LSDは心臓を鍛えるのに効果的?

※加筆訂正しました(2018/10/16)

ランナーの中には心臓の容積や心筋の収縮力を高める目的でLSDを行っている人も少なくないとおもいます。
本日は「LSDは心臓を鍛えるのに効果的であるか」というテーマについて執筆したいと思います。

忙しい人向けにざっくりまとめると

◆LSDが心臓の容積や収縮力を増加させるかは懐疑的
◆LSDよりむしろ高強度インターバルトレーニングが効率的に心機能を向上させる
◆とはいえ、LSDをやらず高強度トレーニングだけやればよいというものではない→おすすめのトレーニング強度配分は低強度:中強度:高強度=75%:5-10%:15-20% (セッション数)

運動中の心臓の振る舞いについて

まず、前提知識として運動中の心臓の振る舞いについてお話します。心臓は皆さんがご存知の通りポンプのような役割を果たす器官で、全身に血液を送り届けます。近年は腕時計型の心拍計も普及しており、一般の方でも手軽に心拍数が測れるようになりました。心拍数も心臓の振る舞いを知ることができる一つの指標です。運動時に強度の上昇に伴い、心拍数は増加していきます。つまり、運動時に高まった全身の酸素需要を満たすために、心拍数を増加させ酸素を含んだ血液をより多く全身へ送り出そうとしているのです。心臓が1分間に押し出す血液の量のことを「心拍出量」といいます。心拍出量を規定する要因は心拍数の他にもう一つあります。それは心臓が一回で押し出せる血液の量です。これを「一回拍出量」といいます。そこで心拍出量は以下のように表すことができます。

心拍出量 (ml/分)=心拍数 (回/分)×一回拍出量 (ml/回)

運動を始めると心拍数と一回拍出量の双方が増加し、心拍出量を高めることで全身に多量の血液を送り届けようとします。

運動強度の上昇に伴う心拍数と一回拍出量の変化

安静時から100%VO2maxまで運動強度の上昇に伴い、心拍数はほぼ直線的に増加します。一方で、運動強度の増加と一回拍出量の関係を調べたある研究では50%VO2maxあたりを境に一回拍出量の増加は頭打ちになるという報告をしています (Higginbotham et al., 1986)。
実はこの”一回拍出量の頭打ち現象”がLSDが心臓を鍛えるのに効果的であるという根拠になっているようなのです。Jack Daniels著の「ダニエルズのランニング・フォーミュラ」には以下のような記載があります。

イージーランニングは心筋を発達させるのに効果的である。なぜなら心収縮力が最大に達するのは、60%HRmaxのときだからである。

つまり、60%HRmax以上の負荷になるとそれ以上に一回拍出量(≒心収縮力)が増えない。そして、その程度の軽い負荷では長く走ることができる。これらのことから、高い収縮力で長時間走るのが心臓を鍛えるのに効果的という理屈です。

一方で、以下のような研究もあります。
Zhou et al. (2001)は、一般大学生(VO2max: 48.9 ml/kg/min)、大学生ランナー(72.1 ml/kg/min)、エリートランナー(84.1 ml/kg/min)を対象に運動強度の増加に対する一回拍出量の変化について調べました。その結果、一般大学生と大学生ランナーでは、”一回拍出量の頭打ち”が確認されました。一方で、エリートランナーでは一回拍出量は100%VO2maxまで増加し続けたことを報告しています。したがって、競技レベルの違いにより必ずしも一回拍出量は50%VO2max付近で頭打ちするとは限らないことが示されました。

Zhouらの研究は、平均のVO2maxが84.1 ml/kg/minという非常に高いレベルのエリートランナーでは一回拍出量の増加は頭打ちしないと報告しました。では、やはり一回拍出量の頭打ちが起こる多くの一般ランナーはLSDで長く強く心臓を拍動させ続けることが、心臓を鍛えるのに有効なのでしょうか? そこで、運動歴のある大学生を対象に、異なるトレーニングメニューが一回拍出量に与える効果について検討した研究を見てみましょう。

高強度インターバルトレーニングが低~中強度持久性トレーニングより効果的

Helgerud et al. (2007)は、大学生(VO2max: 50-60くらい, 運動もしくはトレーニングを3回/週)を対象に、以下の4種類の異なるトレーニングメニュー(3回/週、8週間)によるトレーニング効果を検討しました。

LSD群:45分間走@70%HRmax
LT群:24.25分間走@85%HRmax
15/15群:47×15秒@90-95%HRmax (15秒レスト@70%HRmax)
4×4-min群:4×4分@90-95%HRmax(3分レスト@70%HRmax)

