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「コピーは、コーヒー牛乳飲みながら。26/27」第55回宣伝会議賞グランプリ・林次郎さんインタビュー

二十六/二十七杯目は、

「現金なんて、お金の無駄づかいだ。」

————2018年8月22日の日中、その対談取材は行われました。

今回は、都内某所のワーキングスペースからお送りします。暑さ厳しいこの日、飄々とした雰囲気の一人の男性の言葉に耳を傾けていました。

彼こそコピーライターの登竜門である「宣伝会議賞」の第55回グランプリに輝いた林次郎さん。クレディセゾンの課題で

「現金なんて、お金の無駄づかいだ。」

というコピーで応募総数46万点の頂点を掴んだ人です。

「宣伝会議賞」。日本最大級のコピーコンテストであるこの公募は、この連載でも何度か登場していますが、一次審査の通過率でさえ1%前後の難関として知られています。その激戦を制した林さんに「この賞に挑む価値とは何か」をテーマに取材してきました。

グランプリの景色は、今までとは違う世界だった

林さん:グランプリを獲ってから「おめでとう」を言ってもらえたり、いろんな媒体から取材を受ける機会もあったりと、かなりバタバタしていましたね。

中でも一番緊張したのが「第56回宣伝会議賞」ティザーサイトのコピー執筆の依頼。嬉しい反面、「グランプリが書いたのにこの程度かよ」と思わせるコピーを書かないようにしようと(笑)140本ほど書き、その中で一番自分が自信のあったコピー

「言葉だけでなんとかしてやろう、ってところがいい。」

に決まった瞬間は、心からホッとしました。そんな素敵なチャンスもいただけるなど、グランプリ受賞後はこれまでとは全く違う世界が広がっていました。

————今でこそ日本最大規模の広告賞の頂点に立った林さん。しかし初参加した9年前の38歳の頃は、コピーライターという言葉すら知らないごく普通の営業マンだったそうです。

林さん:(この賞に挑む)前の仕事が小さな玩具・日用品のメーカーでして、CMや広告とはほぼ無縁な環境だったんですよ。コピーなんて何? 印刷機? みたいな。ところが、この賞で「キャッチコピーってこんな面白いのか」とそれまでの認識がガラッと変わったんです。

きっかけとなったのは入院中に、暇つぶしに貰った雑誌の中に「宣伝会議 コピーライター養成講座」の案内があったこと。その中にこの公募の情報が掲載されていまして。「短いコピーならなんとかできるかな」と軽い気持ちで応募することにしたのが、今から9年前の第48回でした。10本だけ応募したらあっさり一次審査で全滅しましたが(笑)

最近当時の作品を見直してたのですが、ああ、この頃って「キャッチコピーではなく、キャッチーな言葉を書いてただけだったんだな」と気付きました。目立てばいい、カッコつけてる言葉を使えば勝てると思っていたんでしょうね。

林さん:そのあとお金を払ってコピーライター養成講座に通いだし、しっかり勉強したあとで第49回に挑戦しました。この時は44本応募し、一次が2本通過。この時のコピーは今でもよ〜く覚えています。まず一つはJリーグを見たくなるコピーで「ユニかわいい。」。ユニフォームを着たら可愛いく見えますよ?という提案ですね。 そしてもう一つは横浜市をPRするコピー「横浜の海風は、追い風です。」という作品でした。二つとも一次審査通過しただけなんですが……ああ、うん、今思い出しても嬉しかったなあ。

————実際に応募経験がある人ならわかると思いますが、このコンテストは一次審査からすでに通過率は1%前後と呼ばれています。2回目の挑戦でその壁を突破できた瞬間を思い浮かべているのでしょう、微笑む林さんの瞳は少し潤んでいるように見えました。

林さん:総合コースに行った甲斐があったな、よし、もっと上を目指そう! とその翌年の50回では応募数を一気に増やし400本応募しました。その回では炭酸飲料「オランジーナ」の作品「こたつはみかんに譲ります。」などのコピーが一次審査を通過しました。

そしてその次の51回では514本を応募。ECCの課題で「親切さに語学が加われば、日本はもっといい国になる。」というコピーがファイナリストに選出され、贈賞式に呼んでいただけたんです。

六本木の映画館が会場だったのですが、表彰台のあるスクリーンから5列目くらいが自分の席で、なんと目の前に座っていたのがその時のグランプリの方で。審査員から名前を呼ばれた彼女が立ち上がり、壇上へと向かっていく後ろ姿を眺めていたのを今でも覚えています。「すごいな〜いいな〜」と思う一方で自分は名前を呼ばれず、ず〜っと席に座ったまま(泣)目の前で各賞受賞の瞬間を見て「この贈賞式ってこういう世界だったんだな」と知りましたね。

————そして林さんは、続く第52回と第53回で当時のリベンジを見事果たすことになります。

三年連続授賞式に参加。その理由は「量」

林さん:第52回は牛乳石鹸のコピー「男性が好きな女性の香り。86年連続1位。」がシルバーをいただきました。さらに翌年はDMソリューションズのコピーで「CMは『おーい』DMは『あのね』」というコピーもシルバーになり、ありがたいことに3年連続での贈賞式参加が叶いました。

この時は事前に最終候補のコピーがWEBサイトで発表され、それぞれに「いいね!」ボタンが押せるシステムだったんですよ。で、驚くことに僕のコピーの「いいね!」数が上からありがたいことに1番目か2番目で。このボタンの数って審査結果とは必ずしも一致しないんですが、過去2回の時は全然押してもらえなくて。他の人のブログにも「このコピー、好きです」と取り上げていただけて……。

その一方で、同じように式に参加されていた方の「うお、いいなあ」と思うコピーに出会う喜びもありまして。52回で一番好きだったのが、保険クリニックの「あなたの代わりに注釈を読みまくっています。」というコピー。これはいいなあ、うまいなと思いましたね。他の方の良作と出会うのもこの賞の嬉しさ、というか大きな楽しみでした。

———プロでない一般の方でありながら、3年連続贈賞式参加という快挙を成し遂げた林さん。何を心がけ挑戦してきたのでしょうか?

