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コンクリートはどこから来たのか、コンクリートは何者か、コンクリートはどこへ行くのか

「いちばんやさしいコンクリートの教科書」という連載を始めるにあたって、一般的な書籍における「はじめに」や「序論」に相当する部分です。
ただ、そういった形式ばった言葉をつけるには、あまりにも他愛ない文章です。

散文ですが、目次は以下です。

はじめに、のはじめに

以降の節ではきっと、コンクリートという材料をあらゆる側面から分解して捉えていきます。
それは通常のコンクリート工学の教科書がそうであるように、いわゆる理系的な学問領域の中で多岐にわたると思います。例えば化学(ex.セメントの水和反応)だったり粉体工学(ex.セメント・骨材の粒度分布)だったり流体力学(ex.フレッシュコンクリートの流動性)だったり構造力学(ex.鉄筋コンクリート梁の曲げ挙動)だったり統計学(ex.生コンクリートの品質管理)だったりすると思います。
また特にこの連載ではそれよりも前に、既存のコンクリート書籍ではほとんど触れられることのない、いわゆる文系的な学問領域の中でも掘り下げていこうとも考えています。それは経済学(ex.セメント・コンクリートの流通)だったり地政学(ex.コンクリートの国家・地域による差)だったり歴史学(ex.コンクリートの歴史)だったり文化人類学(ex.言語とコンクリートに対する認識および文化)だったりすると思います。

世界最古のコンクリートは8000年前のものとも言われていますが、現在使用されているコンクリートは、19世紀に誕生した近代的な材料です。
近代の工業は分業化によって飛躍的に拡大し、近代の科学技術は細分化によって理論を深めてきました。
コンクリートはセメント・水・砂・石という複数の材料で構成されること、設計・練り混ぜ・打ち込み・管理という複数の工程による分業により作製されること、流体・半流体・固体という複数の状態を跨いで存在することから、このような近代の分業化・細分化による進歩とは抜群の相性を持っていました。

その結果、コンクリートは僕たちの認識をおきざりにして世の中に普及しました
コンクリートが世界で普及し始めたのは高々ここ1世紀程度の話ですし、国内に限って言えば量産体制が整ったのは戦後のことです。
コンクリートは、道路・橋・ダム・堤防・家屋・ビル等、あらゆる構造物の形を借りて、あらゆる余白を埋めるように爆発的に普及し、今日ではこの地球上で水の次に大量使用される材料となっています。

だから僕たちは、コンクリートのことをあまりに知りません
僕たち、というのは、コンクリート技術者としてもそうですし、市民としても、です。
この連載ではできるだけいろいろな方向からコンクリートを認識して整理していこうとは思っていますが、余すことなく述べることは100%無理です。少なくとも僕には無理です。

でも別に、それでもいいんじゃないかなと思っています
コンクリートのことは、知るべきことではないと思いますが、知っておくと損をすることはありません。
理由は単純で、コンクリートは僕たちが知らず知らずのうちに享受している材料だからです。
コンクリートの主要材料にセメントという粉がありますが、この国内出荷量を人口で割ると、だいたい日本人一人当たりで1日に1キロのセメントを消費している計算になります。
コンクリートでもさらにその材料となるセメントでも、量の大小だけで言えば、上でも述べたように、水の次に身近にあるはずの材料です。
それについて皆さんが知っておくことは、われわれコンクリート技術者にととっても皆さんにとっても悪いことじゃないんじゃないかなと僕は考えています。

だから最初に言っておきます。
コンクリートのことは、ほとんどの人にとっては知らなくてもいいことだし、僕たちコンクリート技術者も知らないことがたくさんあります。
でも、知ってみると面白いことだらけです

だからこの連載はできるだけ肩肘を張らずに読んでもらえると嬉しいですし、僕も張ってません。いまだって発泡酒を飲んでいます。

この記事では、コンクリートについて詳しく知る前に、「コンクリートってそもそも何だろう?」ということを、ものすごーく抽象的に考えていこうと思います
(ちなみに英語でconcreteは「具体的な」という意味なので、コンクリートを「抽象的に」考えることって意外と難しいです)

肩肘張らずにとは言いましたが、一応初回なので恰好だけはつけようと思い、少し仰々しいタイトルにしました。(ちなみにゴーギャンと違って僕はこの記事を書いた後に自殺を図る予定などありませんよ)

