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「さようなら」は細かくちぎって夏の風に


新しい職場で、自己紹介のために部署内を回りながら感じたことは、思わず笑っちゃうほどの
「この人めっちゃいい人……」
という気持ちだった。  
それが彼の第一印象だった。

「部署内で1番のイケメン」と紹介された時、彼は素直に嬉しそうな表情を見せ、
「あ、ありがとうございます。……すいません」
と言った。

彼はとりたててイケメンではなかったのでわたしはきっと、
「え?」
って、キョトンとした表情をしていたと思う。

あの時彼が見せた少し嬉しそうな照れくさそうな笑顔を見てわたしはきっと、彼にするりと好感を持ってしまったんだと思う。そして気づけばいつの間にか、わたしは彼のことを本当に好きになっていた。

彼は誰も差別せず、みなと公平な距離を取る。
俯瞰して世界を見、周囲のために行動できる人だった。

軽やかにステップを踏むように、一人で生きているような心地よいマイペースさで。

あまりにも俯瞰して世界を見ているので
「あのひとってば、お父さんか神様なのかしら?」

とわたしはこっそりと思っていた。

わたしの父は、彼にはちっとも似ていないけれど。

そっと見つめては胸をきゅうう、と締めつけられる日々を送っているうちに、彼はいつの間にか異動が決まり、遠い街へと住むことになってしまった。

「本当の別れは、物理的な別れの後に訪れる」
わたしはそのことをいま初めて知り、動揺している。

そんなことさえいままで知らずにいて、この間まで苦しみの中で独り苦しんでいた幼いわたし。

今年の春も盛りの頃。思い切って電話で愛の言葉を告げたのに、彼はさりげなく話をはぐらかした。
そして電話を切った後、とても丁寧な断りの返事を寄越した。

「大変失礼なのですが」
「お気持ちは嬉しいのですが」
「僕なんかに構ってないで、仕事も恋愛も頑張ってください」

こんなに優しく丁寧な断りのメールをわたしはほかに知らない。
心も身体もグラグラと揺れるほど驚いた。

そしてわたしが彼だったとしても、こんな風に断るだろうな、と思った。

おかしな喩えだが、もしもわたしが彼でも、わたしから愛の告白をされたらこんな風に丁寧な断りの返事をしただろう。
そんな風に精一杯の最後の優しさを示しただろう。
わたしが未練なく前に進めるよう、はっきりと告げただろう。

彼のそういうところさえわかるから、とても悲しかった。

久しぶりに好きになれる男の人に出会えたというのに、気持ちを受け入れてもらえなかったことがとても悲しかった。
深い優しさを感じられる彼のそばに、少しでもいいからそばにいたかった。

「もし少しでもわたしに恋愛感情があるのなら、そばにいることを許してください」

「わたしじゃダメですか?どうしてもダメですか?」

本当はそう伝えたかったけれど、振られた後にとてもそんなことは伝えられなかった。

つい先日まで彼のことで胸がいっぱいだったというのに。

彼に抱きしめられることだけ夢見ては、涙をこぼしていたというのに。

それほどまで、狂おしいほど彼のことを想っていたというのに、8月の暑い風が吹き始めた途端、わたしの心に棲んでいた彼はどんどん透明に薄れていった。

あんなに好きだったのに、あの人ってば、どこへ行っちゃったんだろう?

そう思えど、わたしは彼のカケラさえ探す気にはすらなれなかった。思い出す回数すら減っていった。

新しい未来に、戀に、気持ちが向いてしまっているのだと思う。

わたしは別れを噛みしめる。

知らなかったのだ。

あなたがいなくても夜は明け、
新しい1日は始まるだなんて。

朝陽はキラキラと輝きながらまた昇るのだなんて、
わたしはちっとも知らずにいた。
なのに、どうして。

明けない夜の悲しみに、切なさに、
身悶えするような片戀の苦しみにわたしはひたっていたかった。

あなたと逢って
わたしは自分がいままで知らなかった自分を識った。

好きな人が「黒」と言ったら、白だと識っていても「黒ですね」って言っちゃうんだな、
とか
思わずミスを庇ってしまうくらいの、あなたに向ける深い愛情の深さ
とか

そういうこと。

もう二度と逢えないことが、あんなにも悲しかったのに。

最後の春に泣き笑いのヘンな顔で撮った写真も心の奥底に封じ込めて、あなたのいない季節を生きていこうと思う。


2018年、うだるような暑さの、暑い夏。
強く白い夏の朝の光のような、キラキラと光るプリズムのような戀よ、さようなら。

あなたが居たなんでもない風景を、何度も何度も振り返って見ていたあの頃のわたしに戻ることはもう、二度とない。


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このテキストは、She isの公募に寄せて書いたものです。8月に書いたものなので、夏の匂いがします。

今回残念ながらウェブサイトへの掲載は見送る結果となってしまいましたが、
自分のnoteなどに載せる分には問題ないとのことでしたので、こちらにあげることにしました。

sheis編集部のみなさま、読者のみなさま。
読んでくださってありがとうございました。

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かぐや

読書、お洒落、旅、美術館、映画、舞台がすきです。お友達とはお茶とケーキ、春はうたたね、夏は夜とアイスクリーム、秋はお散歩、雪の日は猫を抱きしめてホットココア。
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