私はなぜ書くのか。と、僕キセ6話の育実の涙について 【ドラマ『僕らは奇跡でできている』】

なぜ書くのか。というのはnoteでもよく見かけるテーマだし、私自身、自問することも多い。でも私にとっては答えは出ている。というか答えなんかない。そう、なぜ書くのか、理由なんかない。

私にとって書くことは自己満足、それ以上でも以下でもない、というのは戒めである。どうしたってそうなってしまうことを念頭に置きながらも、そうならぬよう足掻くことを諦めてはならない、ということだ。
きっと昔は、昔っていつだよ、ってなってしまうけれど、もちろんSNSのない時代、雑誌や新聞の投稿欄なんかもない時代、くらいまで遡れば、表現欲がある一般人というのは、その内面の発露の術としては、誰の目にも触れることなく日記にしたためる、くらいしかなかっただろう。しかし現代では事情が違う。一般人でも簡単に、インターネットで発信ができてしまう。だからこそ楽しく、だからこそややこしい。

私は正直なところ、別に伝えたいことなんかないし、ましてや自分の書いたもので人の心を動かしたいなんて大それたこと、思ったこともない。ただ強いて言えば、書くことで自分が生きやすくなるんだと思う。言ってみればそのために書いているのに、一旦公開してしまえば、どうしてか読んでもらいたいとか評価されたいとか強欲な自分が出てきてしまい、あれおかしいな、生きやすくなるから書いていたはずなのに、書いたもので自分の首を絞めてしまったりして結果、逆に生きにくくしているんじゃないのか、なんてことを思ったりする。

何をやってもそうだと思う。私はその昔お芝居を少ししていたのだけれど、それだってやりたくてやっていたのに、やるほど自分の首を絞めていた。楽しかったはずが、下手な自分を自覚するたびに死にたくなって、ダメ出しされるたびにまた死にたくなって、上手い人を見るたびにまた死にたくなる。これは未来がないなと心の奥底ではわかっているのに諦められなくて、どんどん苦しくなっていった。今思えば自分で自分の首を絞めていた。

***

放送中の火曜ドラマ『僕らは奇跡でできている』の第6話。一輝(高橋一生)に「ウサギ」、つまり人を見下すために、自分はすごいと周りから称賛されるために頑張る人、と指摘されていた育実(榮倉奈々)は、ついに自分の本当の願いに気が付くことができた。自分には何が欠けているのか、どうしてこんなに頑張っているのにいつも苦しいのか、本当はどうしたいのか。一輝の、何気ないけれど躊躇うことなく本質を突く言葉に、育実は自分と向き合わざるを得なくなった。

親から継いだクリニックをしっかり経営して地元に貢献しなきゃ、腕のいい歯科医にならなきゃ。だから留学して審美も学んだ、経営も学んだ、中国語も学んだ。仕事ばかりじゃなくてプライベートも充実させなきゃ。だから料理教室も申し込んだ。育実はそうして常に努力してきた。
でも休日返上して地元貢献のために開催したイベントではさほど集客もできずうまく子供たちに対応もできず、彼氏とはすれ違い別れ、料理教室には一度も行けていない。どうして?どうしてうまくいかないの?こんなに頑張っているのに。頑張らなきゃ、もっと頑張らなきゃ。そんな育実への、一輝の一言。

「自分をいじめてしまうんですね」

痺れた。一本。「いっぽーん!」って旗をあげたいくらい。

これ、自分のことが嫌いな人間にとっては、これでもかと刺さる言葉だと思う。私は全く、育実のように出来る人でも努力家でもないけれど、自分を守るために身に着けた鎧の隙間から垣間見える、あの育実の根本的な自己肯定感の低さは、ちょっとスルーできなかった。自信がないから、もっとやらなければと負荷をかけてしまう。自信がないから、もう十分頑張っているのにさらに頑張ってしまう。自信がないから、自分がどうしたいかより人からどう見られるかを基準にしてしまう。育実から、涙と共に溢れてくる言葉。自信がない自信がない自信がない。育実は自信がないのだ。自分が嫌いなのだ。育実はそんな「ウサギ」だった。

***

私はいつも、自分の首を絞めてしまう。一輝の言葉を借りれば、「自分をいじめてしまう」のだ。全然、育実ほどではないけれど。自分が生きやすくなるために好きなことをやっているはずなのに、いつのまにか苦しくしてしまう。かといってやらなければやらないで、それもまた苦しいのだ。八方塞がりだ。と、思っていた。いや、八方塞がりという事実に変わりはないのだけれど、こうして書くことを少し続けてやっていたら、改めて自分のことを見つめるようになってひとつわかったことがあった。それは、ネガティブな八方塞がりから、ポジティブな八方塞がりに変化したことだ。
そうか。どちらにしろ苦しいのか。自分が閉じこもっていた箱のふたがパカッと開いたように、あっけらかんと、そうか、と思った。どちらの自分の方が、まだマシか。そんな言い方自体がネガティブかもしれない。でも根本がネガティブなんだから仕方ない。これでも私としてはだいぶポジティブ度上がったんだ。

どちらにしろ苦しいのなら、好きなことで苦しみたい
好きなことで苦しんでいる自分は、認めてあげられる気がする。
だから書く。自分が楽しいと思えるうちは。
自分の願いが、そこにあるうちは。

#エッセイ #コラム #創作 #自己肯定感 #ドラマ #僕らは奇跡でできている #コンテンツ会議 #noteでよかったこと

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子供の就寝後にリビングで書くことの多い私ですが、本当はカフェなんかに籠って美味しいコーヒーを飲みながら執筆したいのです。いただいたサポートは、そんなときのカフェ代にさせていただきます。粛々と書く…!

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こっこ

閉じ込めるしかなかった想いを成仏させたくて言葉を吐き出す日々。誰かの物語は自分の物語でもあるし逆もまた然り/20代前半に演劇かじる。結婚前はPR関係のお仕事を少し/noteではコンテンツレビューやエッセイや短編小説を/すばる文学賞一次通過/note【紅茶のある風景】コンテスト入選

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コメント2件

熱を感じた素敵な文章でした!
自己満足というところ、私も最近ようやくじわじわ感じ始めているところでしたが、「ポジティブな八方塞がり」のくだりは、なるほどと思いました。
そうですね、どっちも同じならじゃあ書く方を私も選びます。
読んでいて、私もちょっと気持ちが救われたような気がしました(^^)
かわせみ かせみ さん
ありがとうございます!!
表現って、なんのためなのか、自己満足のためだけか、というのはつきまといますよね。そこをどうしたって否定は出来ないので、自己満前提でも、なんとか自分を肯定していけたら一番自分のなかでバランスが取れるかなぁ、なんて思いました。
何よりも、楽しんでやっていけたらいいですよね(^^)
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