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こわくないホラー小説/呪われた怪談師

「あの女だ」
 ミチヤは顔をしかめた。

 女が、不自然な格好で床を這ってくる。

 なぜだか遠く離れていてもわかった。
 女は、人間ではない形に体が歪んでしまっている。

 ミチヤは、女を見ないように話し続ける。

 ――怖い話は、出だしが肝心。客の心をがっちり掴むのだ。

 ミチヤは、怪談師をしている。
 怪談を収集して客席で語って聞かせるのだ。

 今は怪談師がちょっとしたブーム。才能あるスターの卵がぞろぞろいる。
 
 今日は「最恐トーナメント」の決勝。

  俺は天才だ。
 
 だが自信の割には、最後には必ず負けてしまった。
 高い評価を受けて、決勝まで残るが負ける。
 
 理由は不明だ。

 勝ちたかった。

 だから、この日は“とっておきの話”を選んだ。

 それが、この「赤ん坊の骨」という話だ。 
 
 霊能者から聞いた禁断の話である。
 人前で語るのは控えた方がいい、とも

(だが、この話は傑作だ。優勝するには、この「赤ん坊の骨」しかない)
 
 あんな女に怯えていたら、とても優勝などできない。

 初めに女が現れたのは夜の公園だ。

 それから決まって「赤ん坊の骨」を練習していると、女は必ず現れるようになった。

 この世のものではなかった。
 頭部が割れて血塗れだった。
 女は誰なのか。

「赤ん坊」の母親なのか。
 何かの呪いだろうか。
 
 女は練習の度に近づいてくるようだった。 

(だが)
 まさか決勝戦の会場に現れるとは思わなかった。

 ぬるり

 観客席の間を、あの女が這ってくる。 
 ずるずると軟体動物のように、ホールの階段を這ってくる。

 声を震わせながらも「赤ん坊の骨」を話し続ける。 

 歪む唇。
 口が上手く回らない。練習が台無しだった。

 怖いよ
 迫り来る女と視線を合わせないようにして、話し続ける。

 ついにステージの縁に女の指がかかる。 

 殺される 

「ひっ」
 ミチヤは声を上げそうになった。

 クライマックス。
 ミチヤが話し終えるのと、目を瞑るのは同時だった。 

 会場は静まりかえっていた。

(負けたか)
 ミチヤは目を開けた。

 観客や審査員は、ミチヤが披露した話を聞いて震えあがっている。
 結果は、優勝。
 
 その夜、女が夢に出てきた。
 Vサインを出している。

「私は生前、怪談マニア。去年もトーナメント、見に行った。アナタの怪談、プロットは良いんだけど表情や声が単調。だから最後に負ける。それで語り口にリアリティを持たせる為に、アンタを怖がらせてあげたの♡」

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