『むっちゃんの詩(うた)』と戦争と私

セミの鳴き声が止まぬ蒸し暑い8月、日本国民は否応なしに「戦争の記憶」を突きつけられます。私が通っていた小学校では、生徒を集めて戦争映画を鑑賞させるのが通例でした。もう30年ほど前になりますが、今でも忘れられない衝撃的な映像があります。

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小学校で見た戦争映画は、『むっちゃんの詩(うた)』というタイトルだったと記憶しています。映画のポスターには、おさげのかわいい女の子がちょっと頭を傾げてポーズを取っていました。

むっちゃんには確か両親や兄弟がありませんでした。咳き込み血を吐く病気にかかったときには、住まわせてもらっていた家を追い出され、防空壕のなかに薄べったい質素な布団を持ち込んで戦禍をしのいでいました。近所の親切なお姉さんが食事などの世話をしてくれていたようです。

そんなある日、防空壕のなかでむっちゃんの世話を終えたお姉さんが急ぎ足で駆け出してきました。家に忘れ物を取りに戻ろうとしたのか、空襲を知らせるサイレンが鳴り響き、家族の元に戻ろうとしたのか、理由は思い出せません。映像が防空壕のなかから外に切り替わりました。

その瞬間でした。正面の防空壕から走り出てきたお姉さんが画面左へ横切ったまさにその瞬間、お姉さんの姿が消えて、その場で爆発が起こったのです。お姉さんの頭上に爆弾が命中した場面でした。小学生の私にはあまりにも突然のことで、しばらく何が起こったのか理解できず、呆然としたまま画面から目を離すことができませんでした。

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それ以来、その映像は私の記憶に刻み込まれ、ふとしたときに思い出しては、戦争に対する拒絶の気持ちが強くなっていきました。もし自分の家族や愛する人の頭上にアレが落ちてきたらと考えると、涙が溢れて止まらなくなります。そんな事態にならないように、なんとか戦争の当事者にならないことを祈らずにはいられません。

世界平和というとんでもなく大きな願いの前では、一人の人間にできることなどちっぽけなものでしょう。それでも、小さくても自分なりに行動していこうという気持ちを止められません。今取り組んでいることがいつか小さな花でも咲かせることができればいいなと思います。

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まるごとホンネで世界を見たら☆

苫米地式コーチング認定コーチ。ライター。

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