『エチカ』〜 空間と体は切り離されてはいない
前回までのお話しはコチラ▶ 『エチカ』〜 シャークの森
▶ 『エチカ』〜 FLY!FLY!FLY!
:::::::: つづき
「飛べたーーー!飛んでるよーーーっ!!!やっほっーーーー!!!」
気づけば視界には、海も川も林も森も映っていた。なぜ咄嗟に川を選ばなかったのか、あの時は後悔したが、何の事はない全て揃っていた。が、人家だけが一つも見当たらない。そういえば、橋や鉄道や塔の類いも無い。一つの人工物も無いとは、いったいここは地球の何処なのだろう。
生まれて初めての飛行にも、あっという間に慣れた。
配属された部署に慣れるのには、半年以上もかかったのに、人間はやはり自然との方が馴染みが良いのだろうか。
振り向くと、鮫も一定の距離を保ちながら、ぼくの周りを気持ち良さそうに飛んでいる。これが夢なのか夢じゃないのか、ぼくの夢なのか鮫の夢なのか、そんな疑問が割って入れないほど、ぼくはただその世界にいた。
「エチカく〜〜〜〜〜ん!サイコ〜〜〜〜〜〜だねっ!」
「わたしの背中に乗らずに飛んだのは、きみが初めてだよ!」
「へっ!? まじ???」
「そうだよ!フライたちはみんな、わたしの背に乗って飛ぶんだ、いつだってそうさ〜」
鮫にそう言われ気を良くしたぼくは、意思で加速し体をくねらせた。さっき鮫が、ぼくを宙に投げ飛ばしたときのように高速スピンしてみたかったのだ。
そう、ぼくはコツを掴んでいた。意思に委ねれば瞬時に体が動く。体感したことのない世界を当たり前のように体験できる。まるで映画『マトリックス』のネオじゃないか。これは空想なんかじゃない。夢でもない。これが現実だ。空を飛ぶ鮫の姿がちっぽけに映るほど、ぼくの意識は高揚していた。
その時だ。〈同時〉の意味が分かった。いや、分かったというのでは当たらない。感じたのだ。つまりは、空間とこの体は切り離されてはいない。この意識が、〈飛ぶ〉と〈空間〉を分けると、そこには不可能や恐怖が発生する。ぼくの意識が、それを発生させるんだ。
ぼくがこのへんてこりんな世界から逃れようと、何か納得できる理由を探り(たとえばこの世界が、夢の中で夢と自覚するあのパターンだとか…)言葉を発するだびに、鮫にいちいち突っ込みを入れられた。おまけに「フライじゃない」とディスられ更に混乱し、それでもなんとか、この思考で確かな答えを弾き出そうともがいた。
まるでクライアントにプレゼンするときの様に。過去のデータを解析し、双方の接点を見極め、こちらから提示する物が、相手の文脈上で鮮明、且つ、魅力的に捉えられるようストーリーを組み立てる。脳内のカメラを様々なアングルから回し、立体的な最適解を導出する。ぼくはいつだって、それで上手くやってきた。社長賞を貰ったことだってある。しかしその思考方法は、現(うつつ)の次元でこそ役立つ道具なのだとやっと分かった。
ぼくが今、身を置く(いや身を飛ばす?)この世界では、現で使うツールは一切使えない。必要なのは、インストールされたアプリの全てを直ちに削除し、真っさらなOSに戻すこと。しかしこれも、敢えて言葉で説明すればの話しだ。
実際のところ、ぼくが独り言のようにつぶやいたあの時… __「これが夢でも夢じゃなくても。」__ 鮫が、「エチカくん!フライ!!!」と喜んでくれた時… 。
〈OSに戻す〉なんて意識さえ働いていなかったはずだ。気がつけば、喜びのなかで飛んでいたんだ。
「あなたの言う意味が、ようやく分かりましたよっ!!!」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜???なんですって???エチカく〜ん?」
「同時ですよ!同時! 匂いとがぶりが同時、っていう意味が分かったんですってば!!!」
「エチカくん、分かったって???何を??? うわっ、うわ=================ぁぁあああああっ!!!!!」
「ええっ"""""""""〜〜〜〜〜〜〜っなんで;;;;;;;;============????? 」
ぼくの意識が最高潮に達したとき、鮫が急下降しはじめた。桔梗色が鮮やかな螺旋を描き、あっという間に海の藍に飲まれていった。
(なんでだよっ! ようやくぼくが飛べるようになったのに、なんで飛ぶ鮫が落下すんだよっ!!!)
::::::::つづく
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