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#ネガティヴ・ケイパビリティで生きる【読書メモ】

答えを急がす立ち止まる力、大切やなと思います。

思考の共犯関係を結ぶ

ネガティヴ・ケイパビリティは、
加速する社会が失いがちな能力、個人が何とか自分の業務や生活を回していく上で後回しされがちな能力

「よどみ」

漠然と生きづらさを感じている人がほんの少し息をつきやすく

思考する共犯者

性急に結論を出さずに棚上げすることの持つ創造性

自分の頭だけでなく、他人の頭も使って考える

信頼し合う関係で展開される全力の対話

陰謀論者って、民主主義そのものじゃないか

謎解きゲームのような高揚とつながりの感覚が、陰謀論には生じうる

集合的に作られていくナラティヴとしての陰謀論

陰謀論の哲学 意図と結果を短絡している

「議論」も「対話」もない

お約束のじゃれ合いをするコミュニケーション

マスターアーギュメント=実際には頼りにならない単純な線引きに訴える

ポジティヴ・ケイパビリティ
=市民の徳目。自分で考えを発信していく力

ワークショップやファシリテーションが、ネガティヴ・ケイパビリティの形成にとってプラスになっていない可能性

お膳立てなしにやっていける姿勢はどこで育めばいいんだよ

なめらかに話しすぎることの問題点

単純な一問一答を超える局面、つまりネガティヴ・ケイパビリティを用いる局面をどう作るか

参加型行政を進めていく上で、しゃべらせる権威としてファシリテーションが要請されている

参加型行政がアリバイ的に求める「意見をしゃべらせる権力」ではなくて、むしろ聞くことに徹すること、聞く側でどこまでいけるかというところ

他者批判は自分を安心させる

自分の世界観をちゃんと共有できた仲間と出会ったことってほとんどない人たちが多いんじゃないか

批判や議論にオープンで、自分の考えを柔軟に変えていくのって特殊なスキルや態度

当事者研究

私たちの疲労

私たち=たまたま含まれた人たち

疲労に至るプロセスが「私たち」のナラティヴになる

情報技術は属人性を高める

「私たちの疲労」の「私たち」は、合意に至るまでのプロセス自体がナラティヴになるから生まれるんじゃないか

アテンションエコノミー(注目経済)

共感集めが自己目的化

共感とは、プラスの注目のこと

女性は、男性以上に「感じのよさ」への高いハードルを標準的に課されているのは確かでしょう。きれいな肌、整った髪、化粧が標準装備です。

男性として生まれていれば、この種の「当たり前」が埋め込まれる可能性がどれぐらいだったかを想像すれば、その非対称性は伝わるでしょうか。

応援消費

ネガティヴ・ケイパビリティは、他者理解において重要な役割

注目は、期待によって人を縛ってしまうことがある

キャラというのは、自分をデフォルメするということ。

本来自分が持っている人格の多面性を切り詰め、その関係性の中で要求されている役割に即して自分や他人が動くようにという規範が働いている。

アテンションエコノミーのもたらす暴力性

自分のキャラ付けで、その人はスターになっている

アテンションエコノミーは注目によって人を「消費」する

文化の消費か、文化の盛り上がりか

注目を加速させるSNSの発展によって、このジレンマがますます苛烈化している

インテンションエコノミー=ちゃんと考えて選んでください

市民に熟議し反省し続けることを要求するか(=インテンション)、印象的な言葉で盛り上げて人気をとるポピュリズムか(=アテンション)

