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【メンタルヘルス】人の自殺に生物学的な意味はあるか?

 日本では2017年時点で2万人ちょっとの人が自殺しているので、1日50~60人程度の人が自殺している計算になります。年々減少しているとはいえ、まだまだかなりの数です。

そもそもなんで人は自殺するんでしょうか?

ここまでの人が自殺を選ぶということは、そこに生物学的な意味があるのでしょうか?

もしそうなら、人以外の動物も自殺するんでしょうか?

仮説1)人だけが自由意志を持っているので、人しか自殺しないのでは?

 自らを殺す、というのは、動物の生存本能に著しく反した行為であり、それを実現するためには、本能に逆らう自由意志が求められます。動物は人間に比べてより本能に忠実なので、動物には自殺のような本能に逆らう意思決定をする能力が単純にないのではないか、という可能性が考えられます。つまり、人間が自殺をするのは、それを可能にする自由意志があるからなのではないか、という仮説です。

反証1)自殺に自由意志は不要

 そもそも人間に自由意志があるのか?という興味深い問いはさておき、自然界を観察してみると、そもそも自殺に自由意志は不要であることがわかります。

 そうです、そもそも自殺するのは人間だけではないんです。

 身近な例として、私たちの身体を構成している細胞が挙げられます。人の身体はおよそ13兆もの細胞からできていますが、そのうちの約0.5%にあたる500から700億もの細胞は日々自殺しています。この現象はアポトーシス (Apoptosis)と呼ばれます。

 もちろん細胞は「あぁ生きてるのがつらいもう死のう」と思って死んでいるのではなく、その細胞に起こったなんらかの異常が周りの細胞に広がらないようにするために自らにダメージを与え、その能力を奪います。アポトーシスの経路は複数ありますが、それらが上手く働かなくなると神経線維の萎縮や心臓病、がんなどの重大な病気につながっていきます。そのため、身体は細胞になんらかの異常が見つかった時、その細胞が自ら死を選ぶようにあらかじめ決定しているのですね。その決定は絶対で、自由意志が介在する余地はありません。

仮説2)人間の自殺も社会におけるアポトーシスなのでは?

 アポトーシスは、異常が生じた細胞を生体から効率的に取り除くための仕組みでした。もしかしたら、それと同じことが人間社会でも起きてるのかもしれません。なんらかの異常が個人に生じた場合、それが周りの人に広がらないように除去するシステムがそもそも人間にプログラミングされており、自殺する人はそれに従っているだけなのかもしれません。

反証2)個人の自殺によって社会はよくならない

 確かにアポトーシスにも、自らの異常を察知して自殺する内在経路(intrinsic pathway)と、異常を悟った他の細胞から自殺を促され自殺する外在経路 (extrinsic pathway)があり、人間の自殺と似ています。

 ですが、もし人間の自殺がアポトーシスであれば、社会はそれを構成する個人の自殺によってメリットを受けていないといけません。言い換えれば、個人が自殺することにより、その集団の寿命が長くならなければ適切なアポトーシスとは言えません

 日本は、毎年自殺で亡くなる約2万人の人々によって、より健康な国になっているでしょうか?

 日本の自殺率は国際基準から照らし合わせてもまだまだ高いですが、それでも過去8年間減少しているそうです。その過去8年間、日本はどんどん悪い方向に行っているのでしょうか?

 ドイツ、イギリスなどの欧州先進国の自殺率は低いですが、それらは日本より不幸な国なのでしょうか?

 やはり、自殺率が低い社会の方が健全な社会と言えるのではないでしょうか。

仮説3)何者かに操られて自殺してしまうのではないか?

 前述の通り、自殺は全ての生物が持つ生存本能に大きく背く行為であり、進化論上、そもそも起こりえていい現象ではありません。そのため、自殺は自分の意志ではなく、何者かに操られて起こるのでは、という一見突拍子もない仮説もありえます。自ら死ぬために生まれてくる人はいません。何者かによって、自殺を誘導されているのではないでしょうか?

傍証3)寄生虫によって脳の働きを変えられている可能性はある

 自然界には自殺を誘導する寄生虫がいます。これらの寄生虫は、例えば寄生した動物が捕食されるように誘導したり、水に落ちて溺れ死んだりするように誘導したりして、最終目的の寄生先を目指していきます。

 例えば、トキソプラズマ (Toxoplasma gondii)という寄生虫がいます。猫を飼っている人は知っているかもしれませんが、基本的にあらゆる恒温動物に寄生することができるので、当然人間にも寄生することができます。寄生されても特に目立った症状があるわけではありませんが、インフルエンザの軽いバージョンのような症状が出ることもあります。

 確かに、トキソプラズマに寄生されたネズミは猫を怖がらなくなり、より捕食されやすくなります。ただこれは、猫がトキソプラズマの(現状確認されている)唯一性生殖が行える最終寄生先であるためです。人間を自殺させても猫に捕食されることは(たぶん)ないので、おそらくトキソプラズマによって人間が自殺しやすくなくことはないのでは、と思われます。

 ただ、トキソプラズマに感染した人間の行動やパーソナリティが変化したり、トキソプラズマ感染が統合失調症やうつ病に関連しているという研究も出ています。寄生虫が人間の行動にもたらす影響は、思ったよりも小さくないのかもしれません。

仮説4)人は自殺することで誰かにダメージを与えようとしているのではないか?

