排除と忘却に支えられたグロテスクな世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動の欺瞞

同性愛者権利運動にとって、あるいは自らその名を裏切るかのようにBとTを暗に、そして時に明確に排除する「LGBT運動」にとって、同性婚は不可欠な目標としてその思想的、政治的な視界の中心的な位置を占めてきたと言えるだろう。しかしこの政治的傾向——米国で同性婚推進を掲げる大手団体がエイズ危機のあと1990年代半ばから頭角をあらわし、2013年には同性愛者に関する社会運動体として最も多くの資金を諸基金から受け取るようになっていたことに象徴される現在のこの政治的流行——には、たった20年の歴史しかない。

この文章は『現代思想』(青土社)2015年10月号「特集=LGBT 日本と世界のリアル」に掲載された文章を、筆者自身の手元にある原稿データを基にウェブ用に体裁を整えたものです。同号の目次を写真で出していますので、現在のLGBTやクィア関連の多岐にわたる論点が示されている他の執筆者の文章もご興味がありましたら是非。Amazon等で購入もできますが、大きな図書館にも所蔵されているはずです。
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振り返れば、1966年のコンプトンズ・カフェテリアの反乱、1969年のストーンウォール・インの反乱と、それまで同性愛者やトランスジェンダー(注1)を抑圧していた警察権力への抵抗が始まり、のちにエイズ危機を迎えることで社会的に望ましくないとされる者(注2)を明確に差別する政府や各種機関への抵抗と政治的要求(注3)が強まったあと、私たちがこの20年間で観測したものは、性に関する社会運動の急速な主流化と保守化、そして資本主義によるその取り込みであった。この現実的な歴史を直視し、その内部に同性婚推進運動を位置づけることで見えてくるのは、排除と忘却に支えられた、グロテスクな世間体政治 respectability politics に陥った今日こんにちの「LGBT運動」の姿である。

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排除と忘却に支えられたグロテスクな世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動の欺瞞

マサキチトセ(ライター/YouTuber)

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