よこ

彼らはついに再び冒険の旅に出た――『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』

 ドラえもん映画を見てワクワクしたのは、いったい何作ぶりだろう。新体制になってからの作品をぜんぶみたわけではないけれど、思い出せるかぎり2006年以降一度たりともこんなことはなかった。もちろん『大魔境』とか『鉄人兵団』とか『日本誕生』とかリメイクものはおもしろいし、かつての名作が現代に生まれ変わるのは嬉しい。でも、なにしろ元が超いいんだからちゃんとつくってりゃそりゃおもしろくなるよ、とつい思ってしまう。せっかく新体制で技術的にもいろいろ向上してる今、オリジナルの物語ですごいやつをつくってほしいと思うのが人情だ。なのにどの作品にも、かつてのドラえもん映画の持ち味だった「不思議」や「夢」が足りない。「不気味」や「不穏」がない。代わりに友情過多で涙過多。あと歌がすごく煩い。いち「大長編ドラえもん」ファンとしては、誰かが軌道修正するのを、「もうやめませんか、彼らを無駄に泣かせんの」というのを心待ちにしていたのだ。

■ ドラえもんのプレゼン能力が大幅に向上

 そして2017年、ついにあたらしい冒険物語が生み出された。『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』である。息子(4歳)にせがまれて劇場に足を運んだ形ではあったが、実は気合いの入ったポスターや予告編を見て「今回はどうやら様子が違うのでは」とひそかに予感していた。それが的中した。

「冒険だ。これこそ冒険だ」ーーそう感じたのは冒頭30分くらい経ってからだったろうか。かつて、一作ごとに未知の世界を教えてくれた解説者がそこにいた。気の遠くなるほど長い年月をかけた氷山形成の仕組みについて、その漂流の経路について、あのいつもの空き地で少年たちに力説するドラえもんを前に、私はワクワクドキドキしている自分を見出して驚いた。絵も声も以前とは違うけれど、心は初めてドラえもんやスネ夫や出木杉らからネッシーやヘビースモーカーズ・フォレストやワープ航法やバミューダトライアングルや地底世界や時空乱流について教わったときとまったく同じようにときめいていた。

 私は以前このブログで新体制下でのドラえもん映画について、子どもが理解できようとできまいとどうでもいいから、不思議で恐ろしい世界観や物語をもっと適当に子どもの顔面めがけてぶん投げてほしい、忘れられない衝撃を与えてほしい、という意味のことを書いた。『のび太の南極カチコチ大冒険』の空き地でのドラえもんは、まさにそうしてくれたのだ。

 ここでぜひ強調したいのは、それがただ子どもを置きざりにした難解な説明ではなく、実に丁寧で凝ったプレゼンテーションだったことである。以前のドラえもんは、語りの迫力でなかば強引に少年たちに生つばを飲み込ませるようなところがあったが、今回のドラえもんは地面に海図を広げて海流の動きを楽しげなアニメーションで示し、問題の氷山がいかにして生まれたか、いかなる道筋で自分たちの元まで辿り着いたかを話した。時折少年たちの素朴な疑問を受け入れながら、よどみない解説とアニメはするする進行していった。明らかに、ドラえもんのプレゼン能力が以前より大幅に向上している。作り手たちが意識的にこれをやったということは、わざわざドラえもんが夜なべしてプレゼン資料を作る場面が設けられている事実からも明白。「いつもとは気合いの入り方が違うんだぜ」というわけだ。

■ 以下、細部にいたるまでほぼ絶賛

 そんなふうにして始まった冒険がつまらないはずがない。それがどんな素晴らしい冒険だったかはまあ置いといて、ここでは活劇を支える細部の演出がいちいち素敵だったことへの喜びを綴りたい。

 まず遺跡や敵キャラの造形とギミック(扉の開き方とか狂気のペンギンの変形とか夜の到来とか「音弾」とか)がカッコよくて統一感があるおかげで、滅びた古代文明の内実は謎のままなのに(いやだからこそ)往時の高度に洗練された都市の姿を漠然とイメージできて楽しかった。敵がラスボスと参謀のコンビではなく、意志持たぬ防衛システムだったのも、廃墟となった都市の不気味さを掻き立ててくれた(このあたり『海底鬼岩城』のラスボス、すでに滅んだ敵国に向けて数千年にわたって核ミサイルの発射体制を維持し続けるポセイドンの不気味さと通ずる。劇中ジャイアンがしきりに「アトランティス」を言い間違えていたのも、私には『海底鬼岩城』での冒険を思い出そうとしているようにみえた)。
 あと厚い氷の中に閉じ込められた空気がきらめいているところとか、ひみつ道具「氷細工こて」で氷の形を自在に変えていくところ(気持ちよさそう、やってみたい)とか、氷にまつわる表現がとてもよい。
 ギャグ面では、急場で必要になった「ほんやくこんにゃく」をのび太がかじったら凍ってしまってて食べられず、後ろからデカいタコの化け物が追いかけてきてほんと忙しい最中なのに、ドラえもんがそれをタケコプターで飛びながら真剣に鍋で煮て解凍してるとこが好きだった。
 そしてもうひとつ、ゲストヒロイン(カーラ)がかわいかった。かわいいしよく動くしがんばるし、別れ際がアッサリしてたのが素晴らしかった。涙なしだし劇中歌も流れないし、「じゃあまたっ!」という感じで10万光年離れた星へ去っていく。遠いけどのび太、仕方ないよな。彼女とは、遥か彼方の女と書く。

 その他いろいろ、まだよいところはたくさんあったがこのあたりで切り上げよう。総じて、かつてのドラえもん映画にシッカリ学びつつ、その魅力をより磨き上げようという気概が感じられる傑作。大長編ドラえもんとともに育った往年のファンに、ぜひ見てほしい。

 控えめにいって、『君の名は』の5万倍おもしろかった。

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