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【小説】ただの世界の住人⑧

僕は、原口涼太。26歳。
Ryoという名前でソロで音楽活動をしている。といっても、なかなかプロになるには道は険しい。今は、コンビニでバイトしながら、路上でライブしたり、たまにイベントで歌わせてもらったりしながら、地道に曲づくりに励んでいる。結構本気で取り組んでいるつもりだけど、こう書くと、ほとんど趣味に近いな‥と自分で思う。

今朝、世の中からお金がなくなるらしいニュースが流れて、街はなんだか騒がしい。2時までだったバイトも、店長が、もう帰っていいよ。俺もようわからん‥ということで、昼にはあがらせてもらった。といっても、もう時給も関係ないわけだから、まー何時まででも関係ないというか‥

バイト中、どくんどくんしてた心臓がおとなしくなっている。かわりに、肺の奥から深い空気がとめどなく出てくる。
はー。
お金がなくなるって、どういうことなんだ?給料ももらえないかわりに、なんでもただで手に入るという。

僕は、バイトなんかせずに、音楽で食べていけるようになりたいと思っていたが、もしかして、いまや、それも可能?
そうだ!可能だ!
家賃も光熱費もかからないということは、音楽だけやっていても、いいということ。ただし、いや、まてよ?
例えば、ライブをしたりとか、CDが出たりとかしても、お金は入らないということ。人気が出て、有名にはなっても、お金という引き換え券はなくなるわけで、売れたから、いい車に乗れるとか、タワマンに住めるとかはイコールではないわけだ。だとしたら、音楽はなぜやる?

これだ。
これが朝から起きていたどくんどくんの正体だ。

音楽のプロになって、それで収入が増えて、好きな音楽をつくっていける。それが僕の夢だろうと思っていたが、収入には見返らない音楽だとしたら、僕はやり続けるのだろうか?お金を稼ぐということが必要なくなった今、じゃぁ、これから何をすればいいんだ?

好きなことを好きなだけやって生きていきたい!と思っていたけど、好きなことだけしていいよ。と言われると、それが本当に好きなことだったのか?ただそれだけをやっていたい気持ちが、一気に色褪せてくる。
もしかして、僕はお金のために、音楽を使おうとしていただけなのか?一番お金にならなそうな音楽を選んでおいて、それがお金目的だったっていうのか?

たった1日で、
これからも何も変わらないと思っていた僕の人生が、ただの世界という奇妙なシステムがはじまったせいで、自分自身の奥に潜んでいる何かが息を吹き始めてしまった。

あああーあああー

自然発生してくる今まで聞いたこともないような自分の声が、無性に気持ち悪い。胸くそわるい。どこにいたんだ!お前!あああーあああー

気づけば、アパートのベッドで目が覚めた。

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