ファンベース

ブランドへの信頼は、人格への信頼と似ている

広い意味での「トラスト」

関係が壊れるリスクを負うから信頼が生まれる

アイデンティティ・ポリティクス

インターセクショナリティ

SNSで何かをカミングアウトすることって、その弱さに寄り添うとかではなくて、アテンションを集め、瞬く間に周囲を敵と味方に分割する機能を持ってしまっている

プライベートなやりとりには、毛づくろい的に安心を提供し合う機能はあったわけですよね。それは、誰にとっても必要なことですよね

秘境的道徳

自己決定権

多様な権威に確認をとり続ける現代人の不安

多様な人が集まる「バザール」と、メンバーシップのある「クラブ」

クラブへの多元的な所属

言葉に乗っ取られない

光を当てるだけでなく、別の暗闇にも所属すること

体験の質感に関する言葉が足りていない

公共性や政治の領域に回収されない、生の言葉遣いに触れることに潜在的なニーズがあるのかも

言葉を禁じて残るもの 

紋切型でない言葉、比喩

言葉に窮する経験を持った方がいいのかもしれない

徳と「神秘主義」の組み合わせ

徳と「覚醒」の組み合わせ

自己相対化

ただ生きるのではなく、よく生きる

メタ認知

観察

安易に公的空間に乗り出すのではなく、プライベートなものを豊かに育てるための方法

ナラティヴを所有する力

生身の人間として抱く感覚を失わずにいること

自分たちの操る言葉に支配されずにいて、なおかつ、言葉を使って人とコミュニケーションをとっていくことの両方が求められている

倫理、エシカル、SDGs
努力目標的でふにゃっとしているところがあり、受け入れやすい

同じ言葉を使っていても、違うことを意味している

倫理、想像力、創造性、イノベーションみたいなフワッとみんなが同調できてしまうマジックワードにも該当しそう

フィクションは、自分とは違う事情や考えを持った他者を想像する訓練になっていて、その意味で他者性をインストールするきっかけにはなる

歴史という相対化する視点

「私のことは後世の人が判断する」という視点をどれくらい持っているか

他の人の物語に触れようとする姿勢

アイデンティティ・ポリティクス

契約の前提が崩れ、世界はポスト同意社会へ向かう

リバタリアン・パターナリズム(ナッジ)

デカい話は、自分がルールメイカー側だと錯覚させる

なんとなく勝ち馬に乗っているつもりになってしまう

公と私を再接続するコーポラティヴ・ヴェンチャー

政治も個人のことも語れる中間的な場所

中間集団
どっちつかずの言葉が許容される場所の重要性

自分だけのアイデンティティを考えるプライベートな時間・空間をどう確保するのか

SNSは意見を持たない自由を奪う

この世界には公と私の「あいだ」がない

実験的日常を共有する

皆でとりくむ、命懸けの挑戦

コーポラティヴ・ヴェンチャーとしての社会から、公共性が立ち上がってくる

公共性は結果的に立ち現れてくるもの

意見表明ではなく雑談から、不真面目な話ができる余地、雑談ができる余地を持つことが大切

割り切れないものを語り合う

ネガティヴ・ケイパビリティの一つのあり方は、「意見はこうだ」と言わずに、誰かと一緒に過ごす力だと言えるかもしれません。

実験的な日常を誰かとシェアすること

取り落とせるような意見の持ち方が、ちゃんとした意見の持ち方

「私たちが何を大切にしているのか」

漠然と怖いと思っているのではなく、まずは言語化してみて、それって何を気にしているんだろうねと考えてみることなんじゃないか

潜在的にあるはずものについて言葉にしてみるという営みをちゃんとやっていく

公私の間に「共」(コモン)が必要

互いの感覚を実験的に言語化していく場所

自分たちの暮らしと利害に根差した集団を作る

効果的な対話は、実は、相手の言葉遣いへの翻訳ができるくらい「観察」をやった後に生まれる可能性がある

セルフクリエーション(自己創造)

自分で自分を形作っていく

そこでしかありえない言葉遣いを話すようになる関係性を持つ楽しさに気づけるかどうかという問題

「この人と話すときにしか出てこない言葉だ」と感じる力

エピソードから生まれる手触りのある言葉

終わりなき自己相対化は、リフレーミングすれば怖くない

借り物の言葉じゃなくって、自分の言葉を持つということ

実験的な日常を誰かと共有することの楽しさ

自分を振り返る目としてのネガティヴ・ケイパビリティ

日々の些細なことを記録し留めるためにnoteを活用しています。