母との記憶/短文バトル444

 子どもの頃、大人というのはめったなことで泣かないものだと思っていた。けれども、大人としていちばん身近な存在だった母はまったくちがって、ちょっとしたことですぐ涙をこぼすひとだったので、自分がなぜそう思い込んでいたのかわからない。

 涙ぐむ程度ならまだいいのだが、場合によっては泣き崩れる。話をしているうちにどんどん感情が高ぶってしまうのだろう。ほとんどはわたしか父が、母に見咎められるようなことをしでかしたときだ。泣かれる頻度があまりに高いので慣れっこになる......ということはなく、母に叱られるたびにびくびくしていた。テストの結果が芳しくなかったとき、遊んでいて帰りが遅くなったとき、何時間も電話していたとき。ああ、また泣かれてしまう。泣きたい気持ちなのはお互い様なのに、先に泣かれるとこちらは泣けない。

 おそらくそんなこともあって、わたしはめったに泣かない子どもだった。涙もろさは加齢によるものも大きいと聞くけれど、当時の母の年齢に近づいた今も、うまく泣くことができない。

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