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腐女子向け、非実在の戦争のきほん③ 戦争のある箱庭 下

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⑥、弓騎兵の脅威

 さて、下のほうはみんなだいすきバトルから始まる。
 今回のAさん村長の相手はDさん御一行、すべての戦力が騎兵である。足が早く、歩兵では接近できない。
 しかも彼らは弓騎兵である。

この世界の弓騎兵2

(図説があまり上手でないのはお許し頂きたい)(うっかり側対歩で描いてしまった……)
 日本的な概念だと、流鏑馬(やぶさめ)といえば伝わるだろう。馬上から弓を射ることを騎射という。
 今回現れた弓騎兵は、馬を駆って高速で接近し、馬を止めることなく射撃すると、反転し逃げていく。気になる人はYoutubeで流鏑馬の動画を見てみよう。大変な迫力が伝わると思う。昔は、あの技術で、的ではなく人を射ていたのだ。現代で例えると、車で接近してきて銃撃し、そのまま走り去るようなものだ。矢をもらった直後に、徒歩で自動車に追いすがるのは無理である。
 この弓騎兵による一撃離脱戦法は現実でも度々戦争の勝敗を決してきた強力な戦法だ。更に、場合によっては彼らは逃げながら背後に向かって射撃してくる。上の図のように、場上で体を捻って射撃するのである。馬で一気に前に出て、後ろに射撃しながら後退する戦い方を、古代イランのパルティアの人々が用いたことから、パルティアンショットと呼ぶ。
 例えば、前回のファランクスの布陣でこれをくらってしまうとどうなるかというと……例えば、馬の機動力であっという間に背後に回り込まれてしまう。頑張って盾で背後も塞いでも、身動きできないことには変わりない。しかもこちらからは攻撃する手段がない。だんだん疲れてきて、相手の矢が尽きるまで絶え間なく射撃をくらい、ジワジワ死ぬという最悪の結果になる。
 また、当然ながらこういった弓騎兵は必要に応じて剣や槍も装備しており、必要に応じて近接攻撃を行う軽騎兵にチェンジすることもできた。

 なんだかとっても、強そうに聞こえる。
 そう、端的に言って弓騎兵は強い
 初対面時には馬に驚いて拠点に逃げ帰ってしまったAさんだが、結果的に正解だったことがわかる。相手も深追いしてこなかったのが幸いした。もし初対面で対峙していたら、さしものAさんでも全滅してしまったかもしれない。

 戦いは、基本的に多いほうが有利である。
 そして兵種にも有利不利がある。
 だが少数の戦力や、不利な兵種が、創意工夫や練度、装備の差などどこかで差をつけ、敵を退けた例もまた多い。
 こういう場合、必ずしも負けた側が慢心していたわけではない。大人の事情や、巧みな戦術、あるいは気象などの偶然が、不利を覆した。
 ときに本気で戦っても負ける、だからこそ油断してはいけない。
 男同士の本気の殺し合い、ドキドキしてきた。

 かつて同数対決で相手を完封したAさんは、ときに人の想像力が勝敗を分かつことを、よく理解していた。
 相手の弱点はどこだろうか?
 弓騎兵という兵種だけでなく、相手の社会的背景も考えることが必要だ。
 最初に考えられるのは、兵員の補充が限られることだろうか?
 弓騎兵は、騎射というあまりにも高度な芸当を必要とするため、それこそ遊牧民のように常に馬上にいるような、長期間の訓練を必要とする。
 それに今回来訪者たちはふらりと現れた集団で、今見えている人員が全人員である。それ以上の援軍は望めない。対して定住しているAさん村のほうが、人員の確保手段は豊富だ。人脈も広く、相手を一定数減らせば確実に軍事力を削げる。

 次は、弓騎兵が機動力を確保するために大変な軽装であること。「脚が速いので当たりにくいが、当たると死ぬ」という性能である。
 パルティアンショットは速度が命だ。追いつかれたら意味がない。それはつまり、重武装することが不可能とも言う。サブウエポンに近接武器を持ったとしても、量は限られる。
 また軽装だと、足並みを止められると極端に弱いという馬特有の弱点はより顕著になる。馬はでかくて足が速いが、馬自体は本来温厚な草食動物なのだ。武装した人間に立ち向かうには限界がある。弓騎兵は落馬するとただの軽装の歩兵である。
 対して、Aさんの歩兵たちはそれなりの防具を身に着けている。現実的な世界観だと、人間は刃物で一発切られたらほぼ戦闘不能になる。そこで防具が登場してくる。一発防げれば、十分相手を殺すチャンスが生まれる。

