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人と比べて

私は植物が好きです。
私の曾祖母も祖父も植物がとても好きでその遺伝なのでしょうか。
私の家には植物がたくさんあります。
少し珍しい物からホームセンターで買えるものまで
様々な植物が私の家にはあります。
その植物たちを見ていてよく植物は偉大だなぁと考える事がよくあります。
たとえ枯れそうになってもまた青々とした葉を生やしたり、
毎年美しい花を咲かせてくれたりと自然の設備なのかもしれませんが
そう思ってしまいます。
さて、この前、レモンユーカリという木を買いました。
葉からレモンの香りがする木でとてもいい香りでお気に入りでした。
ですが、水切れが原因である日葉がカラカラに干乾び、
見るも無残な姿になってしまいました。
もうダメかなぁと毎回レモンユーカリを見るたびに思い、そのうち
見るのも嫌になってきたほどでした。
せめてと暖かい部屋の中に入れたり水をあげても一向に動きがありません。
ああ、やってしまったなと思っていたのですがなんと
そのレモンユーカリの枝から青々としたとても良い香りのする
美しい葉たちが生えてきたのです。
その時は本当に嬉しくてたまりませんでした。
ですがその反面ある気持ちが胸に浮かびました。
「人と比べてどうかな」
そういう気持ちが込み上げてきたのです。
人は気持ちが枯れそうになると2つのパターンが出てきます。
1つはそこから復活してまた青々とした心になる人。
もう1つはそのまま枯れこんでゆき、枯れ果ててしまう人です。
この違いはなんでしょう。
心の強さ?性格?
違います、何を心に刻んでいるかです。
何を言っているのかわからないかもしれません。
でも私はそう思うのです。
ここで植物と比べてみましょう。
植物枯れそうになるとおそらく心には「生きたい」という
強い気持ちがあります。
植物はとても強い心を持っていると思います。
生きて、生命を繋いで、命を絶やさない強い信念を抱いていると思います。
なぜなら、植物は諦めないからです。
どんな状況でも植物は少しでもその状況にあがこうとします。
日が当たらないなら背を高くしてみたり、
茎が折れてしまったら新しい枝を生やしたり、
そうやって植物は絶対に諦めないのです。
では人間はどうでしょう。
少しでも弱い心を持ってしまうのではないでしょうか。
私はしみじみそう感じます。
もう自分にはできないと分かった瞬間人は諦めの心が
出てしまうと思うのです。
もうダメだ、面倒臭いからやめよう、どうでもいいや
この気持ちを持ってして植物より偉いといえるでしょうか。
私たちは植物を食べて暮らしています。
食べる立場、育てる立場としてどうでしょうか。
私はふさわしくないな、と感じてしまいます。
食べたり、育てるなら、植物と同じ心を持つ人間でいなければならないと
思います。
実際に植物の学者さんは素晴らしい人が多いのです。
食べる、育てる立場として植物とせめて同じ気持ちでいたいです。
ここまで話して何が言いたいのかというと、
人間は最近強い心を持てないでいるという事です。
きっと、植物と同じ強い心を持てれば皆幸せだと思うのです。
その目的一心で突き進んでいく、
私たちには足りていないと思います。
植物を食べる、育てる立場としてしっかりした心を持ちたいと思った、
今日はそんな日でした。

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