 人間には誰にだって、自分が大切にしているものがあります。それを踏みにじられたとき、自分の身を犠牲にしても侵略者たちにダメージを与えたい、という思いは理解できます。「刺し違えてでも」「捨て身の一撃」など、日本語にはそういった表現が多彩です。自分が死ぬことで、周りに事の重大さを思い知らせてやろう、という思いに集約されるかもしれません。

傍証4)自爆攻撃を行う動物は人間以外にも存在する

 一部のアリは、自らの身体を爆発させる能力を持っています。それによって、例えばてんとう虫などに襲われたとき、他の仲間や巣を守ることができます。タールのような油状液体を出して足止めするのですが、たまにてんとう虫を殺すこともできるようです。もちろん失敗したら無駄死にですから、アリのようにグループ内の個体数が多く「自分の代わりはいくらでもいる」種のみで有効な手段だと言えます。

仮説5)生きているより死んだ方がマシだから自殺するのでは?

 人間も生物として生存本能を持っていますが、外的ストレスやうつ病など、なんらかの原因で生存本能が弱まり、「生きている意味がない」「死んだ方がマシだ」と感じたなら、自ら死を選ぶこともあるかもしれません。

傍証5)血縁選択説の範囲内で、自分の役割が全うされたのなら自死を選ぶこともある

 スズメバチ (Wasp)のオスは、メスと生殖後に死にます。これを自殺と言っては正確ではありませんが、個人が自分の遺伝子を後世に残すことを最重要課題とし、その実現のために自らの死が必要なのであればやむを得ない、ということは自然界にはあるようです。

 血縁選択説 (kin selection)というのは簡単に言うと、同じ種内でも血のつながってない他者より、血のつながった兄弟親戚の遺伝子を残したい、という生物の行動傾向のことです。血がつながっている=自分と同様の遺伝子を持っている、ということなので、仮に直接自分の遺伝子を残すことはできなくても、自分の兄弟親戚が生きてくれれば彼彼女らが間接的に自分の遺伝子を後世に伝えてくれるかもしれません。

 実際、一夫一妻制 (monogamous)の動物(マーモセットなど)がパートナーを失った後に食事をせずに後を追った、などの例は、血縁選択説と自殺の関連を示しています。飼い主が死んだ飼い犬が、その日からごはんを口にせず数日後飼い主を後を追った、というのも、もちろん人間と犬に血縁はありませんが、「この人がいなかったら自分が生きていてもしょうがない」という点では同様であると言えます。


まとめ (Take-home message)

自殺は、生物が本来持つ生存本能からかけ離れた現象だが、そもそも自殺できることは、

1)自由意志があることを意味しない

→自死を選ぶことが、自分自身の自由な選択である保証は実はどこにもない

2)その結果として社会がよくなることもない

→人の社会と細胞生物学は似ているが、詳細まで同じわけではない

1)に関連して、自殺を選ぶのはもしかしたら自分ではなく、

3)寄生虫のような完全に外的な要因

なのかもしれない。

自殺はアポトーシスや自滅攻撃など生物学的な意味は確かにある。

しかし、人間にとっても自殺が意味を持つためには、

1)アリのような「自分の代わりならいくらでもいる」集団内で

2)自爆攻撃によって外的を排除し、人間という種の保存に著しい貢献ができるとき

という2つの条件が同時に満たされたときに限るが、人間が自分たちが霊長類であることを忘れない限りそんな状況は想定しにくい

→多くの人の自殺には(少なくとも生物学的な)意味はない

また、(進化論の血縁選択説を踏まえて)別に自殺が意味を持つために、

1)自分に自分の子孫を残せる可能性が(能力的に)ゼロであり

2)自分には兄弟親戚は1人もおらず

3)自分には人生の拠り所になる対象(なんでもいい)もない

の3つが同時に満たされる必要があるが、おそらく多くの人は少なくとも1つは当てはまらない

→血縁選択説でも多くの人の自殺に意味を見出せない

→→多くの人間の自殺に意味はなく、外的ストレス、うつ、寄生虫感染などによって脳が機能低下し、生存本能が奪われることによって起こる病気の最悪の結果であると思われる

→→→心、身体、両方の定期的なチェックとケアで防げる可能性

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