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清新であること、残酷であること、美しくあること――「あなたの人生の物語」

【マガジン「読み返したくなる短篇」バックナンバー】

 ほんの1カ月前まで、最近ほとんど小説読んでないなと思ってたけど、ここ3週間くらいで長い間積読になってたぶ厚い本(どちらも500頁超えでSF)を2冊、ペロッと読んだ。ひとつは「あなたの人生の物語」を含むテッド・チャンの同名短編集で、もうひとつは飛浩隆の『グラン・ヴァカンス』。いずれもとてつもなくよくて、後者の巻末ノートの一節が胸に響いた。

清新であること、残酷であること、美しくあることだけは心がけたつもりだ。飛にとってSFとはそのような文芸だからである。

 自分がSFというジャンルに求めるものはこの2作品に、そしてこの飛氏の言葉の中に凝縮されているのだと思った。

 さて、ここでは「あなたの人生の物語」について何事かを書き留めておきたい。この素晴らしいタイトルに惹かれてぶ厚いハヤカワ文庫を買い求めたのは、1年以上前だったかと思う。以来、読もう読もうと思いつつ月日は流れて2週間前、ついに本棚から抜き出しておもしろすぎてあっという間に読み切って、その同じ日に偶然『メッセージ』という洋画の予告編を見た。「あれ?何か似てるかも」とは感じたものの、ダサすぎる邦題(原題の「Arrival」もひどい)と「衝撃のラスト」みたいなダメな惹句のせいで、自分が今さっき読み終えた傑作が原作の映画だとは夢にも思わなかった。が、調べてみたら公式サイトにしっかり「原作:テッド・チャン『あなたの人生の物語』」と記されていた。

 劇場公開は5月19日(金)。チラホラ聞こえてくる好意的な前評判とよさげな配役からすると期待してもよさそうだけど、でもいくらなんでも「メッセージ」ってのはひどい。「衝撃のラスト」だの「彼らは何かを伝えようとしている」だの、なんなの。そりゃないだろ。

「あなたの人生の物語」で描かれていた地球外生命体との対話は、「伝える」とか「与える」とか「目的」とかそういう無粋な要素(軍人たちだけがアホみたいにそれらを追い求めてて滑稽)とは無縁。そして言語学者のルイーズほかごく少数の登場人物たちが副次的に得ることになる「何か」は、その存在が秘された「謎」ではなく、そこには「衝撃のラスト」なんかまったくない。

 「あなたの人生の物語」という作品を読むとき、語り手が「あなた」に「あなたのおとうさんとわたし」の人生における「もっとも大事なひととき」、ロマンティックなある夜について話して聞かせる冒頭の場面から、私はすでにその「何か」を予感する。そしてその予感は早くも4、5頁先で言及される「あなた」の死を読んで大きな不安と悲しみをまとい、私はそのあたりでおぼろげながら物語の全貌が一枚の下絵のように示されるのを目撃して、「ああ、そうか、そうなのか」とため息をひとつ。涙をポロリ。後は読み進むにつれて、そのモノクロの線に沿って色鮮やかな糸が繍い込まれるように細部が明らかになっていくのを、みぞおちをキュッと締め付けられる感覚を抱えながらおしまいまでずっと見つめ続ける。

だから、わたしは強く注意をはらって、あらゆる詳細を心に刻んでいる。

「あなたの人生の物語」とはそのような、あらかじめ引かれた線を注意深く辿るような仕方で読まれる小説(そしてそのような仕方でしか語れない物語)なのだ。読者はすべてを最初から感じ取り、心を揺さぶられ続ける。珍奇な結末を待ちわびる姿勢は、だからこの作品からもっとも遠いものである。

 清新であること、残酷であること、美しくあること――。たまたま同時期に読んだ飛氏の言葉が、私の頭のなかでそんな「あなたの人生の物語」の余韻に絡みついて離れない。

【マガジン「読み返したくなる短篇」バックナンバー】

http://www.message-movie.jp/
『メッセージ』特設サイト。予告編の演出と惹句とタイトルがダメなだけで、この映画が「あなたの人生の物語」のよさを損なっていないことを、もしくは損なっていたとしても作り手やキャストの腕と努力で別物としてよい作品に仕上がっていることを祈りたい。

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