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私たちは弱くて狡くて生きることはどうようもなく傲慢で、けれど海はいつだって青い【舞台『美しく青く』】

昨日までBunkamuraシアターコクーンで上演されていた、作演出・赤堀雅秋、主演・向井理の舞台『美しく青く』を観た。

8/1からは森ノ宮ピロティホールにて大阪公演が始まるので、ネタバレなしでレビューしたいと思う。
立ち見券ならまだ残っているようなので、気になった方は是非!

【あらすじ】
山を背負い、海を抱く町。
都市のきらびやかさとは無縁のその町は、かつて大きな災害に見舞われていた。8年を経て、日常を取り戻しつつあるかに見えた町に新たな「問題」が生じる。人馴れした野生の猿が、田畑の作物や人家の食べ物を狙って荒らし、時には人間にまで危害を加えるようになったのだ。
(中略)
青木保(向井理)ら町の男たちは猿害対策のための自警団を結成し、日々不毛な争いを繰り返していた。
(中略)
保が自警団の活動にのめり込む一方、妻の直子(田中麗奈)は認知症を患う実母・節子(銀粉蝶)の介護に明け暮れる日々に疲れ果てていた。
ささやかな日常の水面下には、誰もが不安や不満を抱えている。
それでも生きていく。それでも生活は続く。
空と海は、今日も美しく青く、そこにある。

(Bunkamuraホームページより一部抜粋)

ハラハラする展開に目が離せなくなったり、どんでん返しがあったり、あっと驚く結末だったり。わかりやすいカタルシスがある作品ばかりが優れているわけでもない、のは言うまでもない。が、やはりエンタメとしてメジャーなのはそういう、ジェットコースター的な作品だと思う。

『美しく青く』は、そういった類いの爽快感が得られるような物語ではない。
大きな事件が起こったり、謎解きがあったり、しない。大恋愛もない。
ただ登場人物たちは淡々と日々を過ごす。
私たちの毎日もそうだけれど、淡々とした日常のなかにも、実はちっとも淡々としていない感情が渦巻いていたりする。

演出家はその感情を丁寧に掬い取って描く。
感情を取り込んだ役者たちが舞台の上でそれをぶつけ合う。
私たち観客はそれを観て、感情を、物語を疑似体験する。

人間を描く演出家、人間を生きる役者、生きることを再発見する観客。
劇場にあるのは三者の魂の交信だ。

歌もない。ダンスもない。救出劇もないし、時空を行ったり来たりもしない。でも目には見えない禍々しい感情を乗せた魂がビュンビュン行き交う。これはそんな作品だ。

特筆すべきは会話の緩急である。
基本的には台詞のやり取り以外はなるべく余計なものを削ぎ落としたシンプルな会話劇で、テンポのいい畳み掛けるような台詞の応酬がある。
反対にたっぷりとした間を取って(たっぷりし過ぎていても、怖がらず充分に適切な間を取っているのが秀逸)、台詞の一切ない人物が笑いを取ることもある。
キャラクターと状況と表情と間が揃えば、台詞なんていらないのかもしれない、という、いささか乱暴な考えすら湧き起こった。(サイレント映画なんかは、つまりそういうことだ)

私たちの日常は嫌になっちゃうくらい同じことの繰り返しで、進歩がなくて、変化が訪れたかもって思っても結局のところぐるりと回って同じところに戻ってきていたりする。人間そんな簡単に変われはしない。

頑張っても頑張っても変わらないのに頑張り続けると心が死んでしまう。

絶望はわりと日常のなかに存在しているのだ。笑って過ごしてても、実のところ何かのきっかけで簡単に人を殺してしまってもおかしくない、という精神状態だったりする。

それでも生きていく。それでも生活は続く。

物語の背景には震災・津波がある。どの登場人物も「生きる」ということに取り憑かれているようだった。それは必ずしも「生きていたい」というポジティブな意味合いではない。まるでもうひとりの自分がいつだってとなりにいて、「ここから逃げられはしない」と耳元で囁くように。

どうして自分だけ。そうだ、どうしておまえだけが。
どうしてあの子が。そうだ、どうしてあの子があんなひどい目に。
どうしてこの場所が。そうだ、どうしてこの場所が荒らされていくんだ。ここでしか生きていけないのに。

どうして。どうして。どうして。

そんな風に囁く誰かが、私のとなりにもいるだろうか。
私にそっくりな顔をした「生きる」を突きつける誰かが。
いったい何を語りかけているだろう。

劇中の彼らは、生きることに必死であるが故に何かを見失っていく。見たくないからかもしれないし、見ない方が都合がいいからかもしれない。
正義の名のもとに「生きる」を追求すれば、それは傲慢な振る舞いになりかねない。
劇中で登場人物たちが行っている猿退治の顛末は、そのことを、そしてさらにはそれぞれの弱さも、浮き彫りにしていく。

100%正しい人間なんていない。
褒められた人間でなくても、目を背けたいことから逃げ出すような人間でも。
私たちは生きていくしかないんだと、私たちってそんなもんなんだよ、と言われているような気がした。

いつも前向きでなんかいられない。すぐ逃げ出したくなる。ずるいことばっかり考えちゃう。わかる。私なんていつもそう。そういう人に観てほしい。

希望なんかないと世界を憎んでしまっても、ひとしきり落ち込んだら、一度顔を上げてみたいと思う。海でもいい。空でもいい。人間には太刀打ちできない大きな存在が、いつもそこにある。

奪いもするし与えもする。何もせずともただそこに在る。
ちっぽけな自分とそういう自然の大きさを、ただ意味もなく、見つめてみたい。

***

最後に。
役者の皆さん素晴らしいのだけど、個人的MVPは大倉孝二さん。
出て来るだけで、喋るだけで客席から笑いが起きる役者さんは本当にずるい!最高におもしろかった!!

【作・演出 赤堀雅秋プロフィール】
劇作家、脚本家、演出家、俳優。
劇団「THE SHAMPOO HAT」の旗揚げ以来、全作品の作/演出と出演。人間の機微を丁寧に紡ぎ、市井の人々を描くその独特な世界観は赤堀ワールドと称され、熱狂的なファンを持つ。第57回岸田國士戯曲賞を「一丁目ぞめき」(上演台本)にて受賞。最も勢いのある劇作家のひとりとして注目を集めている。初監督作品「その夜の侍」(12年)では同年の新藤兼人賞金賞、ヨコハマ映画祭・森田芳光メモリアル新人監督賞を受賞。モントリオール世界映画祭、ロンドン映画祭、台北金馬奨映画祭などに正式出品され、各方面で話題になり、16年監督第2作目「葛城事件」では主演の三浦友和を数々の映画賞へと導いた。

(Bunkamuraホームページより一部抜粋)

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子供の就寝後にリビングで書くことの多い私ですが、本当はカフェなんかに籠って美味しいコーヒーを飲みながら執筆したいのです。いただいたサポートは、そんなときのカフェ代にさせていただきます。粛々と書く…!

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こっこ

閉じ込めるしかなかった想いを成仏させたくて言葉を吐き出す日々。誰かの物語は自分の物語でもあるし逆もまた然り/20代前半に演劇かじる。結婚前はPR関係のお仕事を少し/noteではコンテンツレビューやエッセイや短編小説を/すばる文学賞一次通過/note【紅茶のある風景】コンテスト入選

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