 前回の馬の話を思い出してほしい。騎馬を倒す基本方針は「止めて飛び道具」だ。足並みを止めさえすれば勝てる。だがAさんの主力は歩兵であり、正面から馬に追いつくのは無理だ。縦横無尽に駆け回る相手の動きを止めるには……

 かくして、その日はきた。

 Dさん一行が移動していると、南からEさんの小部隊が急速に接近してきた。少人数なので、足並みをそろえるのが容易であり、移動速度はとても早い。
 Eさんは言葉をかわすこともなく、先制してパルティアンショットで矢を射かけた。
 開戦だ。

⑦戦闘の経過

 たぶん次の瞬間に、軍事が好きな人は何が起きるか分かってしまうと思う。コテコテなので。
 そういう人は、とりあえずウケて笑ってください。
 この記事は、この画像で笑える人が増えてほしいという記事なのだ。

布陣図2_1

 第一回以来に、布陣図にご登場いただいた。
 今回からは地形が加わり、複雑さが増している。
 どのように見るのかおさらいしてみよう。

 黒い四角は兵科記号だ。中身で兵種を、色で陣営を表している。
 この場合は青がAさん&Eさんチーム赤がDさんチームとなる。
 また今回は漠然と大きさで集団の規模を表してみた。Dさんがちょっと大きな集団だ。
 中にバッテンがついているのはAさん重装歩兵。第一回でファランクス戦術に用いた兵種だ。盾を槍を装備しており、集まると特に強固だが、機動力は顕著に低い。機動力が低いとは、「20kg近い荷物を持って100人ぐらいで集団行動する」のを想像してみてほしい。どう考えても素早く動けない。しかしその重さの防具を身に着けているので、じっとしているだけなら恐ろしく強固で、まず突破されない。
 中に黒い点があるのは弓兵。文字通り弓で射撃する。防具は最低限で、弓と矢筒を装備している。飛び道具なので遠くの相手には強いのだが、近くの相手にはめっぽう弱い。遠くから接近してくる相手には近接武器に持ち替えなければならない。忘れられがちだが矢は使い捨ての武器であり、大量の矢を携行するとそれだけ装備重量になっていく。矢筒が多いほど近接武器を持った奇襲を受けると危険である……
 しかも矢は高い。フィクションだと意識されにくいが、矢を作るのはとてつもなく面倒だからだ。弓矢はメジャーな武器だが、一般的な「矢」は何でできているか、改めてよく見てみよう。金属のやじり、真っ直ぐな木の棒、鳥の風切羽を合体したものが、である。つまり、金属を溶かして尖った形に作り、木の棒をまっすぐに削り、鳥を仕留めて羽を得なければいけない。有償ガチャ石程度にはかなり貴重な消耗品である。あまり描かれることがないが、実は戦闘が終わると、勝者側は参加者総出で矢を回収している。
 黒い点にスラッシュが入ってるのは、上で説明した弓騎兵。赤いDさんさんの集団と、青いEさんの小集団が弓騎兵となる。今回初登場だ。軽装で、戦場を駆け回って射撃を行う。上に書いたとおり、非常に強い。そして矢が高額なのは同じである。

 また今回は布陣図に地形が書き込まれている。

 さて、挑発は相手が乗ってこなければただの腰抜けになってしまう。
 Eさんは抜かりなく数人を落馬させた。
 頭に血が上ったDさんたちが反撃してくる。

布陣図2_2

 Eさんチーム対Dさんチームの、弓騎兵同士で射撃対決が発生した。
 多勢に無勢、Eさんの騎馬隊はすぐに全速力で逃げていく。当然、敵は追ってくる。

布陣図2_3

 ところでEさん騎馬隊はこんなところに逃げ込んだところは、Dさんあたりがいる平地から見ると、こんな感じの景観である。

画像3

 本来、指揮をしていたらこんな地形には絶対に入りたくない。
 なぜかというと、まず奥が見えない。
 行く手に何が有るのか認識できない状況に突っ込むのは、なんであってもよくない。これは視界を遮るものが霧や林でも同じだ。特に、騎兵というのは障害物にぶち当たってしまうと、馬の持ち味である速度がなくなってしまう。いかに機動力に優れた馬でもあまりにも無茶な障害物に当たれば、転んでしまう。先が見えない場所を疾走するのは極めてリスクが高い。