コンクリートはどこから来たのか

上の写真は、著作権フリーの写真サイトで「風景」などのワードで適当に検索して拾ったものです。
渋谷川辺りですが、この写真に切り取られているように、いまの街並みはコンクリートだらけです。
写真手前の河川護岸はコンクリートそのものですし、中央部の歩道橋もコンクリート製で、奥側の鉄道高架橋もそうです。河川の左右やさらにその奥に立ち並ぶ無数の建物の多くは鉄筋コンクリート製でしょうし、見えないですがその基礎も同様にコンクリートです。

この風景の変化は、おそらくここ数十年のものです。
これは「都市の近代化」とか「人口の過密化」とか「社会インフラの普及」とかいろいろな言葉で表せると思いますが、僕たちが目で見える表面上に起きている変化は、街を構成する材料がコンクリートになったことです。

この、コンクリートという材料は、いったいどこからやってきたのでしょうか?

コンクリートは、「セメント」「水」「石」「砂」の4つを練り混ぜることによって作製されますが、この全てが国産のものです。
材料の供給という面だけで言うと、日本にもともとあった資源が組み合わさって、日本のどこかでコンクリートという形に変わっているだけです。
セメントとは化学反応性を持つ粉で、これが水と反応して硬化することによりコンクリートは成り立っていますが、セメントは石灰石という豊富な国産資源からつくられます。
現代のセメントは「ポルトランドセメント」と呼ばれますが、この製造技術は19世紀にヨーロッパで誕生しました
日本への技術導入の背景や経緯などの歴史ついては、後述する説で詳しく述べることとしますが、とにかく、コンクリート技術は外国製ですがコンクリートそのものは100%国産可能な材料です。

このコンクリートという材料は、この数十年で街並みを変えるほどに大量発生しました。
コンクリートが爆発的に波及した理由は、僕個人としては以下の3つだと考えています。

① 資源が豊富であるため
② 分業体制による生産が可能であるため
③ 作製に特別な技量を必要としないため

一つ目に関して、コンクリートはセメントの材料となる石灰石鉱山を有する地域であれば生産可能です。
そしてセメントの主材料である石灰石、そして砂や石というのは全て、ありふれた鉱物資源です。
言ってしまえば、その辺の山を削れば採取できます。
コンクリートの化学組成はカルシウム、鉄、アルミ、ケイ素、マンガンやクロムなどの金属分とその酸化物によりますが、この組成は地殻の構成元素と同じです。
僕たちは地球を削って、代わりに地球のどこか別の場所に持っていっているだけです。
その過程で石灰石がセメントになって、石や砂が骨材と呼ばれる材料になって、どこかの河川の水と混ぜられて、コンクリートに形を変えている、ただそれだけなんです。

二つ目に関して、コンクリートの作製を川上から川下まで分解して考えると、石灰石鉱山での発破による資源採取から生コンクリート工場における材料の練り混ぜまで、とことん分業することにより成り立っています。
要するに近代産業が拠り所としている分業生産体制ときわめて相性が良い、ということは上でも少し述べました。


三つ目に関して、コンクリートは(とりあえずは)材料を練り混ぜてしまえば形になってしまうので、未熟な技術者でも作製することができます。
もちろんこうしたコンクリートは後々になって弱点が露呈し、これが今の社会問題になっていたりもするのですが、こと高度成長期の日本ように建設現場に時間的余裕のない場合において、ひとまずの形を成すことにおいて、コンクリートは最強の材料です。

だから、コンクリートは安いのです。コンクリートは1キロ数円程度の、すごく安い材料です。
僕が売っているセメントっていう粉も、1キロ10円程度です。(それでもコンクリートの主要材料の中では最も高価)
それだけ安くても僕のお給料が払えるほどに、世の中に普及している材料です。

こうして爆発的に普及したコンクリートという材料は、よく言えば「近代的・工業的・人工的」と捉えられますし、わるく言えば「つめたい・かたい」といったネガティブな印象や「自然破壊」などのワードに結び付けられることがあります。
個人的にはこのきらいは、こと日本人においては顕著ではないかな、と考えています。
その理由はふたつあり、ひとつはコンクリート技術者が市民に対する説明を十分にしてこなかったことで、これこそが僕を動かしているエネルギーです。
もうひとつの理由は、日本や東アジアにおいては「木造」の歴史があるのに対してヨーロッパでは「石造」の歴史があるから、です。

