Vtuberの流行によって、リアルとバーチャルの狭間で感じていること

はじめに

はじめて投稿させていただきます。clocknote.と申します。ここ最近すごい勢いで拡大し続けている「バーチャルYouTuber(Vtuber)」界隈にドハマリしているのですが、一度このあたりで考えをまとめておこうと思いnoteに投稿することにしました。文章は素人ですので、読みづらい部分はご了承ください。

※この記事はVtuber沼に沈んでいない方にも、今起っていることの面白さを伝えようと思って時系列を辿って書いています。
※頑張って追えているのはにじさんじくらいで他は齧る程度しか追えていないので、拾えていない部分はごめんなさい。むしろ何か面白いことがあれば教えて欲しいです!

バーチャルYouTuberという概念の発明

そもそもバーチャルYouTuber(以下、Vtuber)とは何か。読んで字のごとくではあるのですが、通常のYouTuberが「実在の人間が映像に出演してやっている」ものだとすれば、Vtuberは「アバターが出演してYouTuber的なことをやる」ものだと言えます。

海外ではAmi Yamato、国内ではポン子など、似た活動は以前からあったようですが、2016年末頃、キズナアイがデビューして、「バーチャルYouTuberのキズナアイです」と名乗ったのが、この概念が浸透したきっかけとなります。その後、ミライアカリ輝夜月電脳少女シロ…などと、現在Vtuber四天王と呼ばれる方々が続けて産声を上げました。

YouTuberというものが元々動画主体のものであった通り、Vtuberも当初は動画主体のものが主流でした。この時点では、YouTuberらしいことをキャラクターが行なう、という部分以外は、アニメや映画などとあまり変わりありません。しかし、各VtuberにはTwitterアカウントがあります。これにより、本来コミュニケーションをとれないはずのキャラクターが、ユーザーと対等なコミュニケーションをとることができます。ここからユーザー達は、自分の居るリアルと、キャラクターの居る世界の境界が少しずつ曖昧になっていく体験をすることになります。

Vtuberと生放送、にじさんじの登場

その後も新たなVtuberの誕生など、様々な出来事がありますが、私の中で大きかった出来事がありました。それは、「動画投稿」より「生放送」することをメインとした、「バーチャルライバー」のグループ「にじさんじ」の登場です。

生放送は、投稿された動画とは違って、コメントするユーザーが動画の未来を変えてしまう可能性を持ったコンテンツです。これをメインとした「にじさんじ」は、ユーザーの行動に大きく影響されることを前提としたコンテンツ作りを進めていきます。これにより、メインコンテンツである動画でさえも、現実世界からキャラクター世界に対するアクションが可能なものとなってしまいます。

特異点となった「超バーチャルYouTu“BAR”」

現実世界とキャラクター世界の境界は更に曖昧になっていきます。2018年4月末、GWに行われたイベント「ニコニコ超会議2018」にて、「超バーチャルYouTu“BAR”」という企画が実施されました。

このイベントは、バーカウンターに見立てたステージ上で、Vtuberと1対1で会話し、お悩み相談が出来るという企画です。これはつまり、オタクの夢の1つである、今まで自分達が楽しんできた空想上のキャラクター達と会話をすることが叶ってしまうイベントなのです。

私は実際にこのイベントに足を運びましたが、残念ながらチケットを入手できず、観覧するのみとなってしまいました。しかし、目の前で喋っているリアルの人間と、透過スクリーン越しのキャラクターの会話が完全に成立しているのを目前にして、これは凄いことが起っている…と感動で震えてしまいました。

これは、透過スクリーンやトラッキングによる技術的実現に感動した……というだけではありませんでした。その場でステージを観ている人達全員が、このキャラクターの実在をごく自然信じていて、その一喜一憂に釘付けになり、共感しているという事実に震えていたのです。

リアルではないがフェイクでもない存在

恐らく、私が超バーチャルYouTu“BAR”の現場で感じた実在性について説明しても、体感的に理解しづらいという方がいらっしゃると思うので、より具体的に説明したいと思います。