 そして何より、敵が潜んでいても発見できない。
 Dさん陣営の視界に合わせて画面を塗りつぶすと、いかに危険かわかると思う。

布陣図2_4

 Dさん陣営からは、Aさんが配置した兵員が、全く見えない。

 こんな地形、避ければよいではないか?
 ところが実際に、しばしばこうした渓谷が決戦の地になっている。
 未開の時代では、未知の地形を把握する手段は限られる。自分自身が探索するか、通ったことがある人の言を信じるか、それぐらいしかない。後者の場合は、その人間が信用できるかどうかも関わってくる。
 また、そこが最短経路であるとか、周辺が更に険しい道であるとか、通らざるを得ない理由が発生することも有る。それは相手を地形に誘い込む戦いの技術であるし、単に短慮であったりもする。
 この場合は、Aさんが誘い込んだとみるべきだろう。

 戦闘中の人間は高度なことを考えられない。逃げる相手というのはどうしても追いかけたくなる。しかも集団で動かなくてはいけない。馬はみんな一斉に走っている状態だ、急に止まれない。第一回で「ドッジボールしながら計算ができない」と言ったとおりだ。
 戦闘の経験の浅さや、知識の不足、感情的な発露があった場合、この傾向はなおさらである。もしもDさんが深追いしないことを選べていた場合、戦闘はこれで終了する。

布陣図2_5

 Eさんたちが襲歩で通過するとすかさず、Aさんの虎の子、重装歩兵ファランクス隊が前方を塞いだ。
 
図面上はサラッと行っているが、20kgの装備を抱えて左右から素早く道を塞ぎ盾を構え槍を突き出す集団行動は、相当の練度である。日頃の訓練の賜であるし、日頃訓練しかしていなかったのが生きたようだ。慌てたDさんの先頭集団は射撃するが、頭の上までガチガチに盾で固めている歩兵隊は矢で突破できない。
 さらに全力疾走している馬は、急に止まれない。数頭が槍の中に突っ込み倒される。(このように兵士たちが密集したところからヤマアラシのごとく槍が突き出している様子を、槍衾やりぶすまというので覚えておくとお得だ。)

 そしてあらかじめ配置されていた、Aさん軍団の弓兵が雨あられと矢を浴びせた。Dさんチームもで応戦するが……
 矢は重力に引っ張られながら飛ぶ。
 上に向けて射撃すると、徐々に失速し、やがて落下する。対して、下に向かう矢は重力で加速する。

簡略図2_1

 (わかりやすくするために人を少なくしておいたが、概ねこんな感じ)
 戦いは、基本的に高いところにいるほうが有利である。

 また、弓騎兵と弓兵は、「能動的に動くかどうか」という大きな違いがある。
 弓騎兵のメリットは上に説明したとおりである。
 今回Aさんが配置した弓兵のメリットは、動かなくていい事自体だ。
 まず、矢筒を携行する必要がなくなる。地面に設置してしまえばいいからだ。射撃に使える矢の数自体が弓騎兵より格段に多い。
 そして、動き回る弓騎兵より照準が安定する。矢をつがえて発射するまでの時間も短い。

 図だと逃げられるような気がしてくるが、逃げられない。
 全速力で走っている馬はその場で旋回できない。
 走っている馬が方向転換には弧を描いてカーブするか、一度立ち止まるしかない。
 この場合どちらも不可能だった。カーブで旋回するには狭すぎるし、立ち止まれば矢の的である。
 しかも、狭い通路に殺到したせいで、一頭が点灯すると味方を巻き込んでしまう。大混乱である。

 Dさんには更に都合の悪いことに、最初に渓谷に入り込んだ集団が夢中でEさんの尻をおいかけてきたDさんチームの先頭集団は、後続と離れすぎてしまった。後ろの集団はまだ追いつかない。
 マラソン大会のように、走る集団の先頭が突出し、後ろの集団と距離ができてしまった。

簡略図2_2

 どんな状況でも、味方と離れてしまうのは、非常に危険だ。
 この場合最も重要な問題は、この状況では戦うのは一番前にいる人達だけということ。全体数ではDさんのほうが多くても、この状況では戦闘に参加している人数はAさんのほうが多い。これでは瞬間的にはただの小集団で、味方がいないのと同じである。
 後ろの集団が追いつく頃には、先頭集団はもう倒されてしまっている。
 このように敵を分断して人員を削り取ることを各個撃破という。

 また、この場合全員走っている状況なので、敵と自軍の後方に挟まれた味方の逃げ場がなくなる。後続集団の一番前はバタバタ倒れる味方を見て異変に気づいたが、ウマは急には止まれないし、更に後ろの人はもちろん止まらない。味方が味方を罠に押し込んでしまう。両サイドの崖と、味方の死体が邪魔すぎる。

 しかも、ウマは無防備だ。足並みが止まった馬はただの的である。
 「もののけ姫」でヤックルが矢の一撃で行動不能になったシーンは、多くの人が見たことがあるだろう。馬は一発もらって走れなくなったら、もう乗り物としては機能しない。

