本と私と太陽系 - 『ひきだしにテラリウム』を読んで⑤

 漫画は記号だ。情報が少ない。読者は推理
し、補加し、再編集することを余儀なくされ
る。これはショートショートのコミック集で、
最短2ページの話もある。絵柄や時代、舞台
設定は各種各様だ。文化庁メディア芸術祭マ
ンガ部門の優秀賞を獲得し、審査員に「マン
ガリテラシーが試される」と言わしめた作品
である。最初はお手上げだった。
 「知り合いの飼ってる人間が子供生んでさ」。
このセリフは出鱈目だ。二度読んだ。しかし、
道端のベンチでコーヒーを片手に友人と雑談
しているシーンでこれを言われると、不思議
とすんなりその世界に入っていた。現実味の
あるストーリーを地に引いておいて、そこに
あり得ないもの、異質なもの、突飛なものを
差し挟んで平気な顔をしている。現実と物語
が巧妙に織り合わさり「俺が間違っているの
かなあ」と思わせる。これが九井諒子なのだ。
 九井の世界では記号を食べる。塩コショウ
した○はフライパンにバターを引いて丸ごと
ジュ~ッと焼いてみる。△はラップに包んで
レンジでチン。柔らかくなったら薄く割いて
お鍋でコトコト煮込んでみる。□は冷やして
刺身にし、醤油をつけて食べてみる。記号か
ら香ばしい香りが立ち上がり、出汁がしみた
様子とひんやりモチモチした食感に思わず口
をモグモグさせてしまう。美味しそうだ。
 記号は極限まで情報を削ぎ落として的確な
メッセージとなる。○△□の調理に「らしさ」
を感じるのはそのためだろう。容易ではない
が正しく扱えば本質を掴める。人間がペット
サイズの人間を飼う話も記号として見ると、
人間とペットの命の流れるスピードの違いが
際立った。別れ話の後、彼女に出て行かれた
男が、お互いの心の距離を地球から太陽まで
の距離と比較する話がある。ナンセンスだ。
が、それにより現実の彼女との物理的距離の
近さがクローズアップされた。「走ったら追
いつけるだろうか」。果てしなく遠いと感じ
ていた漫画の世界がすぐそばに来ていた。


《書籍情報》
タイトル:『ひきだしにテラリウム』
著者  :九井諒子
出版社 :イースト・プレス
出版年 :2013年

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まるごとホンネで世界を見たら☆

苫米地式コーチング認定コーチ。ライター。

ショートショート研究所

400字〜800字の制限の中でどこまで表現できるか実験してみます。
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