしかかり小学生の子どもまでいるというのに、この店はというと見た目も人もカレーも1ミリも変わっていない。すごいことだ。うれしいことだ。でもカレーを平らげた満腹感に浸りながら、私はそのことに安堵するのではなく、むしろ「必ずいつか変わる瞬間、いや終わる瞬間がくる」という不安を覚えた。普段は平気なのに、死について思いを馳せた途端に突然死ぬことが恐ろしくなるみたいに。

 それで会計時に思わず、「20年近く前、ここによく来てたんです」と店主に話しかけてしまった。そしたら気さくな笑顔で「何も変わってないでしょう、なんとかやってますよ」と返してくれたもんだからこちらはよけいに感極まって、さらに「記念写真撮らせてください」と普段なら恥ずかしくてしないことを申し出てしまった。

 店主が「あいよ」とふたつ返事してくれたおかげで、なんかいい写真が撮れた。

 思えばあの頃、私はこの味川のカレーに感動するのとほぼ時を同じくしてインドカレーを知りタイカレーを知り、「大人には大人の事情がある」ことを納得する前に「カレーにもいろいろ事情がある」ことを学び、「インドにはカレーという食べ物は存在せず、すべての食べ物がカレーなのだ」と伝え聞いて異国に思いを馳せ、私のなかでカレー文化が一気に花開いた。そしてその後「メーヤウ」に驚き、「エチオピア」に新たな扉を開かれ、「YAMITUKIカリー」に没頭し、「デリー」にひたすら感謝し、そしてつい先日は「ダバインディア」に驚嘆し畏敬の念を覚えた。これら東京のカレーの名店たちを前にしても、「ハングリー味川」はまったく色あせない。ひけをとらない。私の個人的な思い入れを差し引いてもそうなのだと、証明はできないがそう断言したい。近くに行く機会がある方は、ぜひ。

ハングリー味川
東京都千代田区三崎町2-17-8 皆川ビル 1F 03-3261-5323
10~19時半営業 土日祝休

(※)すんません、ひとつだけ変わったことが。当時はプレーンカレー450円、ハンバーグ目玉焼トッピングで650円だったが、先日訪れた際は+50円だった。なんせ20年経ってるから仕方ない。あのハンバーグ目玉焼カレー、700円でも相当安い。

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松本トリ(クラリスブックス)

雑誌記者と古書店員(下北沢クラリスブックス)を兼業。別アカウントで長篇小説を公開(http://u0u1.net/YRQs)。純文学新人賞最終選考で敗退した長篇2本を短篇にリライトし電子書籍化、Amazon.comで販売(http://u0u1.net/7V2v)。

雑感

本とか、本以外のいろいろなことについて。

コメント2件

わかるなあ。スマホで写真とってる自分って恥ずかしいもの。
シャッター押す瞬間、背筋がぞわっとします。でもこの日のこのカレーはぜひ撮らねば、と。
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