西川はるえ@TextileCOCOON

染織家 | http://textile-cocoon.com/ 📍横須賀 | Ne…

西川はるえ@TextileCOCOON

染織家 | http://textile-cocoon.com/ 📍横須賀 | Nepal

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人類は機織りをやめないと思うのよ当分は

なぜこの(染織・機織り)仕事をしているの?とよく聞かれます。 多くの方は、西川個人の人生に起きた、この道に入ることになった具体的なきっかけや、転機を聞いてくださっているのだろうと思います。これから書くことはその直接的な答えにはなっていませんが、西川が何を考えて仕事をしているのかは少しわかっていただける...かも? なぜ西川はこの染織の仕事、しかも手で織る仕事をしているのか? それは、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が交わることで出来る織物の構造の中に果てしなく広い世界

    • 元旦の夜 やんばるからの電話

      元旦の夜。一昨年、やんばる同窓会を立ち上げたことで再会を果たすことが叶った、芭蕉布時代の先輩(沖縄出身在住、今も芭蕉布を個人で作っていらっしゃる)からお電話をいただいた。 楽しくてついつい長電話になってしまったのだが、ちょうど20年前に工房を辞めた頃にはこんな風に先輩と笑って語り合う日が来るなんて思いもよらなかった。当時の先輩の年齢と今の私の年齢がほぼ同じと思うと、つい遠い目になってしまう。 戦後の喜如嘉の芭蕉布について、現存する文献資料は平良敏子先生と平良家の視点からの

      • 2022年今年は独立20周年だったんですそういえば

        2022年は芭蕉布の仕事を辞め、自分一人で染織で食べていくぞおお!!と独立して20年の節目の年でした。思えば当時自分は沖縄住まいの32歳で息子3歳の母子家庭。何の勝算もありませんでしたがなんだか勢いだけはございました。20年先のことなど何も考えていなかったというか考えるということを考える能力も想像力もなかったというか…..ここまで生きてこられたことはただただラッキーだった、、振り返れば冷や汗。 そんな運任せの20年。今年も記念的イベントは特に何も企画しないまま通常運転の西川

        • 最初の月命日に

          恩師である平良敏子先生が2022年9月13日に永眠されました。享年百一。 今日は10月13日、最初の月命日になりました。 実は今月10月30日に喜如嘉で先生を囲んで内々に同窓会を開こうと沖縄在住の先輩と後輩が動いていたところでした。ほんのちょっと間にあいませんでした。でも先生がひと月早くに同窓会を開いてくださいました…ずっと会いたかった先輩、後輩、お世話になったおばさんたちと再会できました。現地に滞在出来たのは3時間ほど。後ろ髪を引かれる思いでやんばるを後にしました。 「

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        人類は機織りをやめないと思うのよ当分は

          やんばる同窓会@日本の夏じたく2022

          2022年5月21日(土)22日(日)横浜三溪園での「日本の夏じたく」展に出展します。 今回はCOCOON 西川はるえ個人ではなく、「やんばる同窓会」という芭蕉布後継者育成生時代にお世話になった、尊敬する先輩のお姉様方や一緒に働いていた仲間達、総勢10名のグループでのはじめての参加です。(大所帯での参加を快く受け入れてくださった夏じたく展事務局のみなさんに大感謝なのです! 「やんばる同窓会」のHPやインスタグラムではメンバーの紹介や、5月22日に開催するお話会のご案内をご

          やんばる同窓会@日本の夏じたく2022

          Keep a distance from "民藝論"

          東京国立近代美術館「柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年」展が終了してから大分日が経ってしまいました。展示会に行く前後に書き散らかして放置していた文章を、少し推敲して公開します。(展示会へ行った直後の感想はこちら。) *** 国立近代美術館での「民藝の100年」展に行く前に、20代の頃読んだ「工藝の道」を改めて読みました。 「工藝の道」を読み、民藝の100年展を見て、私、西川の個人的な結論めいたものを言うならば…【『民藝論』は「見立て側」の人達、プロデューサー、販売側

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          「桐板 トンビャン」は本当に幻なのか?

          「かつて琉球には桐板(トンビャン)という白く輝く美しい布があった」。 沖縄の芭蕉布工房で働いていた時に初めて聞いた「トンビャン」という不思議な響きの言葉。日本民藝館でガラス越しに見た桐板の藍型(エーガタ 藍染の紅型)はその地の白さと藍の発色、光沢が美しく心に残るものでした。竜舌蘭から取った繊維と言われている..でも材料が何の繊維か分からない、今は誰も作れない「幻の布」。 昨年2020年10月にNHK沖縄で、12月にNHK BS1にて「幻の布 桐板を求めて〜琉球染織紀行」と

          「桐板 トンビャン」は本当に幻なのか?

          人工股関節になりました!

          昨年2020年12月の右股関節手術に続き、先週左股関節の手術を受け無事退院しました。 2021年7月25日入院、翌26日手術、27日には自力でトイレ&リハビリ開始、術後5日の7月31日に退院という、全身麻酔の大手術ながらも1週間のスピード手術入院でした(前回も全く同じ)。受けた手術は「MIS人工股関節置換術」。 自分の両股関節は今、チタン合金、コバルトクローム合金、超高分子量ポリエチレン、セラミックなどで出来た人工股関節です!🤖 手術を受けたのは2004年に国内初の人工関

          人工股関節になりました!