コンクリートは何者か

コンクリートが何か、という定義はいろいろありますし、考え方が複数あるのはとても良いことだと思います。
でも僕は、「コンクリートとは人工の石である」と、常々考えています。
コンクリートがヨーロッパで誕生し、日本よりも比較的受け入れられているように思える理由は、石造りの風土があったことは無視できないと思います。
僕たちコンクリート技術者は、コンクリートで石みたいな構造物をつくりたい一方、石にはできないことを達成したいからコンクリートという材料を選択しています。
この辺りは以下の記事でも詳しく言及しましたが、石にはできないこととは例えば材料の供給体制のことであったり、形状を自由にすることであったり、鉄筋などの他の材料と組み合わせることであったりと、経済的・工学的にいろいろな要望があります。

ここまでは、コンクリートという材料を工学的に見たときの話です。
僕個人として、コンクリートという物質が社会と人間活動と持っている役割を考えたときに、「コンクリートは材料ではない」と考えることもあります。
僕は、鉄や木材やガラスやセメントは「材料」だと思いますが、コンクリートは材料だとは思いません。
コンクリートは人間の手で石を作るという挑戦であり、工学的な営みそのものであると考えています。
これは、材料が集められて混ぜられ、硬化してコンクリートとして出来上がり使用され続けるまでの全てのプロセスにおいて、常に人間の手を必要とするからです。
これが、他の材料と異なる点だと考えています。
その意味でコンクリートは工業的であり非工業的であり、人工的でありながら原料は自然由来のものであります。
コンクリートはあらゆる二項対立を内包しており、これがコンクリートにわれわれが感じる「違和感」の由来ではないかと思います。
そしてその二項対立を橋渡しする材料がセメントであり、セメントは人間の手や工業の意思を代弁するものです。
セメントはコンクリートで唯一の人工材料であり、物理的意味を越えて材料を繋ぎ止める役割を担っています。
なのでこの連載では、セメントについては特に丁寧に触れていきたいと考えています。(まあ僕がセメント屋だからなのですが)
あ、でも僕は良いコンクリートをつくる上で一番大事なのはセメントよりも骨材だとは考えていますよ。

コンクリートを使って僕たちは、単純に石をつくりたいのではありません。
コンクリートが貢献するべき対象・分野は、英語でいう”Civilization”、つまり文明であると僕は考えています。
文明を築くということは、人間の生活とその基盤を整えることから始まると思いますが、そのために英語では街づくりの工学のことを「Civil Engineering」と呼びます。
日本では「土木工学」と呼びますが、これは紀元前2世紀の『淮南子(えなんじ)』という書物に登場する「築土構木」という言葉に由来します。
曰く、「土を築き木を構へて、以て室屋と為し、棟を上にし宇を下にして、以て風雨を蔽ひ、以て寒暑を避けしめ、而して百姓之に安んず」とあり、当初のコンセプトには当然土木も建築もなく、人々のために自然材料を工作することを指します。
英語だろうと日本語だろうと、土木工学やCivil Engineeringが目指していることは同じで、豊かな生活のために適切な材料を選択して社会基盤を築いて文明を支えることです。
それが日本では土と木であり、ヨーロッパでは石であったという、それだけの差です
そして現在ではそこに、「コンクリート」という新しい材料が選択肢に加わったというだけです

忘れてはならないのは、コンクリートは人間と文明のために存在する材料であり、本来はわれわれの生活を豊かにすることを目的として誕生し、つくられるものです。
それなのにマイナスのイメージを持たれているのは、われわれコンクリート技術者や社会がコンクリートの使い方を誤っているという、人間側の問題であるはずです。

