(怖い話/by処刑スタジオ)親孝行な息子

「いつもすまんな」
 権蔵は礼を言う。 
 80歳を超えてから夕張市の老人ホームでの生活だった。

 エレベーターの扉が開く。
 
 記憶力もだいぶ落ちた。
 足腰が弱ってきたのは、数年前からである。若い頃にメロン農家での作業を無理してやっていたのが裏目に出てしまった。

 北海道・夕張市。メロン農家を引退して今は息子に任せている。全ては順調だ。

 夜。施設の屋上で星を見る約束だった。

 過疎地化していく夕張市。去年は人口が7000人を下回った。

 綺麗な星空が見えることだけがメリットである。老人ホームの屋上からは眩いような星々が今でも見える。
 
「6~7月は星がきれいだから」
 健太が星を見せてくれるというのだ。

 屋上を進む車椅子。
 
 静かな老後の時間。親孝行な息子と二人きり。

 幼少期の頃に、キャッチボールをしたことを思い出す。
 
 あの頃から健太とは、良好な関係を続けている。
 
 いまだに礼を言いたかったことがある。

「健太、野球をやめて、農家を継いでくれてありがとうな」
 
 健太は野球で未来を嘱望された選手だったが、高校に進学せずメロン農家の道を選択した。

「勘違いするな」
 健太が奇妙な返事をする。

 勘違い? 意味がわからない。

「後頭部をみろ」
 健太が髪をかき上げてみせる。

 円形に脱毛していた。

 幼少期の記憶が蘇ってくる。
 
 6~7月の収穫時期。ビニールハウスの入り口に置いたベビーカー。妻は2人の目の子供ができて入院していた。
 権蔵は一人で赤ん坊の面倒をみなければならなかった。

 悲劇は、収穫作業で目を離していた時に起こった。
 暑いビニールハウス。赤ん坊の健太が苦しがって暴れベビーカーから転げ落ちたのだ。
 8針も縫う大怪我。後頭部には包帯を外した後も醜いハゲが残った。
 
(だが)
 本人はハゲを気にしていなかったはず。

「僕のトレードマーク」と健太少年は明るく笑っていたはずだ。

 だが、本当はそれを気にしていたということらしい。

「ボウズ頭でハゲ露出させて高校に通うのか?」

 健太は髪を短くしたことがない。ハゲを気にしていて髪を長くし続けていたのか。
 
 車椅子のスピードが上がる。

「止めろ。止めてくれ」

「オヤジが怪我をさせたせいで、プロ野球選手の夢をあきらめなくてならなかった」

「ハゲのせいで、いじめられていたんだよ」

「すまん。知らなかった。許してくれ」

「落ちて死ね」

 権蔵は、車椅子ごと転げ落ちていった。

 



 
 
 

 

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