          フィジカル作品製作者によるブロックチェーン等々について覚え書き・その1(きもの業界は電子証書を導入できる?)

          以下、西川個人が収集した、限られた情報からの個人的見解です。間違い等ありましたらコメントで教えて頂けると嬉しいです。 Facebookやtwitterで3月上旬から、ブロックチェーン、DeFi、NFT...等々、染織を生業として生きている自分の立場から書き散らしていたものを一度時系列で並べてみることにした。自身の認識や考え方の変遷、世の中の変化...後から見返したらどう思うのかなー。 私が「NFT」という言葉をはじめて入力したのは2021年3月9日。クラブハウスでとにかく

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          七緒 x 襷 YouTubeライブ「数寄屋袋」の小宇宙

          2020/11/13、きもの雑誌「七緒」さんによるYouTubeライブ 「数寄屋袋」の小宇宙 に作り手の一人として西川も自宅から登場しました。 ライターの田中敦子さん、七緒の鈴木編集長のナビゲーションのおかげで、 何かと脱線しがちな西川も大きく踏み外すことなく無事終了できた..と思います(多分)。 YouTubeでいつでもご覧いただけます! 新啓さん、濱野太郎さんに続き、西川は55分頃から登場いたします! 3組それぞれの仕事の様子、ぜひご覧ください。

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          どうして沖縄へ?と聞かれたから (2004年6月 記)

          先日、NHK Eテレ日曜美術館「琉球の風を纏う 喜如嘉の芭蕉布」に便乗して、と一つ回想記事を書きましたが(「ある日の芭蕉布工房にて」)、番組の内容についての直接の感想は書いていませんでした。 かつて「本土から来た伝承生として働いていた自分」はあの番組を見て改めて色々と思うところもありました。それについてはおいおい書けたら..と思ってますが、今回は16年前の2004年・・・芭蕉布工房を辞め、自分でイラクサと大麻の糸を使った仕事をはじめて2年弱の頃。当時はまだ沖縄在住・・・に書い

          どうして沖縄へ?と聞かれたから (2004年6月 記)

          カテゴライズ嫌いの根源 (2019年3月 記)

          私、西川は主に手紡ぎのイラクサと大麻の糸を染めて織り、着物の帯を中心に制作することを仕事としている。 このようないわゆる原始的な素材を使った織物の仕事をしていると(特に着物の世界で)「自然布」「原始布」「xx織」などとカテゴライズし、定義付けし、時には権威付けをし、価値を高めることで安心する人が、作る側にも売る側にも、そしてなにより使い手であるお客様にも沢山いる、ということを何度も思い知ることになる。確かにビジネスとしてはそれが解りやすい、ある意味親切な道なのだ。 しかし

          カテゴライズ嫌いの根源 (2019年3月 記)

          ある日の芭蕉布工房にて

          2020年3月1日に放送された、Eテレ日曜美術館の「琉球の風を纏(まと)う 喜如嘉の芭蕉布」に便乗して(スミマセン)、自分が芭蕉布工房で働いていた頃(1997〜2002年)のことを少し。 自分が借りていた家の前の少し傾きかけたような小さな家に、Mさんというおばさんが住んでいた。小柄で無口でがっしりとした手のおばさん。時々野菜をもらったこともあったけれど、挨拶くらいでゆっくり話をしたことはなかった。 Mさんも自分で芭蕉を倒し、灰汁で炊いて苧(ウー)引きをし、糸を績(う)んで

          ある日の芭蕉布工房にて

          道具の選択 (2007年5月 記)

          東ネパールの山間部 ダッカと呼ばれる伝統的な綴織の盛んな テルハチュンの村にて。 機にかかっているのは ネパール男性がかぶるトピと呼ばれる帽子用の布 ネパールやインドで見た機や道具は シンプルなものが本当に多かった 材料は近隣で採れる木や竹を使っているのだろう シンプルな道具ほど 使う人の技量と工夫が必要で それから 人手がいることが多い どんな仕事もそうだろうけれど 織りの仕事も基本的には共同作業だ。 限られた道具で、工夫し、 足りないところは共同で助け合いながら作業

          道具の選択 (2007年5月 記)

          ある種は (2008年7月 記)

          ある種は芽を出し ある種は種のまま朽ち あるものは根を葉を伸ばし あるものは成長することなく 枯れて落ちる 時がくれば 蕾は花となり いつか種をつけるだろう そこにはどんな宣言も後悔もなく 怒りや哀しみもない ただ人間だけが そこに時間を持ち込み 哀しみ、苦しみを見い出すだけ *** 2008.7.8 記 30代の西川の写真と文。

          ある種は (2008年7月 記)

          阿波藍のはなし -藍を通して見る日本史-

          阿波藍、阿波国を通じて、日本の歴史を紐解き、またご自身、藍染めの作家としても活躍されてきた森くみ子さん。20代で構想が出来たと仰っていましたが、それから40年。集大成として「阿波藍のはなし-藍を通して見る日本史」という一冊の本に纏め、自費出版されました。 この数年、藍染、Indigoはブームといって良い状況のように思います。東京オリンピックのエンブレムの影響もあるのでしょうか。一時よりは落ち着いたように見えるものの海外でのBORO(襤褸)の人気は高く、そして多くの襤褸は藍染

          阿波藍のはなし -藍を通して見る日本史-