 通常、戦闘中に身動きが取れなくなった騎乗動物は、即座に見捨てられる。もう役に立たないから、侍たちもヤックルを狙ってこないのだ。
 タタリバフ有りとはいえ、アシタカさんはヤックルを見捨てずその場で戦闘している。宮崎駿監督は筋金入りのミリオタとしても名高いが、なればこその、アシタカさんのヤックルへの愛着の深さがわかるシーンである。

 馬が身動き取れなくなった騎兵は、下馬するしかない。
 下馬した弓騎兵はただの軽歩兵である。
 Aさんのガチガチに固めた重装歩兵とは試合にならない。

 敵が詰まり、重装歩兵が前進し始めたのを確認したAさんは、射撃を停止させた。
 ところで、Aさんの弓兵は矢筒を持たず、矢のストックを地面に置いている。つまり、矢筒を持たない分荷物は軽く、防具や近接武器を装備できる。重装歩兵とまではいかなくても、十分近接戦には強い。さあ切り替えだ。総員抜剣して突撃!
 味方が制圧していて安全なマップ左側から崖を降り、白兵戦による近接戦闘に移行する。
 大乱闘蛮族ブラザーズ。

布陣図2_6

 騎馬を倒す基本方針は「止めて飛び道具」。
 Aさんは地形を利用して弓騎兵の動きを止めることに成功した。
 一番うしろにいた足の遅かった騎馬が追いつき、ようやく異変に気づいた。
 どう見ても最悪の状況である。
 通路は馬の死体だらけで、重武装の敵が一方的に味方を切り刻んでいる。逃げようとする味方と正面衝突してしまう交通事故も発生した。
 一番うしろにいて、前方が大惨事になっているのに気づいた時、一体誰が戦場に飛び込むだろうか?
 
 味方に押し込まれなかった幸運を利用して、逃げることができる。

布陣図2_7

 と思っただろうか?
 逃げられない。
 Eさん隊が、地形を回り込んで後ろを塞ぎに来たからである。
 
馬も人間もパニック状態でほとんど抵抗できない。
 実は戦場の死者というのは、逃げているときに大発生する。
 生き物は追い詰められると、「戦うか、逃げるか」の判断を迫られる。これを直球でそのまま「戦うか逃げるか反応」と言う。つまり、人も人間である以上は、どっちかしかできないのである。逃げている人は殆ど戦えない。
 しかもEさん隊は弓騎兵なので、馬で逃げる相手を容赦なく追いかけて、射撃することができる。
 馬さえ転ばせれば、あとは味方の歩兵が始末してくれる。
 Eさん隊は、最初から回り込んで戻ってくるつもりだったのだ。このように後退するフリをして、相手を不利な状況に追い込む戦法を、偽装撤退と言う。追ってきた相手を分断したり、待ち伏せで罠に嵌めたりして逆襲する戦術である。高速で駆け抜けるのが得意な軽騎兵のお家芸だ。

 なぜ戦いで人を殺さなければいけないのか。
 生きて逃げた相手は戻ってくるからだ。

 ここに勝敗が決した。 

⑦何が勝敗を分けるのか 

 勝利の秘訣は、なんだろう?
 腐女子的には、まず新参者のEさんがAさん軍団と完璧に連携できたことだろうか。
 特に、Aさんの弓兵が騎兵の速度に合わせて射撃を行ったのは見事な練度である。味方を誤射してはいけないし、避けれられてもお話にならない。
 また、AさんとEさんが互いに作戦を実行できた程度の信用を築けていたことも外せない。信用させたAさんの手腕も恐ろしいが、信じたEさんの度胸も大したものである。
 Eさんが寝返った場合、Aさんの伏兵は位置を知られて逆に不意打ちされる。経過だけ見ていくと簡単に見えるが、偽装撤退は失敗すると悲惨である。
 Aさんが裏切った場合は、Eさんは逃げ切るか殺されるかするまで追いかけられ続ける。逃げ切ったとして、どこにも行き場はない。冬に皆飢えて死ぬだろう。
 また、Eさんから見ると、Aさんの「これを機会に有力な相手を潰しておきたい」という思考までは読めない。Eさんを切っても、Aさんに不利益はなさそうに見える。
 一体何が信じさせたのだろうか。今までの戦歴だろうか、巧みな弁論術だろうか。彼の無慈悲で徹底的な判断に裏付けられた信頼、なるものがあるだろうか。あるいは、側にいると肌身に感じる、Aさんと部下のCさんや兵士たちとの信頼関係だろうか。興奮してきた。