林さん:すごくシンプルなんですが、とにかく数を書くことですね。シルバーを受賞した第52回は930本、第53回は875本のコピーを応募。コピーライターの講座を受けていた時、数は少なくていいよと言った講師の方は一人もいなかったんですよ。「量を書かないと、どうにもならない」と徹底的に教えられました。3本だけ書いてそれがグランプリを受賞する、なんてことはまずありえない。プロの人やもっとたくさん書く人もいるからこそ、自分も「量は質になる」という鉄則を信じ書き続けていました。

林さん:あとよく聞かれる企画意図に関しては、ほぼ時間をかけていません。審査員もコピーをメインに見ていて、その下に記入する企画意図はあまり見ていないようで。推測なんですが審査員が「このコピー、言っている意味がわからないけど、ぶっ飛んでて気になるな。ちょっと企画意図見てみようか」という時に見ているんじゃないかな。だから企画意図には余程のことがない限りは力を入れず、ひたすらコピーの数を増やし続けることに専念しました。

「量は質になる」その鉄則を信じ続け、プロのコピーライターにも負けない実績を出してきた林さん。しかし第54回では4年連続授賞式参加を逃すという結果が待っていました。一体何があったのか。そして55回でいかにしてグランプリに至ったのか。その質問を投げかけた時、終始微笑んでいた林さんの表情がスッと変わりました。

「コピーしか考えない2ヶ月があってもいいじゃないか。」

林さん:これまでと同じように書いていれば獲れるだろう、そう考えて54回で提出した本数は780本でした。毎年毎年やって実力がついているのだから、少しだけ減っても問題ないだろうと思ってしまったんですよね。

しかし、あの年は贈賞式に招待される連絡がこなかった。毎年2月に事務局から呼ばれ、3月の贈賞式に参加していたのですが、電話が鳴らないまま2月が終わってしまったんです。

————結果を出してきたことから生まれた、小さな慢心。それが思わぬ結果につながってしまったと林さんは当時を振り返っていました。

林さん:例えば審査基準の変化とか、他に何か原因があったのかもしれません。でもやっぱり、自分のなかにあった甘さが理由だったんだなと思っています。PCから見ることになった贈賞式の中継は、ぐっとこみあげるものがありましたね。「ああ、俺、今年はあの会場にいないんだ」と。

————そんな胸中を経て、その半年後に始まった第55回。この時、林さんは計画の一つとして「応募本数1000本超え」を目標にしたそうです。

林さん:最終的に出した本数は1069本。一度も1000本超えたことなかったので、この年は思い切って挑戦することにしました。2000本まで書く……となると流石に質が落ちるなと判断し、1000本を絶対に出そうと。

————その一方で、林さんは別の計画も立てていたそうです。

林さん:1日2課題、コピーを書く。これを2ヶ月間、毎日やり続けることにしました。計画通り進めることができるなら、46の課題を23日で一周することが可能だろうと。46日で二周し、締め切りの60日までまだ余裕があるはず。そして残りの期間を、全体的なチェックに回すことにしたんです。

————「量を書く」だけでなく「毎日、書き続ける」。例年は書かない日もあったそうですが、54回での悔しさをバネにこの2つの計画をやりきれたとのこと。その過程で、あのグランプリ作品

「現金なんて、お金の無駄づかいだ。」(クレディセゾン)

が生まれたのです。

林さん:ふと思いついた瞬間を逃さぬよう、スマホでのメモも同時に行ってしました。最初にメモした時は「現金は金の無駄。」というフレーズでして。そこから「このままで意味は通るのか」と考えたり「もっと長く語ったほうがいいかな」と言葉を付け加えたり。その試行錯誤を繰り返した結果、あの形に落ちつきました。

————贈賞式では「その辺を歩いていたら、たまたま生まれたコピー」と答えていたという林さん。しかし、会場で審査員の方から「そのコピーはただの偶然からでは生まれたのではない」と指摘を受けたそうです。

林さん:「考えてノートに書く、考えてノートに書く」を毎日ひたすら繰り返す。そうすることで脳から無駄な情報の削ぎ落としがされ、考え方や表現の仕方が洗練されたのだと教えていただきました。コピーをノートに書くって、要は脳にある情報を外に出していく行為なんですよ。地道に行った「無意識の情報のそぎ落とし」こそがこのコピー誕生につながったんだと言われ、納得しました。

————応用技術や技法に走るのではなく、基本的な努力を毎日すること。54回の挫折からその大切さを学んだ林さんは、これから挑戦する皆さんに向けてこんなメッセージをくださいました。

林さん:もし結果を出したいなら、とにかく書き続けてください。あとから挽回できるからのんびり書こう・今日は考えなくていいやといった意識は、何かしら響きます。一方で書き続けた結果、グランプリとして名前が呼ばれ、壇上に立ち多くのカメラが自分に向けられるたまらない瞬間をぜひ味わってほしい。それまでの努力が全て報われるのですから。

「コピーしか考えない2ヶ月があってもいいじゃないか。」

今年挑戦する皆さんに向け、この言葉を最後にお伝えしたいです。

宣伝会議賞だけでなく、多くの公募コンテストが開催されるこの秋。募集期間の取り組み方次第で、賞金や結果以上の価値を得られるのかもしれません。今回の取材を経てそんなことを考えつつも、すっかり氷の溶けきったアイ◯カフェオレを、ぐいっ。

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