真理は結局どスピリチュアル

ども、癒しのよろず屋とくさんです!

noteの初記事となります!

僕は指圧治療の際に、メンタルが身体に及ぼす影響を嫌という程経験し、身体だけではアプローチし切れないと分かり、心理カウンセリングの世界に入りました。

もともと真理探究をしていたのですが、そこからさらに拍車がかかりまして、心理と真理の深いつながりから、悟りってなんだろうか?真理ってなんだろうか?と問い続けていました。

ここ最近でわかったことは、結局真理はどスピリチュアルな世界観なんだなと(笑)

そして、様々な覚者さんがおっしゃることにも違いがある意味がよくわかったし、現代でもたくさんの方がご自身の悟り体験や悟りのお話を語られている、その主張の違いにも今では頷けるんです。

なぜ主張ややり方に違いがあるかと言えば、結局人により生きてきたバックボーンから、もともと持っているもの(性質)、生まれる前から持ち越してきたもの(性質)などが違うので、もうしゃーないんです。

それを杓子定規に自分を当てはめてみても、自分に合えば良いけれど、そうでなければ迷っちゃいますよね?

と言うことで、昨日は花まつりという事もありますし←

今回はお釈迦様の悟りの階梯に関して、個人的な見解をシェアしたいと思います。

今後は、有料noteで公にブログではかけないような事なども書いていく予定ですが今回は無料で〜す!

四向四果

僕のホームページに書いた記事に追記したものになりますので、ちょっとかぶりますよん。

四向四果とは、仏教で言うところの、悟りの4階梯のお話です。

預流向 (よるこう)

預流果(よるか)

三結(有身見・疑・戒禁取)が絶たれている。

最大7回、欲界と天界を輪廻する

一来向(いちらいこう)

一来果(いちらいか)

三毒(貪・瞋・癡)が薄まっている。

一度だけ人として輪廻する

不還向(ふげんこう)

不還果(ふげんか)

五下分結(三結+貪・瞋)が絶たれている。

欲界には再び還らない

阿羅漢向(あらかんこう)

阿羅漢果(あらかんか)

五上分結(色貪・無色貪・慢・掉挙・無明)が絶たれている。

三界には戻らず、輪廻から解放

ウィキペディアから引用させて頂きましたが、一般的には以上のような感じです。

向と言うのはその前段階みたいなもので、果というのがなった人のことです。

ブッダの状態は阿羅漢果で完全な悟りの状態と言われてます。

一般的な悟りの一瞥体験は人によるのですが、大抵は預流果と思われます。

でも〜

生まれ変わりとかなんとか言われてもピンとこないし〜

果てしないな〜って思うし〜

文章も言葉もいまいちよくわからないし〜

なんのこっちゃですよね(苦笑)

さて、それでは以下に僕の理解する悟りの階梯であり、心のお師匠さんの受け売り混じりに書いていこうと思っています。

僕はもうちょっと分かりやすく、癒しとしての在り方として理解しています。

そして、癒しのあり方と付随するような、その心の状態と言えば良いのかな?そんな感じです。

その悟りの4階梯を作るとすると、以下のようなニュアンスになります。

あくまで僕の理解ですので、腑に落ちれば参考にしてくださいね。

腑に落ちない方はまた別の腑に落ちかたがあると思うので、スルーしましょうね(笑)

預流果

癒しで考えると、預流果とは、この世界において、自分自身が認識出来るレベルの苦悩や執着、自我からの癒しや解放ですね。

ですから、カウンセリングや内観、瞑想などのワークでも、このレベルは癒す事ができるし、何かのきっかけで一瞥体験をしたり、気づきの意識に寄り添うこととか、自分がいないという事が腑に落ちているような状態になる感じですね。

あとは、究極の苦しみを味わった方や、肉体をいじめまくっても(苦行)、この段階が理解できる方もいらっしゃいます。

心の状態でいうと、足りないと思っていたことなど何もなくなり、何かを探求する必要なんてないと腑に落ちるし、生きてることそのものがスゴいことなんだと分かってくるような状態になります。
ただ、この段階だと常に気づきの意識に寄り添う感覚とかが必要だし、日常生活でも感情が動く事が度々起こってくるので、この至福感がなくなったらどうしようとか、不安からこの状態にしがみつく感覚がまだあるので、まだまだ苦悩という感覚は残っています。

この状態でスッキリした〜って方は、本当に運が良いというか、ある意味で特別な人かもしれません。

また、この状態がわかっても、それを求めてしまう事をすると、ぐるぐる回って苦しくなります。

大抵のワークとか教えは、預流果のことを言ってると僕は感じてます。

一来果

一来果では、この世界において、自分自身では認識できない苦悩や執着、自我からの癒しや解放になります。

このレベルの苦悩や執着を色濃く持っている方は、カウンセリングを続けても度々同じような苦悩を感じる方に多いですし、自分が自分の中に複数いるような感覚を持っている方に多いなと感じます。

自分のエネルギーレベルが低くなってしまっている方も多くいらっしゃいますし、何が原因でこの苦悩や執着が生まれているのかが、皆目見当もつかないなんて方がほとんどですね。

このレベルの苦悩や執着、自我からの解放を、前世療法やインナーチャイルドの癒しなどで解決しようと試みる方も多くいらっしゃいますが、このレベルはとても深いので、既存のこの世のワークでは難しいと思っています。