コンクリートはどこへ行くのか

奇しくも日本では新しい時代が始まろうとしていますが、これからコンクリートがどのような方向に進んでいくのか、僕には皆目見当もつきません
なぜなら、コンクリートは人間や社会が望む方向にしか進歩しないからで、それを決定づけるのは僕たちコンクリート技術者だけではなく日本社会にあると思います。
いちおう、コンクリートの技術動向の現在のトレンドしては、環境への負荷低減とか、劣化構造物のモニタリングとか、AIや機械学習の活用とか、そういった話題がホットですが、これも所詮はパリ協定とかSDGsとかの政治主導の課題、他の技術分野のトレンドに影響されているだけです。
5年後にはどうなっているかも、わかりません。

コンクリートがどこに行くかを決めるのは皆さんです
その道のりの形成に少しでも役立つことを願って、次節からはコンクリートのこと個別に、できるだけわかりやすく、僕が飽きないように、掘り下げていきます。

今日の本文は、以上です。
それでは、また。


今日のコラム:コンクリート書籍6選

世は連休なので、暇を持て余している方はコンクリートの書籍を読んでみてはどうでしょう。たぶんこの連載よりはずっとタメになります。
ここではおすすめのコンクリート書籍を6つご紹介します。

① マンガでわかるコンクリート (石田哲也 オーム社)
僕はほんとうに勉強嫌いなので、三国志とか旧約聖書とか資本論とか、いわゆる教養として読んでおくべき名著は「まんがで読破」シリーズで読んでいます。しかも書店に買いに行くのと一冊ずつお金を払うのを嫌がってkindle unlimitedでまとめ読み。
そのうえ、専門のコンクリート工学すらめんどくさがって漫画で学ぼうとしました。
でも実際、この本はコンクリートの入門書として最適です。
学生はもちろん、コンクリートに少しでも興味のある方は是非。
ストーリーの合間に技術解説のページもあるので、参考書としても役立ちます。
ヒロインの水野シビルさんはコンクリート主任技士・コンクリート診断士の有資格者。結婚してくれ

② コンクリート崩壊 危機にどう備えるか(溝渕利明 PHP新書)
コンクリートの維持管理や耐久性に焦点を当てた本です。
高度経済成長期に大量に作られたコンクリートが塩害や中性化やASRというさまざまな「病気」により危機を迎えつつある状況に警鐘を鳴らします。
コンクリートがどうして壊れるか、それがなぜ今の日本で集中しているかがわかります。

③ コンクリートの文明誌(小林一輔 岩波書店)
コンクリートの歴史を学ぶ上で、これ以上の書はありません
ポッツォラーナという良質な火山灰からローマ人が作った古代コンクリートを起源に、イギリスでのローマンコンクリート再発見や明治時代の国内コンクリートの黎明期をエピソードで綴ります。
先人の知恵にはまったく感嘆するばかりです。
小林先生は「コンクリートが危ない」も名著ですね。
いちおうリンク貼っておきますけど、涙が出るような値段で売っています。

④ メディアとしてのコンクリート (A. Forty 鹿島出版会)
コンクリートという建設材料を、工学ではなく文化的側面から光を当てた大作です。
コンクリートの意匠的・文化的価値を「素材(メディア)」というキーワードで紐解きます。
膨大な量の写真と文量で世界中のコンクリートの表情を伺えます。
ただし、めちゃくちゃ厚いし訳文のためかたい文章なので疲れます。ぶっちゃけ僕も1/4くらいしかちゃんと読んでいません。

⑤ コンクリート夜話(山田順治 セメント協会)
官民を渡り歩いたコンクリート技術者である山田博士の技術エッセイ集です。
豊富な知識と経験には現代の技術者としても多くの学びがあります。
コンクリートに砂糖を入れたらどうなるか、など雑学的な面白さも◎
寝る前に1日1話読めば次第にコンクリートが好きになります。
山田博士のコンクリート書籍はどれもわかりやすく、僕がこの連載を書く際にも語り口などを参考にしております。足元にもおよびませんが。

⑥ ネビルのコンクリートバイブル(A.M. Neville)
世界中のコンクリート技術者にとっての聖書です
コンクリート工学全般を物理的・化学的に深く掘り下げて説明し、それに対する著者の考えが更に理解を深めます。
これを読めばコンクリート初段と言っていいでしょう。

以上です。アマゾンで全冊そろえると3万円もしてしまいますので、できれば図書館などで探しましょう。
言ってくれれば貸します。

ほんとに終わりです。じゃあね。

【写真提供元】
ぱくたそ
https://www.pakutaso.com




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