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SS6


ピンポンパンポン


“こちらはー選挙管理委員会です。
4月〇〇 日、日曜日は衆議院議員選挙の投票日です。是非、投票にお出かけください。尚、投票日に行けない方は、期日前投票をご利用ください。”

「起きれ。ばあちゃん。昼飯は?」

「いらん」

「ほうかわかった…あ゛っ 昼いらん言うたくせにコーヒー入れすぎや また買うてこんなんよ
はあ… もうええけど。選挙行くんか?」

「行く。わても投票する。誰に入れるんや。」

ゴボゴボと鮨湯呑に湯を注ぎながら尋ねる。
コーヒーが泡だらけになる。

「この人や」テレビを指差す。

「ほーん ほうかわかった」

ズーと湯呑を啜った。

とてとてと軽トラに向かい、よっこいせと助手席に腰をおろす。
口は達者なくせに、運動は嫌いなので、トラックがバウンスを繰り返す

「ばあちゃん、また太ったんでねえか?デイサービスの人にも言われたが。みなさんと連れ立ってお散歩するのが嫌みたいです。って
ほんなにいやなんきゃ?」

「ぇえーや」

ブスリとして応える。

バタンとドアを閉めてエンジンをかける。山の上にある農家から急な坂をゆっくりと降りながら、公道の左から車が来ていないか確認した。

「マゴ。ええか、でぶはでぶでもわては働くでぶや。医者にも運動しとるとちゃーんと認めてもろうた。あんたがちんちぇ時、いじくさされて泣いとる間に米と野菜育てて食わしたのはわたしや。なんや、えらそうに」と言う。

…ウソつけ。医者は要運動と健康診断にばっちり書いてあったぞ。への字顔マークと一緒に。
喉まで出かかったが我慢して、はい、ごめんなさい、ばあちゃんが偉い、と合わせておいた。
さすがに笑う気力はなかった。

四半刻も運転しているが会話がない。
当人はというと、外の景色を眺めて上の空だ。
爆睡し始めた。
返事がないのは良い便り。なんて。静かでいい。

2時間かけて投票所についた。受付をしてもらい、投票用紙をもらう。いざ記入となったところで祖母の動きが停止した。様子がおかしい。
しばらく周りを見渡して、わたしを見つけるなり

「だれにいれるんやーッ!亜希!!どの紙に書くんやー!」

と叫んだ

ゲッと一瞬慌てて他人のふりをしてしまう。そりゃわたしの立っている側からは言えない。
後ろにいる人もびっくりしている。
ああもうごめんなさいすみませんと並んでいる人達に頭を下げていると、間髪入れずに

「亜希ーッ!!返事せえー!バカーッ!ダラブチー!そこにおるんやろうが!」

とわたしをしっかり見ながら叫ぶ。

候補者名は忘れても、わたしのことは忘れてくれないらしい。心の中でバカとはなんだババアと毒づく自分に嫌気がさす。ムリヤリ口角を上げて対処する。ああどーしよーと椅子に座っている職員群に必死でアイコンタクトをとる。幸い年配の職員さんが察してくれて、すぐに飛んできて対応して下さった。

「奥さん、この紙見て下さい。こっこにぃ紙貼ってあるでしょお?この中からええ思うた人書いたらよろしいんです。知っとる人おりますか?」
わかりやすくはっきりと喋る。

「おる」大きく頷く。

「もう大丈夫ですね 一人選んでください。書くんはぁこっちの紙です」

ウンと頷いて、一人用の狭いスペースで何やら書けたらしい。おわった!と私のいる方に戻ってきそうだったので職員さんが慌てて投票箱前に誘導する。

「この箱に入れるがか?」

職員さんはにっこりと笑って大きく頷く。
紙折って下さいね…
言い終わらないうちにトン、と紙の落ちる音がした。ばあちゃん、紙折ってないよ…

まだ1巡目だ。見ている方がゲッソリする。
テレビチャンピオンの手先が器用選手権を見てる方がまだマシだ…


「ほいたら次裁判官選んでください」

「あ゛?」

「一人選んでください」

「まだあるがか」顔にもうイヤダと出ている。

後ろの投票台の貼り紙を指差しながら

「こんなかから書くがか?」

「そうです。一人書きます。ほんで隣の箱に入れて下さい」
彼はにこにこと見守っている。

狭いスペースで、ごそごそと力いっぱい書いて、紙は開いたままその箱に入れた。

「あーちきねー! 亜希!帰るぞ!」

またわたしのいる入口へ戻ろうとしたので、こっちで待っていてくださいねと誘導される。
勝手に帰ってくれ、と眉間に皺が寄る。胃が痛い。
さっさと受付を済ませる。紙に候補者と裁判官の名前を書いて、係の方に一礼する。
ホールでうろうろしていた祖母を捕まえた。
危ねぇ。

「ばあちゃん終わったよ。買い物して帰ろう」

「あんなもん二度とせん。夕飯刺身がええな」

うん。もう連れていく事はない、絶対にないと誓い気持ちを切り替える。

満面の笑みで「何の魚にしよっか」と言うと

「刺身」と応えた

もう現場で選んでもらった方が早いな
16:00、いい刺身なんて殆ど残ってないだろうが、ゲットできれば何でもいい

夕暮れの中スーパーへ向かった。
助手席で「とんかつも食いたい」と宣う。
雨の中ワイパーを作動させながら、どうにでもしてくれ、ばあちゃんが元気なら何でもいいわ、と目を眇めた。

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