Breath story 1


こんな世の中を誰が想像したんだろう。
時間が欲しい、なんて軽く望んていたあの日がこんな状況で実現した。

自宅待機。

そう命じられた僕は、どうこれから過ごすことが正解なのかわからなかった。
ただ毎日ここから聞こえる日常の音をひろっていきながら、
ああ、みんな必死に生きてる、ってそう思えた。
僕だけではなく、みんな、明日が見えない薄暗いトンネルの途中を生きている。

バタバタと玄関の音が開け閉めする音がした。
同じフロアの誰かが、これから仕事なのだろう。
どうしても仕事をしないといけない人がいる。
エッセンシャルワーカーだと言われる人たちはどんな気持ちで仕事をしているのだろうか。


「あーーーーー、もう、忘れた、スマホないと仕事になんないじゃん!!!」


スマホを忘れたことを思い出したのだろう。
そんな盛大な独り言が聞こえた。

バタバタと足音立てて、エレベーターに無事に乗り込めたのだろうか、僕はベランダから階下を見てその姿を探した。


髪振り乱して、大きな荷物抱えて。

「いってらっしゃい」

届くことのない僕の声と、その小さなレゴのような姿。

聞こえないはずなのに、ふと足を止めて上を見上げられた時、ギョッとした。
見えないと思うけど、僕は視線を上にし、下を見ないようにした。

もう、いったかな・・・なんて少しずつ目線を落としていく・・・


「今日も一日頑張りましょうね!」

誰に言っているのか、元気のいい声でそうマンションに向かって言った。

そしてその顔はどんな顔なのかもわからないけど、その声と、その言葉にすごく救われた。

「僕も頑張りますね」


なんて、また聞こえない返事をした。

そんな何気ないやりとりが好きだった。
とても。

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