ものづくり賛歌

今日、星野源さんの冠音楽番組「おげんさんといっしょ」第二回が放送された。
ゲストの三浦大知さんやレギュラーの藤井隆さんの歌(おげんさんバージョン)、それから高畑充希ちゃんの歌う「Family song」など見どころはたくさんあったけれど、放送終了後くちびるを噛みながら笑顔で思うのは、「結局、結局星野源にやられるんだよなあ!」。

すべて、そこに照準合わせてきてる故、ってことはわかってるのに、どうしたってその術中にはまってしまう、番組のラストでテレビ初生演奏披露された、新曲「アイデア」。

配信リリース→MV公開→おげんさん、と来れば、そりゃあ放送後はMVを繰り返し見てしまう。
きっとこのあと、えげつない再生回数を叩き出すだろうことは想像に難くない。

このMVでは、作品をつくるスタッフやセットチェンジの様子など、舞台裏や制作者の側を意図的に映し込んでいる。
裏も表もすべて見世物にして、作品を余すことなくおもしろがってしまえ、と星野さんが言っているような気がする。

私はインタビューやラジオをすべてチェックしているわけではないので、「アイデア」についてご本人がどんなお話をされているのかは知らないのだけれど。
タイトルからして「アイデア」、主題歌となった朝ドラ「半分、青い」の主人公鈴愛は漫画家を経てなにか一大発明をする人物、ということから推察するに、主題歌もそのMVも、そこには「ものづくり」や「制作者」というキーワードが想起される。

サビの歌詞

つづく日々の道の先を 塞ぐ影にアイデアを
雨の音で歌を歌おう すべて越えて響け
つづく日々を奏でる人へ すべて越えて届け

創作は日常と地続きであり、どうしたって、その人の生活・人生からしか始まらない。
なにかを産み出そうという創作者の日々は細く長く続くものであり、いい時よりもむしろ悪い時の方が多いのだろう。
しかしものをつくるひとの苦しみは、おそらく、ものを作ることでしか救われない。

ものづくりと向き合うあなたの日々の先に落ちる影を照らすのは、あなたのアイデアだけだ。
苦しみも哀しみもすべて越えて、産み出したその作品を世に、あなたに届けよう。

そんな風に、私は受け取った。
これは星野源から、創作を志す全ての人への応援歌だと思う。
(「人は誰しも人生を創作しているんだ!」なんていうロマンチックな発想を持ち出してしまえばもちろん、「生きているすべての人への応援歌」なのだけれど。)

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二番Aメロの歌詞

おはよう 真夜中 虚しさとのダンスフロアだ 笑顔の裏側の景色
独りで泣く声も 喉の下の叫び声も すべては笑われる景色

生きる苦しみ、創作の苦しみ、報われない努力、ついてこない結果。
もはや妄想か現実かわからない、自分を嘲笑う誰かの乾いた笑い声。
そんなことが浮かぶ。

何かを続けていくのは難しい。
成功していなければなおのこと。

「アイデア」から少し離れる。
創作や創作物のもたらす功罪について、書かれた小説がある。

辻村深月「スロウハイツの神様」

人気作家チヨダ・コーキの小説で人が死んだ―あの事件から十年。アパート「スロウハイツ」ではオーナーである脚本家の赤羽環とコーキ、そして友人たちが共同生活を送っていた。夢を語り、物語を作る。好きなことに没頭し、刺激し合っていた6人。空室だった201号室に、新たな住人がやってくるまでは。 (amazon内容紹介より)

成功していようといまいと、表現にとりつかれたものは一様に創作者であり、創作者は純粋無垢であると同時に醜い闇の持ち主である。
この小説の中で語られるその性(サガ)・生態を知った読者は、いたたまれなくなるかもしれない。

けれど創作者も読者も、共通してそこにあるのは作品やそれを享受することに対する敬愛だ。

あの頃の自分を救ったあの作品、心揺さぶられ何かに気づかされた作品。
小説でも映画でも漫画でも絵でも音楽でも、人それぞれ色々あるはず。
読書を楽しんだことのある人にとっては、この物語の中で感じられる読書そのものに対する圧倒的な愛は、誰でもどこかしら身に覚えのあるものだと思う。

作中、創作物のもたらす功罪の「罪」の方で、クリエイターやその卵である登場人物たちは悩み苦しむ。
けれども彼らを救うのは、結局のところ、その「功」の方なのである。
読者自身の「そうであってほしい」という願いと共に、物語のラストは優しい読後感で包まれる。

この作品では、多様な創作者に光を当てててそのキャラクターや感情を丁寧に描き出している。
創作を志す者は、自分事として読まざるを得なくなる。
そして作者の辻村さんは、そんな人たちを肯定してくれている。

「アイデア」にも、似たものを感じるのだ。

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2013年刊行の星野源の著作「働く男」で、彼はこんなことを書いている。

才能があるからやるのではなく、才能がないからやる、という選択肢があってもいいじゃないか。(中略)
いつか、才能のないものが、おもしろいものを創り出せたら、そうなったら、才能のない、僕の勝ちだ。

これは「書く人」に憧れた星野さんが、周りに「書く才能はないからやめたら」「音楽に専念したら」と言われ続けるなかで、それでもやりたいんだ、と知り合いの編集さんなどに頼み込んでもらった小さなコラム記事の仕事から始まった文筆業についての振り返りで、書かれている。

なんということか。
この頃から星野源は、すべての創作者を肯定している。

もちろんこの頃は、「向いていない」と言われた自分自身をなんとか肯定してあげるため、自らを鼓舞するための言葉だっただろう。

しかし、星野源が音楽はもとより俳優・文筆家としても成功を収めた今、この言葉は当時の何倍もの説得力でもって、全クリエイターを肯定してくれているのである。
成功していなくても、才能がなくても。
やっていていいんだ、と。

ブレイク前の星野さんが自分へ向けて投げかけていた励ましの言葉は、2018年の今、様々な困難にぶつかりながらも懸命に生きてものづくりをする「半分、青い」の鈴愛をはじめ、今ここに生きる、創作するすべての人への応援歌となって降臨した、と言っても過言ではない。

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子供の就寝後にリビングで書くことの多い私ですが、本当はカフェなんかに籠って美味しいコーヒーを飲みながら執筆したいのです。いただいたサポートは、そんなときのカフェ代にさせていただきます。粛々と書く…!

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