 もう一つは、Aさんの用意周到さである。
 彼は何もせずに待っている間、弓騎兵の挙動を遠巻きに観察して、分析していた。弓騎兵の挙動を潰せるよう、兵士を訓練していた。
 そして最適なときに「社会」の混乱を招き、最適な地形で戦闘が起こるよう、自分が有利な場所が戦場になるように、Dさんたちを誘い出した。
 恐ろしい冷徹さである。村長は、平和な期間に戦争に備え続けていたのだった。

 逆にDさんの敗因は、まずAさんとは対象的に、相手の戦力を適切に把握していなかったこと。事前にAさんの戦力や戦歴を調査して、適切に把握していれば、どこかで重装歩兵が出てくるのは明らかだった。重装歩兵は飛び道具に対して有効打がないので、弓騎兵で相手する場合はとにかく、槍に触れてしまう距離で接触してはいけない。事前に知っていれば対処できた。二人を比べると、諜報や偵察の重要性がよく理解できると思う。

 次に、陽動に引っかかったこと。
 これが最も選択が難しいポイントである。釣りに引っかかったからと言って、冷静に俯瞰できる状況の我々から責められたことではない。
 勝てそうと思うと人は勝利を急いでしまう。ゲーマーなら、誰しもあと1ドットのゲージや、あと1ポイントのHPが削りきれずに負けたことがあるだろう。
 怒りや憎しみ、焦り、そして事前の準備のなさ、そういったことが、Dさんの判断を誤らせた。
 陽動に気づくポイントはたくさんあった。不利なはずなのに挑発行為をするEさんや、なぜかAさん軍団の姿が見えない事自体、などだ。
 そして何より、地獄の入口のように口を開いている渓谷である。渓谷は恐ろしい。戦場としての渓谷は、生命を飲み込む奈落である。Dさんがその地形に気づく冷静さがあれば、結果は違っていたかもしれない。

 単にDさんが弱かった、と言い切れない部分を、社会的背景の見方を変えて表現することもできる。
 戦術は戦争によって発達する。Aさんの経験値が、それまでに彼が奪い取った生命で成っていることは紛れもない事実である。
 反対に、Dさんたちが通常は相対的に「平和な」人々で、それゆえに戦闘の経験値が低かった、と考えることもできる。
 DさんはEさんを追放刑にすることで、積極的な処刑による殺人を回避した。Aさんだったら処刑を躊躇せず、迷わず首を刎ねていたように思われる。
 人は、立場によって考え方が変わるのである。
 こういった苦悩が、エッチなBLのよきエッセンスになると思う。

 さてこの状況、Dさんが生き残るのは非常に難しいだろう。
 もし怪我で動けなくなっただけで生き残ったとして、Aさんが生かしておくはずはない。Aさんは、捕虜の首に一刀を振り下ろすのに躊躇しない人間である。
 そうでなければ、Eさんがその役を務めるかもしれない。けじめとして。
 あるいは、もしAさんがEさんの貢献の報酬として、捕虜の命を自由にする権利を与えたら、「Run away and never return.」をやり返したりするかもしれない。
 腐女子のみんなはどうなると思う?
 戦闘の結末を、好きに考えてみよう。

⑧、そして戦いのあと――どうして騎兵はエッチなのか

 大勝利である。

 わずかに数騎生き残った相手は、命からがら逃げていった。対して、Aさんの戦力にはほとんど消耗がない。ここまで圧倒的な差で勝利したらやることは一つしか無い。
 追撃である。

 逃げていった敵というのは、戻ってくると厄介だ。そう、また来られると困るのである。
 今の所Dさんたちの仲間は他に見当たらないが、やってこないとは限らない。Aさんはこの短い期間にFさんたちを叩きのめしておきたかった。そう、最初に隣村に逆襲したように。潰せる相手は可能な限り徹底的に潰すに限る。
 数日のうちにAさんたちは来訪者たちの拠点を襲撃した。戦力が激減した拠点は、ほぼ無抵抗だった。Aさん御一行は更地になるまで好き放題物品を持ち去り、残っていた人々を連れ去った。連れ去られた人々の運命がどうなるのかは、前編の記事のとおりである。

 Aさん一行は大量の戦利品とともに凱旋したので、新参者となったEさん一行は英雄的な戦いぶりでAさん村から大歓迎を受けた。彼らに土地を与えることに反対するものはいない。Eさんの引っ越しも大成功となった。

 表面上は歓迎に感謝しながらも、Eさんの内心は複雑だった。自分を殺そうとしたとは言え、ともに育ったはずのかつての仲間を殲滅してしまった。
 彼とて伝統的な報復を叫ぶ感情が、わからないわけではなかったのだ。さりとて、自分を追放した人々への憎しみも当然あった。そして、生きていくために戦った。自分が間違ったと思っているわけではない。極限状況の中Eさんについてきた仲間は、Eさんに感謝し、心底嬉しそうにしている。彼らは人生と誇りを取り戻したのだ。