その結果、高強度インターバルトレーニングを行った群で有意なVO2maxと一回拍出量の向上を報告しました。一方で、LSD群とLT群ではVO2max及び一回拍出量のどちらも変化しませんでした
これらの結果から、競技力が一般レベルランナーにおいて、LSDやLT走といった低~中強度での持続走よりも高強度インターバルトレーニングの方が効果的に心機能が向上させることが示されました。また、このほかの研究でも高強度インターバルトレーニングにより左心室の容積や収縮力が向上するという報告がされています (Cox et al., 1986; Slørdahl et al., 2004)

今回の被験者の体力レベルでは一回拍出量は50%VO2maxあたりで頭打ちしていると考えられます。アメリカスポーツ医学会 (ACSM)のデータによると今回用いたLSDの70%HRmaxは60%VO2maxに相当します。したがって、心筋の収縮力 (一回拍出量) に着目すると全ての群で持久性運動時に起こる最大の収縮力で心臓を拍動し続けたことを示しています。つまり最大の収縮力で心臓を45分間動かしたとしても心機能の向上をもたらしませんでした。また、同様の収縮力で24.25分間動かしたLT群でも心機能の向上は起きませんでしたが、その一方で、15/15群、4×4-min群では、心臓を動かした時間がLT群とほぼ同じ(23.25分と25分) にも関わらず有意な心機能の向上をもたらしました。これらのことから、高い収縮力で長い時間心臓を動かすことが心機能を向上させるかどうかには疑問符が付きます。そして高強度インターバルトレーニングで心機能が向上したことから、長く強く心臓を拍動させ続けることよりも、むしろ高強度インターバルトレーニングによってかかる何らかのストレスが心機能の向上に有効である可能性が考えられます。

この研究の限界点として以下のことが挙げられます。Helgerudらの研究では各トレーニングの仕事量を合わせるため高ボリュームのLSDは行えませんでした。そのため、高ボリュームのLSDが心臓の機能を高めうる可能性は否定できません。
しかしながら、高ボリュームのLSDは地面との接触機会を増やし貧血や疲労骨折のリスクを増大させます。またLSDは高強度インターバルトレーニングに比べ多くの時間を必要とし、時間的制約を受ける大学生や社会人ランナーが、高ボリュームで行うのは容易ではないと思います。これらのことから、特別な理由がない限り、心臓を鍛えるために高強度インターバルトレーニングではなく、あえて高ボリュームのLSDを行うのは得策とは言えないでしょう。

まとめ

LSDは必ずしも心臓の容積や収縮力を高めるのに効果的ではありません。高強度インターバルトレーニングは、低~中強度の持久性トレーニングよりも効果的に心機能を向上させます。効率よく心機能や持久力を向上させるには高強度のトレーニングを重視してトレーニングメニューを組むべきです。

ただ、注意してもらいたいのが低強度、中強度、高強度のバランスが重要であるということです。LSDをやらずに高強度トレーニングだけやればよいということではありません。ある研究では低強度:中強度:高強度=75%:5-10%:15-20%程度が良いとしています (Seiler and Kjerland, 2006)。これはトレーニング頻度によるものなので、例えば2週間で20回のトレーニングがあるとすれば(朝練なども含む)、ペース走を1-2回、高強度トレーニングを3-4回、それ以外を低強度でするのが良いということです。一方で、LSDを過度に重視するあまりペース走や高強度トレーニングの強度や量が減るとすれば、それは必ずしも良くないということです。

最後に、LSDが心機能の向上に最も効果的と思ってトレーニングを組んでいた人は、この機会にトレーニングメニューを再考してみてはいかがでしょう?

参考文献

1) Higginbotham et al. 1986. Regulation of stroke volume during submaximal and maximal upright exercise in normal man.
2) Zhou et al. 2001. Stroke volume does not plateau during graded exercise in elite male distance runners.
3) Helgerud et al. 2007. Aerobic high-intensity intervals improve VO2max more than moderate training.
4) Cow et al. 1986. Exerxise training-induced alterations of cardiac morphology.
5) Slørdahl et al. 2004. Atrioventricular plane displacement in untrained and trained females.
6) Seiler and Kjerland. 2006. Quantifying training intensity distribution in elite endurance athletes: is there evidence for an “optimal” distribution?

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竹井尚也@スポーツ科学

東京大学大学院博士課程#日本学術振興会特別研究員#東京大学陸上運動部コーチ#早大競走部出身#100m10"43(国体3位)#科学的根拠に基づく運動指導をしています

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