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物体を並べて文字列を作り、空白を想う

 先月末、下北沢ケージで開催された「TOKYO BOOK PARK vol.1」で活版印刷を体験。これが感動的だったので、いまさらながらざっと体験記を書いておこうと思います。

 「TOKYO BOOK PARK vol.1」は、代々木八幡の古本屋リズム&ブックスさんの呼びかけで立ち上がったブックフェスの企画。10月末に第一回が開催され、もちろん我がクラリスブックスも本をたくさん売りました。古本屋だけでなく、雑貨やレコードなどのお店もブースを出していて楽しく、ぜひ恒例のイベントになってほしいなと思いました。

 そのなかで私が参加したのは、松陰神社前の古本屋ノストスブックスさんのブースでやってた活版印刷ワークショップです。念のため「活版印刷」とは、「活字」(ブロック状の木や金属に字形を刻んだもの)を組み合わせた版(活版)の凸部にインクを付け、圧力をかけて紙に印字する印刷方法のこと。

▲ これらが「活字」。英語では「movable type」という。
「mobable(可動)」の言葉通りまさに動く文字。
一字ごとにバラバラで、差し替え・組み換え自由自在

 ワークショップでは、アルファベット20字分くらいの印刷を体験できるとのこと。事前に印刷したい文字列を考えておいて、まずはその構成要素たる活字たちを一字ずつ、利き手に持ったピンセットで拾い、もう片方の手にある「文選箱」に並べていく。そんで活字がぶじ並んだら、それを金属製の枠に移して「組版」をつくる。

▲ 少々見えずらいけど、右の方に置いてある
黄色っぽいのが「文選箱」。これは文選箱に並べた
活字で組版をつくってるところ

▲ 組版がずれないよう、トンカチで叩いてガッチリ固める。この人が
ワークショップを手掛けていた NECKTIE Design Office の千星さん
いろいろお話して、活版印刷への深い愛を感じました

 組版ができたら印刷機にセットして、いよいよインクを紙に押し付けます。

▲ 思い切ってガッシャンコ!

 こうしてできあがった成果物がこれ↓。私が自分の手で活字を拾って組んで印刷した文字列です。

▲「SO IT GOES.     K.V.」

 照れくさいけど、私の心の拠り所、ひそやかな希望の星であるカート・ヴォネガットの小説に頻出する言葉。訳せば「そういうものだ。」

 ヴォネガットの言葉のなかで、私はこれが4番目に好きなんです。「活版印刷で好きな文字列を組める」と聞いて、まず思い浮かんだのがこれだった。なぜ4番目のにしたかというと、1番好きなやつは超いいセリフなんだけど、一部卑猥な語を含んでいるので紙に印刷するのはためらわれ、2番目のは長めなので一行に収まらず、3番目は鳥の鳴き声で意味不明だから。ヴォネガット好きなら、それぞれどんな言葉かだいたい想像つくかと。

 さて、ヴォネガットの頭文字やピリオドも含めてたった13字。簡単に活字が組めそうに思えるかもしれません。が、やってみりゃわかるけどこれが実は難しい。なんでかというと、ただ単に字を並べるだけじゃなく、字と字の間にどうスペースをとるかを考えねばならないから。私の目の前に山と積まれた、字形が刻まれていないスペース用の活字たち。一番幅広の「全角」から1ミリほどの薄いもの、さらにはもはや金属ですらない「ヘア」(髪の毛の幅の意)と呼ばれる紙きれまで、その幅によって5・6種類。

 これらを組み合わせて字と字の間にはめ込んでいくわけだけど、単語間をどの程度あけるか、字間をどの程度あけるか、文字と「.」の間をどうするか、などなど悩ましい。同じスペースを挟んでるのに印刷してみると「S」と「O」の間と「I」と「T」の間とで違う幅になってしまったり。ならばと紙を一枚挟んでみると、それだけでまったく見え方が変わって驚いたり。ひたすら悩ましい。試し刷りしては組み直し、組み直しては試し刷り、と延々繰り返してしまいそうなところ、千星さんの指導やアドバイスのおかげで適度に悩んで楽しみました。

 こうしてようやく、このこれが完成したわけです。この手で「活字」という物体を並べて文字列をつくる体験。とても感動的だった。

 いつもパソコンに向かって背中まるめて言葉を連ねているときには気にも留めない、一字一字の形や存在感、そしてスペース。この世に並べられたあらゆる字と字の間にかならず設けられ、この字とあの字を区別する空白。この空白こそが文字列を成り立たせているのだ、意味を成り立たせているのだ、という当たり前の事実に思い至り、その空白を自分で苦心して配置したおかげで、なんだかこのこれがたんなる「SO IT GOES.」ではなくて世界でひとつだけの「SO IT GOES.」であるような気がして嬉しいのでした。そういうものだ。

 今ではこの紙片をデスクの前の壁に掲げ、仕事が順調で楽しいときに眺めながら「ああ調子にのらないようにせねば」と自分を諫めたり、つらいときに眺めて「このつらさを受け入れて朝までがんばろう」とやる気を出したり、ときには「別につらさから逃げてもいいんだ」と開き直ったり。ものは考えよう、どうとでも取れるのがこの言葉のいいところ。というかありとあらゆる言葉はどうとでも取れるのだ、ということを思い出させてくれるから、私はこの言葉が好きです。

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