 だが、人の心はアンビバレントだ。心は矛盾する。否定と肯定は表裏一体、誰もが抱える二律背反を、Eさんも持っていた。ただそれが、二度と取り返しがつかないことになった。
 自分が直接手を下したわけではない。彼はただ生きていくために、新しい味方の元へ走っただけだ。命令を下したのはAさんだ。奪われた馬や羊は数倍になって戻ってきたし、新しい暮らしを始める覚悟もある。だが、これは同時に、二度と戻ってこない失われる文化や風習もあることを意味する。
 人の心には、ときに勝利や正しさで上書きできない傷が残る。Eさんが今までの人生を預けてきた草原は、なくなってしまった。新しい土地は柵に囲まれ、美しい木々が生え、畑が広がっている。土地には綿密な境界が敷かれ、人々は引っ越すことはほとんどなく、馬たちは厩舎に繋がれながら生きていく。繋がれても、生きていく。

 さて、Aさんの軍団は、隣に先駆けて騎兵を生産することが可能になった。大きなアドバンテージである。
 だが馬はタダではない。この馬という生き物は、とてつもなく維持費がかかる。ご飯はたくさん食べるしうんこはするし、お散歩もさせなければいけない。そう、馬はお散歩しなければ死んでしまう。

 とにかく、馬は維持コストが高いのだ。今の競走馬がものすごい値段なのもそういうことである。遊牧生活では馬を連れて草の有るところに移動すればいいが、定住して土地を守るならそうはいかない。人間の食料と一緒に、馬の食料も生産しなければいけない。
 Aさんは考えた。
 このあと、馬という優れた生き物は、すぐに広まるだろう。便利すぎるのだ。自分の領地の利便性のために普及させれば、かつてあっという間に交易網が広がったときのように、いずれ他の村にも流出する。
 馬を手に入れたら、馬との戦いに備えなくてはいけない。
 これからは敵も騎乗してくるかもしれない以上、なおのこと手放すわけには行かない。 

 馬の管理コストは、こうした必要性の前に重く立ちはだかる。
 そんなAさんの悩みを他所に、人々は初めて間近に見る馬に興味津々だった。本来馬は戦いの道具ではないはずなのだ。ピンとたった耳、長いまつげ、柔らかい鼻先。賢く温厚で、人間の心情を感じ取ることができ、犬猫のように人と一緒に暮らしていくのにふさわしい思いやりと愛嬌を持った、すぐれたコンパニオンアニマル、美しい生物なのである。
 兵士の一人は、馬の背中に椅子と足場をくくりつければ、誰でも乗れるのではないかと主張している。
 言われてみれば、自分たちの内側からも、騎乗者を出すというのは、いい発想かもしれない。
 馬に乗る人に、馬の管理も任せられないだろうか。訓練費用の回収から騎兵として出撃するまで、一括して預ける。
 何が言いたいかというと、Eさん以外にも、一部の職業軍人に土地を与えて定住させ、あわよくばその土地の収入で、騎兵になってもらってはどうだろうか

このタイミングで、最初の疑問を思い出してみよう。

――腰回りバキバキのエッチなボディの騎兵は、どうして社会的にもエッチなのか? 

そう、高価だから。

 今回はエッチな騎兵の謎を解き明かすべく、原初の騎兵・遊牧民が定住するまでのフィクションをお送りした。
 彼らが定住したこの世界には、きっと今後、みんながイメージするステレオタイプな騎兵が生まれてくるだろう。
 すなわち、土地から捻出される高額な訓練費で馬を用い、武装し、高度な戦闘する人々が誕生するのである。

 この「土地の収入で軍役をしてもらう」という発想も、のちに世界中に広まることになる。西洋の騎士や、日本の武士の御恩と奉公、ストラディオット、シパーヒー、枚挙に暇がないが、土地からはエッチなエリート戦士がたくさん生まれてきた。
「土地の収入で戦う男に、場所や社会に合わせた様々なバリエーションが生まれた」、そのことだけでも知っておくのはエッチなBL的に有意義だと思う。
 無論そういった人々が必ずしも馬に乗るわけではないのだが、馬は強いし、騎乗すると視点が高くなるし、財産として誇示できるので、結果的に馬に乗る割合は高い。そして土地がなければ馬が維持できない。土地は大事、税も兵士もマナも出る。アップキープ、アンタップ!
 もちろんフィクション上は、財政が賄えればなんでもいいので、土地でなくても構わない。人々が奪い合いたくなるような特殊な資源を発生させてもいい。