ここで、にじさんじを運営するいちから株式会社のいわなが氏が秀逸な例えをされていましたので、発言を引用させていただきます。

まさに、この考え方がかなり近いと思います。「皆が現実世界に居ないことを知っている」「でも誰もが存在を認めている」そして、我々はVtuberの裏方にいる、大人達の用意したプレゼントを楽しみに待っている子供になれるのだなと。

つまりこれは、サンタクロースを信じた人から全力で楽しめるコンテンツなのだと思います。バーチャルは、リアルではないがフェイクでもない。存在を認知した人にとっては、そこに在るものなのです。

ちなみに見出しはVtuberであるミソシタ氏の「革命前夜」からの引用なので是非聞いてみてください(全体的にバーチャルに生きたい人達に刺さりまくって最高な詞です)。

バーチャルという概念は、当たり前に在るものになっていく

ここでちょっと話は変わりますが、にじさんじ所属のバーチャルライバー、月ノ美兎さんが、過去に「インターネットチャットで複数人になりきって会話をした」と放送で発言していたことがありました。このチャットに参加していた方は、まさか複数人を月ノ美兎さんが演じているとは思わず、本当に複数人居ると信じて会話していたわけです。

チャットに限らず、インターネット上で「1人」を認識する材料はアカウント単位でしかないのです。とすれば、その中身が同じ人間であろうが、逆に複数の人間で運用されていようが、知らされない以上は、インターネット上では「1人」と認識されることになります。

この「認識したものが存在するもの」という考え方をいち早く取り入れていたのがserial experiments lainという作品で… という話をするとlainの話になってしまうので割愛します(わかる方はわかる…って思ってください)

昭和末期以降のインターネットネイティブ世代は、こういった考え方に(意識せずとも)日常的に触れており、インターネット上においては、必ずしも1人 = 1人格、というかたちにならないことを体感的に理解しているのではないかと思っています。今活躍しているVtuber達も、この世代の方達が多いのかな、というのを何となく感じていて、Vtuber界隈というのは、インターネットネイティブが大人になってようやく実現させた、夢の世界なんじゃないかなと思っています。

自分なんだけど、自分じゃない存在が居てもいい。むしろ、そっちが自分になってしまっても構わない。そして、そういった人を新たな「1人」として歓迎できる。そんな考え方がきっと当たり前になっていくと思います。

余談

・Vtuberの実在性に関して、JK組のお泊まり配信についても触れたかったんですが、とっちらかるのでやめました。そこは巻羊さんの記事とかがおすすめです
・にじさんじが大好きすぎて生活を捧げているみたいな話は別記事でかきたいです
・界隈全体の情報とかは、たまごまごさんのTwitterMogura VRの記事がおすすめです
・VRchatとかにも触れるべきなんですが、自分が体験出来てないのと、Vtuber中心ということで割愛しました。機材欲しい……あ、でもこれだけはかなり衝撃だったのでリンク置いときます→VR睡眠
・こういう話が面白いなと思ったらVtuber有識者会議を見てください

余談2(追記)

この記事を書いたらshachiさんにマシーナリーとも子という素晴らしいVtuberをおしえていただきました。めちゃくちゃ良いのでこちらの記事と共にお楽しみいただけましたらと思います。
実録!!!!!!!! 48時間でバーチャルユーチューバーになった男 - barzamkun

参考文献

バーチャルYoutuberの歴史・年表 黎明期からブームまで、そして現在へ|文脈をつなぐ
導入部分の参考にさせていただきました。いつも素晴らしい記事をありがとうございます。

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コメント2件

昔でしたが、お面を着けてクラスで授業をしたところ、思いがけない反応や意見を子どもがするようになって、ペルソナ研究の役に立ったという話を聞きました。Vtuberって学校単位でやっても面白いかも知れませんね。※私怨が残らない工夫要るかもしれませんが・・・
1人≠1人格というのは、なるほどなぁと思いました。
人物がキャラ化しつつある昨今の社会で、より望ましい形で自己を表現する鍵になる考え方かもしれませんね。
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