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Call Me By Your Name《Club with Sの日 第9回レポ》

1995年秋。
ひとりの赤ちゃんが誕生した。
名前は“ひかる”。
男の子だと思っただろうか?
それとも、女の子だと思っただろうか?
正解は……

どちらでもない。
これは、自分の誕生物語だ。

それから約10年後。
両親に聞くと、生まれた子が男の子でも女の子でも“ひかる”という名前にしたそうだ。(もし男の子だったら漢字にしたそうだけど。)
ノンバイナリーのようなアイデンティティも、ジェンダー・ニュートラルなんて考え方も知られていなかった当時。
「男らしさ」や「女らしさ」が今よりもずっと強調されていた社会で。
こんな名前を子どもに付けることは、なかなかの挑戦だったのではないだろうか。
お父さん、お母さん、これを読んでいる?
……わけないか(笑)
あなたたちは本当にすごいことをやってのけたんだよ!?
どれだけの時間を費やして名前を決めたのか、どれだけの覚悟が必要だったのかは分からないけれど。
自分たちの子どもが生まれる前に、子育てに成功してしまった。
“名付ける”という行為によって。

これは、自分の成長物語だ。

小学校に入学後。
周りの子たちにからかわれる。
「男の子みたい」と。
名前のせいもあるし、髪型がショートカットだったせいもある。
だからロングヘアに憧れた。
でも母親はショートカットにこだわっていて、伸ばすことを認めてくれなかった。

中学校に入学後。
一番最初の授業で、先生が生徒一人ひとりの名前を呼び上げる。
毎回必ず「くん」付け。
自分が間違えたわけではないのに、とてつもない恥ずかしさに襲われる。
教室がザワつく。
同じクラスの人たちがこちらをチラチラ見てくるのが分かる。
新しい授業が始まるたびに、うんざりするほど経験した。

高校に入学後。
名前のせいで性別を間違われるのにはもう慣れた。
同級生には男子と勘違いされやすい名前の女子もいて、話を聴くと、同じような経験をしてきていた。
名前をきっかけに仲良くなり、半分自虐的に、半分誇りを持って、お互いを「くん」付けで呼び合ったりしていた。
コンプレックスはネタにして超えていく。

名前を理由に様々な感情を味わったけど、自分の名前や名付けた両親を恨んだことは一度もない。
むしろ、とても気に入っている。
音の響きや連想するイメージ、込められた想い、すべてを気に入っている。
そして、両親に心から感謝している。
なぜなら……

自分はノンバイナリーだから。
ノンバイナリーを自認してからしばらく経った頃、ふと思った。
この名前、いいな、と。
元々気に入っていたけど、改めてその魅力を実感した。
中性的な感じはジェンダー・アイデンティティに寄り添ってくれる。
でも、同時にこうも思った。
名前に違和感を持つ人もいるのだろう、と。
トランスジェンダーやノンバイナリーの人たちは、自身の名前に付随する男or女のイメージに悩んでいるかもしれないし、ジェンダー・マイノリティではなくても、名前がしっくりこなくて悶々と日常生活を過ごしている人はいるはず。
突然、自分の名前の特権性を思い知ることとなった。
そしてだからこそ、名前による恩恵を意識しているからこそ、このテーマについて向き合う時間をつくろう、と決めた。

それが、8月18日。
Club with Sの日。
テーマは『ノンバイナリーな名前とは?』

開催の数日前、参加メンバーの方からノンバイナリーを描いたショートムービー『They/Them』をご紹介いただいた。(ありがとうございます!!)
本編ではジェンダー・ニュートラルな名前について扱ったシーンがあり、ピッタリだな、と。
ミーティングはこの作品に触れながら進めた。

名前に関する行動は、いくつかのパターンに分けて考えたい。

①名付ける時
もし親になることがあれば、子どもに付ける名前を考える時がくる。
ノンバイナリーの僕らは、音や言葉の意味と同じくらい、ジェンダーを意識するだろう。
この子が将来どんなジェンダー・アイデンティティを自認しても大丈夫なように、できるだけ名前に対する抵抗を軽減できるように、慎重に選ぶはず。
それでも、子どもが大きくなった時、突然「名前を変えたい」と言われるかもしれない。
僕らはどんな反応をするだろうか。
素直に受け入れられるだろうか。

②相手の名前を呼ぶ時
性表現≠性自認
と知っている僕らは、名前だけで相手の性別を決めつけたりはしない。
でも、世間が皆そうだとは限らない。
だから、相手が自分の名前に対してどのような感情を抱いているのか、その機微を丁寧に掬いあげながら、呼びたい。
誰でもいいけどたまたま君、なのではなく、君こそ特別、と伝えるために。

③自分が名乗る時
そもそも中性的な名前ってなんだろうね?
名前からイメージされるジェンダーは時代によって変化していくだろうし。
かつて男性or女性に多かった名前も、今では男女関係なく付けられていたり。
戸籍上の名前に違和感がある人は、ニックネームやSNSでのハンドルネームを工夫したり、改名手続きをしたりするのだろう。
自分の顔となる文字列。
声に出すだけで誇りに満ちてくる言葉。
自分を見失いかけた時、盾にもなってくれる存在。
正解は無限にあるけど、自分にとっての答えはたったひとつ。

名前との向き合い方は人それぞれ。
熟考した時間の深さを想像するのには限界がある。
だからこそ。
たくさんの選択肢の中からたったひとつを選び抜く覚悟を。
君が世界に零した最も短い詩の輝きを。
アイデンティティという宝物を手にした君の強さを。
叫ばずにはいられなくて、願う。

Call Me By Your Name

君の名前で僕を呼んで。
好きな人の名前は、相手に届くことよりも、自分の中に刻み込むことを望んで解き放つ。
もし、君が君の名前を見つけたら。
もし、君が君の名前を好きになったら。
どうか、その存在を音や文字のような表現に変換してもらえないだろうか。
そんな時、名前はきっと呼吸をする。
名前ってたぶん、生き物だよ。

Club with Sは本人の好きな名前で参加できるし、変えたくなったらいつでも自由に変えていい。
僕らは君と、君の名前と共に生きたい。




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