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迷子

まんぼうの日、ぼくはどこにも居場所がなかった。急に部屋にいられなくなり、逃げ出すように飛び出した。どこかで朝までの時間を潰そうとした。しかし店は電気をすっかり落としていて、行くあてもなく歩くしかなかった。僕は一人だと強く思った。どの通りも、明かりは最低限で、人の影はほとんどなかった。街の音が少ない。とても怖くなってしまった。音が足りない。音のない世界に繋がっているかもしれない。音がなくなってしまうことを非常に恐怖しながらふらふらとたどり着いたのは鴨川だった。鴨川は音が溢れていた。轟轟と絶えず水が、そこを流れているのがわかる。ようやく一息つくことができた。ただ、歩いていないと恐怖がうしろから追いついてきそうで、時々後ろを振り向きながら歩いた。そしてようやく落ち着けそうなベンチに辿り着き、腰掛けてみることにした。ひやっとしていた。こいつは生きていなかったのだと思う。轟轟と音は単調だ。気がつけば、ここはだいぶ暗い場所だ。止まってしまった。水は本当に流れているのだろうか。音がしているような気がする。しかし耳の奥で何かが刺激されて音と勘違いしているのではないか。すると世界はバラバラと崩れて、一つの大きな黒いものになってしまった。もうとっくに恐怖に追いつかれてしまっていた。気がついた時は叫びそうだった。昏い。聞こえない。もうだめだ、とたまらなくなる。もがいているつもりだが、前に進んでいるのかもわからない。恐怖がべったりと僕の目と耳を覆う。真っ暗だ。音もしない。夢中だ。自分がどこかわからなくなった。周りがグルグル傾いていく。声も出ない。押し潰された喉。恐怖が喉も締めてしまった。苦しい。抱きすくめられる。体を押し潰される。自分の体がもう他人のようで、何もできなくなった。

明るい場所に出たらしい。人にぶつかってしまった。僕は走っていたようだ。盛大にこけたのが見てわかる。痛くはない。その人は何も言わなかった。ぶつかったのが嘘のように、そのまま歩き始める。本当にぶつかったのだろうか。本当はぶつかってなどいなかったのではないか。僕はもう存在していないのではないか。思念も怪しい。何もかもわからなくなってしまった。

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