溶け合う境界 - 『ひきだしにテラリウム』を読んで⑥

 なぜ漫画でなければならなかったか。そこ
ではイラスト、セリフ、余白が渾然一体とな
り、一気に広漠な世界を形成する。読者は外
から眺めながらも内から探るよう仕向けられ、
そこに「ないもの」を発見させられる。たっ
た2ページのショートショート・コミックが
成立するのはそういうわけだろう。それを巧
者な手口で軽やかにやってみせるのが、九井
諒子という人だ。文化庁メディア芸術祭マン
ガ部門の優秀賞を獲得し、天才とも称される。
 「知り合いの飼ってる人間が子供生んでさ」。
九井は、この出鱈目なセリフを日常の一コマ
で言ってのける。そこでは現実と空想が混じ
り合って均一になり、境界線が曖昧になる。
それは九井の好きな料理のシーンでも同様だ。
龍の捌き方は正確で、調理方法は今夜の夕飯
の参考になる。○△□の記号の調理も慣れた
もの。フライパンにバターを引きジュワ~ッ
と焼いたり、お鍋でコトコト煮たり、冷やし
て刺身にしたり。現実と空想を行ったり来た
りしながら次第に溶け合い一つになってゆく。
 では、性癖の世界はどうだろう。それは私
にとって空想の域に近かった。デブ専、小児
愛者、ナルシスト、ズーフィリア、デンドロ
フィリア、奇形性愛者など、多種多様な性癖
がある。これらは私にとっての現実から遠く
とも、確かに存在しているものだ。感応する
のは容易でなく、自分と関連性が薄いため、
つい遠ざけてしまう。しかし自分の外に視点
を移してみると、私の空想は誰かの現実であ
り、またその逆も然りだ。私たちの世界には
結局のところ境目なんてないのかもしれない。
 なぜ漫画でなければならなかったか。それ
は視覚情報でありながら、そこに「ないもの」
をありありと浮かび上がらせてくれるものだ
からだ。自分にとっての「あるもの」は他人
にとっての「ないもの」かもしれない。現実
か空想かなんて本当はどうでもよく、境界線
を緩めて世界を広げ、「もっとよく知りたく
なってきちゃった」と言えばいい。


《書籍情報》
タイトル:『ひきだしにテラリウム』
著者  :九井諒子
出版社 :イースト・プレス
出版年 :2013年

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苫米地式コーチング認定コーチ。ライター。

ショートショート研究所

400字〜800字の制限の中でどこまで表現できるか実験してみます。
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