なので、このエネルギーレベルの方に癒していただくとか、そういった指導者のもとで、瞑想や内観を行うなどしていかないと、自分自身のエネルギーレベルの引き上げも、そのレベルの苦悩にフォーカスして癒す事もできないと思っています。

もっと言えば、魂とか細胞や遺伝子レベルに刻み込まれた、不調和を生み出す因子のようなものが、癒しても癒しても、また不調和を生み出すような現象を起こしているので、そこから癒す事ができなければ、堂々巡りになってしまうんですよね。

だから、ある意味では、一人で悟れる人って特別なんですよね。

心の状態で言うなら、この地で生きてることに迷いがない状態です。

預流果の感覚がもう当たり前になり、しがみつく感覚も失う恐れもなく、自分の領域が広がっていく感じです。

この領域はとっても細かいエネルギー領域なので、肉体や感情や思考では見つけられないエネルギーレベルの自分を癒すと言うのが、一来果での癒しであり、そこまで自分自身が癒されてくると、こういった心の状態になってくることかなと僕は理解しています。

不還果

不還果では、この世界やこの世のもの以外からの、自分自身では認識できない苦悩や執着、自我からの癒しや解放になります。

なんのこっちゃ?ですが(笑)

要は、自分がこの世でやることに対して、外部から不調和を生み出す因子のようなものですね。

この地球上に生まれる前、もっと外の世界からの悪影響をひっつけてしまってきてしまったようなニュアンスでしょうか?

もうここまでくると、なんなのか理解出来ないけど、苦しいとか、執着してしまうというレベルです。

自分自身は癒されているのに、どこか自分ではないものに影響されているこの感覚は、霊障だと判断したり、呪いや生き霊だとか、そういった方にフォーカスして癒しを求めてしまう方も多いのではと思っています。

これもまた、このエネルギーレベルを癒すことの出来る人や指導者に着くことが最善かなと思います。

心の状態としては、自分は見える存在であり、見えない存在でもあると分かってくる。
もうこの地球での執着心も薄くなり、とても静かである状態。

自分自身の今世で作ったものや、過去世やその外的要因まで癒すことが出来きると、あとは本来の今世での自分自身の癒しが残されているのみです。

阿羅漢果

阿羅漢果は、この世界において、自分自身が認識出来るレベル、この世界において、自分自身では認識できない部分、この世界やこの世のもの以外から、自分自身では認識できない全ての苦悩や執着、自我からの癒しと解放の後に、最後に残った本当の自分自身の存在としての癒しであり、本当の自分になる、『ただ在る』という状態です。

説明はもう無理ですけど、本当の自分自身になるというのは、突き詰めるとここまでの癒しが必要なんだな〜と思っています。

心の状態としては、喜びが勝手に内からわいてきて何やってても集中できて楽しい状態ですね。

本当の自分自身で在ること。

どこかに、『私は○○』とか『私が〇〇』と言う想いというか、執着のようなもの、要は自我ですね、そう言ったものが少しでも残っていると気づけないレベルだと思っています。

本当のサレンダーっていうのは、自分に出来ることなんて何一つなくて、大いなるもののエネルギーのおかげで、僕らが生きていることに気づくということだと思っています。

これも、この状態にいる方との直接の対話やワークを通して、大いなるものに触れられるのではと思います。

そしてここに至るには、人それぞれの違う道のりがあるので、何かの本や誰かの言葉を聞いても、それは自分自身に当てはまるかというとケースバイケースなので、お釈迦様も経典にして残すなといってますよね?

本来は体験して体感することでしか、大いなるもの、本当の自分自身というものには気づけないのかなと思います。

なのでこれを書いていること自体ナンセンスなんですけど、僕はそういうことも含めて、書いてますから、ちょっと頭の片隅に入れておいていただければと思います。

エネルギーワークやヒーリングでも、因果が発生する時点でそこには大なり小なり自我が残っているということなので、邪気を受けたり消耗したりしちゃいますが、それが本当に無くなって、大いなるものとしての自分として在ることが出来れば、そう言ったことはなくなります。

要はそれが解脱ですからね(笑)

さてさて、こんな感じで今回は四向四果と癒しについて書いてみましたが如何でしょうか?

多分、既存の四向四果の理解からはかけ離れているかと思いますので、きちんと勉強されている方には怒られてしまうかもしれませんね(苦笑)

色々段階とか書いて難しく感じるかもしれませんが、実は難しいことなどなく、サレンダー出来れば良いだけなのですが、結局そのサレンダーするのに、自分が執着していると言うのが一番難しいんですけどね…

今回は、あくまでもこれは僕自身の経験も含めた、悟りにもし段階を作るとしたら?ということを書かせていただきましたので、本当にご参考程度に、何かの話のネタにしていただけたらと思いま〜す。


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ありがとうございます!(^ ^)
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とくさん@癒しのよろず屋

はじめまして、とくさんです! 『心のよろず屋』では心理カウンセリングとヒーリングをやってます。 本拠地は千葉県八千代市のきりん堂指圧治療院。noteでは普段ブログでは書けないようなことを書いていきますよ〜!

コメント1件

超有料コンテンツですがなー!
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