 土地の制度にこそ、バリエーションはとても多い。世界に散らばる土地の制度は、そのまま二者の関係性としてもエッチなBLに転用できる。
 例えば、土地は世襲されることもあったし、一代限りの任命であることもあった。土地自体は一人に委託されることもあったし、集団に委託されることもあった。傭兵が”税金”なるものを巻き上げることすら合ったのだ。
 土地をくれた相手に文字通り絶対的な忠誠を保つ場合もあったし、現代の上司と部下よろしく金の切れ目が縁の切れ目になるドライな関係のこともあった。主従関係が嫌いな腐女子なんていません!(異論は認める)
 関係の保証は、立会人だったり、神々への宣誓であったり、文章への署名だったりもした。
 お互い微妙なバランスで建前を保つこともあったし、あるいは反乱が成功することもあった。(ちなみにナントカの変は成功したやつで、ナントカの乱は失敗したやつである)
 実にエッチなBL的ではないだろうか?
 こういった関係についても、おいおい触れていきたい。

 土地は、有史以前から人類に繁栄と係争をもたらしてきた。
 設定に凝らなくても、土地さえあれば、人と人の争いをエッチなBLとして描ける!(ビッグマウス)こんな記事をここまでわざわざ見てくれている人は、殺し合いするカプ、すきですよね?(異論は認める)
 土地を巡る争いと一緒に、文化の衝突も連れてくることができる。
 たとえば、絶対的な主従関係で編成された軍団と、官僚的なドライな関係の軍団がマッチアップすることもあるわけだ。
 両者は全く違う価値観を持っている。強固な忠誠のしきたりを持つ人々から見れば相手は恩知らずな集団だし、人ではなく秩序に従う人々から見れば個人間の結束に依存する集団は非合理的だ。
 このように、土地に端を発して、異文化や異文明と折衝するエッチなBLをクリエイトできる。もちろん、共同体の内側同士で幼馴染カプ的エッチなBLがあってもいい。

 今後彼らはどう発展していくのだろうか?ナイトやシュヴァリエ、リッターが生まれるだろうか?
 この世界の様子と一緒に、エッチな騎兵やエッチな歩兵など、エッチな社会科の魅力を伝えていきたい。

 ……この世界のどこかには、まだ遊牧民たちがいる。彼らは今も馬や羊を連れ、草原で暮らしている。彼らは定住したAさんとは、違った騎兵を育むかもしれない。いつか、出会う日が来るだろう。

⑥、世界はエッチなBLの前に開けている

 前回に続き、私自身が勉強中のために、表面上をサラっとなぞっていった。太字にした単語はググればなんらかの情報が出ると思うので、興味のある人はググってみてほしい。
 読んでくれた方ありがとう、そしてお疲れさまです。物足りない方、申し訳ない。3万字までは数えていたが、上下分割したらよくわからなくなってしまった。

 一番大事なことは、そう、エッチなBLをどうひねり出すかである。
 今回登場人物が大幅に増えたので、掛け算の幅も増えたと思う。
 ぜひ様々に考えてみてほしい。

 ……Aさん村が戦勝に浮かれていたのを、しばらくのちに知ったFさんは渋い顔になった。来訪者たちと揉め、襲撃に備えて、防備を強化していたFさんである。
 状況が良いとは言い難い。敵対者はいなくなったが、近隣の最悪なライバルが、騎馬を備えてしまった。
 だが、Fさんも、彼の村人も、Aさんの脅迫的な態度に従う気はなかった。彼らにもこれまでやってきた矜持や、守るべき利益がある。
 Fさん村が今までのAさんの対戦相手と違うのは、Aさんと同じく戦術を駆使してくることだ。相手の行動を想像し、それに対処策を放ってくる。Fさんは、Aさんが情報処理に優れていることにはもう気づいている。すぐに真似してくるだろう。
 そんなFさん村だからこそ、来訪者とにらみ合いになった後、ただ様子見をしていたわけではない。Aさんがバトっている間に、Fさん村が馬を想定してせっせと積み上げてきたもの。それはこの時代において人間が設営しうる最大の障害物、人工的な地形とも言うべき巨大な建造物。
 城壁である。


次回!「Fさん家包囲する。」(仮) Casus Belliスタンバイ!



