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りだひぎみみぎひだり

なんのこっちゃ?という感じですが、
最近読んで面白かった本です。

『逆さメガネの左右学』
吉村 浩一 ナカニシヤ出版 2003年


「ターャジス」

こんな文字が書かれているトラックを見たことがないだろうか。

一瞬「ん?タージャス??」
となるが、何秒後かには「あ、スジャータか」と分かる。
でも何度見ても「ターャジス」と読んでしまう(しかも発音できない)。

名古屋に本社のある「スジャータ めいらくグループ」のトラックだ。

「ターャジス」なのはトラックの右側面で、進行方向から読んだ時に読みやすくなるようにするためだそう。

私たち日本人は普段、横書きの文字は特に意識することなく左から右に読もうとするので、「ターャジス」を見ると一瞬混乱する。

スジャータだけではなく、街を歩いていると、車体の右側面の会社名が右から左に読ませるようになっているトラックをたまに見かける(「社会式株送運◯◯」みたいに)。

ただ、最近は左→右のトラックも多く、スジャータのトラックも誰でも読みやすいように、右側面も左から読む「スジャータ」の表記に順次変えていっているそうだ。

話は変わるが、美容院に行くと、カットするときにてるてる坊主みたいなカットクロスを被せてもらう。
この間美容院に行った時、自分が被ったカットクロスが鏡に映っているのを見てハッとした。美容院の名前が胸の辺りに印刷してあるのだが、鏡に映った時に正しく読めるように印字してあるのだ。20年以上通っていてやっと認識した(笑)。

鏡に映った時に正しく読めるようになっているので、カットクロスを正面から見ると左右反転して印刷してあるということだ。

こんなふうに、普段の生活でも右と左に関することはちょくちょく出てくるが、私自身、右と左について特に強く意識したことはなかった。

この間、メガネを買った時に自分の利き目が左と知り、効き目のことを調べているうちに右と左のことが気になってきた。
右と左に関する本を調べてみると、自然科学、文化、芸術、心理学と多岐にわたってある。
そのうちの、自然科学系の本1冊と、本書を購入してみた。

本書の題名にある「逆さメガネ」とは文字通り、かけると景色が逆さに見えるメガネのことだ。

逆さメガネには、
・上下が反転して見える
・左右が反転して見える
・180°回転して見える(逆転)
3種類がある。

筆者は、2週間ずつ3種類のメガネをかけ続ける実験を行った。
この本ではその中でも主に左右反転メガネを通して見える世界から左右問題を考えている。

逆さメガネをかけると、最初は当然のことながら何をやるにもうまくできないが、慣れると普通の生活ができるようになるらしい。実験中は、起きている間はずっと逆さメガネをかける。寝るときはメガネは外すが、アイマスクをして目が覚めた時に周りが見えないようにするそうだ。

逆さメガネで調べていたらこんなページを見つけた。

逆さメガネをかけた学生が仲間と握手やハイタッチしようとする動画が出ているが、最初はこんなふうになってしまうらしい。

見ている方はじれったい(笑)。


本書では、人間が身の回りの左右を認識するときの心理状態をメインテーマとしている。

逆さメガネをかけたときにどのように周りを認識するか、例えば住み慣れた家で逆さメガネをかけて過ごすとどのようなことが起きるのだろうか?
自分の体の感覚はどのように変化していくのか?
鏡はなぜ左右反転するのか?

今はもう新しい地図や液晶パネルに置き換わっているかもしれないが、京王電鉄のドアの上にかかっている車内路線図は、左右のドアで違う図だったそうだ。分岐線の位置関係が左右のドアで逆になっていたらしい。読んでいるうちに訳が分からなくなり、頭の中でぐるぐるしながら考え込んでしまった。

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最後の方に、面白い実験の話が書いてあった。

被験者であるアメリカの大学生たちに、一色で塗られたアメリカ合衆国の地図を見せた。

この実験では、以下2つの条件をつけた。
・ただ見せるだけではなく、絵を90°右に傾けた。
・学生たちには絵と同じく90°右に頭を傾けて絵を見るように指示した。

するとどうだろう、その絵がアメリカ合衆国だと認識できた学生は20%しかいなかったのだ。
学生たちは頭を傾けて見ているので、絵はよく知っているアメリカ合衆国に見えているはずなのに。

実は、アメリカ合衆国を90°右に傾けただけの絵も、アメリカ合衆国と見ることができる人は少ない。
我々は無意識のうちに、アメリカの形はカナダとの国境が上でメキシコとの国境が下、と上下を割り当てているという。そして、その見方がごく当たり前になっている。言い換えれば、それ以外の見方ができなくなっている状態だ。

だとしたら、頭を絵と同じ方向に傾ければ見えるようになるのではないか?
大学生に行った実験は、それを確かめるために行われた実験だった。
なのに、アメリカ合衆国が見えなかった大学生の方が多かった。

私たちにとっての上下感覚は「上下・前後・左右」の中で最もはっきりしていて、優先順位の高い感覚だそうだ。確かに、自分が上下逆さまになっていたら間違いなく気づく。

頭を傾けたとしても、私たちの上下感覚は傾ける前と変わらない。頭を右に傾けたら、左側が上で右側が下、になってしまう。

つまり、頭の向きと絵の向きが合っていても自分の上下感覚と絵の上下は一致しないので、見慣れたアメリカを見ることは難しい、ということらしい。

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その点、左右は不安定で曖昧だと筆者は言う。

左右はどうにでも変化する。
向かい合って話す相手の左右は自分自身が感じている左右とは異なる。

3人の人物A、B、Cが並んであなたの目の前にいるとする。
あなたが中央にいる人物Bに対して、「あなたの左にいる人の方を向いてください」と言った時、Bは困惑するだろう。Bから見て左なのか、あなたから見て左なのか?

私は真ん中の茶トラさんに「君の左にいるねこさんの方を向いて下さい」と言いました。


左右はなかなか手強い。

片手を挙げて立っている人のイラストを180°回転させたものを見せられ、どちらの手を挙げているか聞かれても即答はなかなか難しい。一方で、上下逆さ、前向きというのはすぐに分かる。

肉球が見えているのはどっちにゃ?


そんな曖昧さのある左右なので、左右逆さメガネをかける実験を行うと、人それぞれで左右の捉え方が異なるため、判断が難しいことがよくあるそうだ。

左右は揺れ動く。
だからこそ、左右問題は人を惹きつけるのかもしれない。

逆さメガネから見えてくる私たちの左右感、身近なところにある左右問題と盛り沢山な内容で読み応えがあった。ご興味のある方は是非。



もう1冊、こちらは記事にしていませんが、一緒に買った本で、
右巻きのカタツムリを食べるのに特化した歯をもつヘビ(右利きのヘビ)と、そのヘビから逃れることのできた左巻きのカタツムリの話です。
フィールドワークの大変さも書かれていて、ヘビが大丈夫で自然好きな方は面白いと思います。




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