おまけ・戦争と社会を感じられるコンテンツ

エイジオブエンパイア2 (ゲーム)

 腐女子は何にでも湧くと言いますが、エイジ・オブ・エンパイア2にも腐女子はいます。

エイジオブ誤爆

 古き良き長寿のリアルタイムストラテジー。2ということは、無印と3もある。最近4が出た。買ってね❤
 このゲーム、面白いのだが、べらぼうに難しく、初心者が参入しづらいのがたまに傷である。筆者も一応DEまで400時間ほどやったが、死ぬほど弱い。(弱いので死ぬ)最近はクリックミスで「斥候が猪死」する大事故を起こした。カジュアルな遊び方もなんとか模索してみたいものだ。
 なにがエッチなのかというと、ゲーム一本に世界の軍事史のエッチなところが圧縮されているところである。すなわち、本来接触がなかったはずの文明同士が、大まかに歴史区分の一致で一堂に会するため、”世界の中世”を生きた人々を自由にカップリングできる。例えば日本とアステカのカプみたいな破天荒なことも可能。
 その上、シナリオメーカーも付属しているので、情熱があればエッチなBLシナリオも捏造できる。
 このゲームは各国文明からユニークユニットというエッチなエリート兵科が排出できるようになっており、これがまたとても高額なのだが、ときに勝敗を分けるほど強く、エッチ。だいたいどれもエッチだが、一番エッチなのはカタフラクト。(異論は認める)(よく名前を間違えられているが、Cata-phractである)
 地味に好きなのが城に駐留できるところと、破城槌に乗り込めるところ。中でエッチなことをしていると思う。

遥かなる戦場 (映画)
 イギリスが本気出して作ったイギリス風刺映画。
 見所は、愚かな人類。
 この映画は実際の戦いを元にしており、舐めプから軍隊が大損害を被るまでの経過をご覧いただける。実写の間に挟まるプロパガンダアニメと、吹けば飛ぶ人命の対比は凄まじく、「英国の悪口が一番うまいのは英国人」を地でやっている。
 戦闘描写にも気合が入っており、伝令の重要性や、砲が騎兵ににどれほど強いかが視覚的にわかる。
 戦争映画あるあるだが、例にもれず感情移入させたキャラクターへの胸糞エンドに全ステータスを振り切っているタイプの映画。人によっては視聴後の気持ちが最悪になるので注意。

ジャドヴィル包囲戦 (映画)
 1961年、旧カタンガ共和国(現コンゴ)へ国連に平和維持軍として派遣されたアイルランド軍の映画。
 戦争映画というより「国際情勢映画」である。
 生命の危機に晒される前線の兵士たちが、巨大すぎる背後の政治に振り回される様子が描かれる。
 近現代音痴なので戦闘描写がどの程度正確なのか判断できないが、味方のはずの背後に翻弄される最前線の様子はとても伝わりやすかったと思う。「アイルランド人 VS フランス人、メンチの切りあい一本勝負」の珍しいシーンも見られるのもよかった。
 また、ゲーム・オブ・スローンズで私が大好きなルース・ボルトンを演じたマイケル・マケルハットンが、政治的な立ち回りを演じてくれるのがとても嬉しい。マイケル・マケルハットンが政治的な動向をしていると健康にいい。しかも軍服だ。脳に効く。健康にいい。大事なことなので二回言いました。みんなもネットフリックスに貢いで健康になろう!
 


参考文献

書籍
戦闘技術の歴史1 (S.アングリム他、創元社、2008)
戦闘技術の歴史2 (S.アングリム他、創元社、2009)
権力と支配 (マックス・ウェーバー、濱嶋朗訳、講談社、2012)
興亡の世界史 スキタイと匈奴 遊牧の文明 (林俊雄、講談社、2017)
馬の世界史 (木村凌二、中央公論新社、2013)
交易の世界史 上 (ウィリアム バーンスタイン、筑摩書房、2019)
外交 多文明時代の対話と交渉 (細谷雄一、有斐閣、2007)
外交談判法 (カリエール、岩波書店、1978)
贈与論 (マルセル・モース、筑摩書房、2009)
沈黙交易 ――異文化接触の原初的メカニズム序説―― (P・J・H・グリフィン、ハーベスト社、1997)
交易する人間(ホモ・コムニカンス) 贈与と交換の人間学 (今村 仁司、講談社、2016)

論文
攻撃行動に対する幼児の善悪判断の発達的変化 (越中康治、広島大学大学院教育学研究科紀要、第三部55号、2006)


Wikipedia、他

Special thanks・DMMブックス七割引チケット & サブカルに馬の文脈を大拡散してくれた某ゲーム

おまけ・2

 有料記事を書いてはどうか、とアドバイスを頂いたが、自分の文章のどのへんに金銭価値が発生するのか、自分では全くわからなかった……
 なので有料部分に明日役に立たない腐女子の与太話雑談)をのっけておく。この下には有用な話はなく、単に掛け算脳の発露に思われるので、これまでの記事を気に入った方にお布施代わりに購入していただけると、私の蔵書が増える。

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