ドーピング混入事件があった日本カヌー連盟の裏話

カヌースプリント選手のドーピング混入、盗難事件は記憶に新しい。世間のイメージとしては、マイナー競技カヌーの世界でも海千山千の強者が栄光を求めて熾烈な競争を繰り広げている、なんて事はないだろうし、犯人たる鈴木某個人の素養の問題だと解釈されたようだ。

僕もそのように考えていた。ところが、カヌー連盟そのものにも問題があるかもしれない、カヌー連盟の現体質では遅かれ早かれ何らかの問題は起こっていたのではないか、という話をきいた。ある元競技者のカヌー連盟への苦言だ。嘘のない本当の話だとは思うが、あくまで一個人の一面的な意見であることは否定できない。あくまで、そのような側面があるのだという認識で読んでもらいたい。

話の発端は、僕のカヌー連盟への不満だった。

(そもそも僕は、競技カヌーの世界とリクリエーションカヌーの世界がもっと近づいてほしいと考えていて、そのためにはカヌー連盟という競技カヌーの巨大団体が柔軟に動いてほしいと思っている)

最近、”競技カヌー”が過去にないほど人々に知られるようになっている。リオ五輪、スラロームで銅メダルを獲得した羽根田卓也の華麗な功績と、カヌースプリントのドーピング混入・盗難問題だ。両極端な二つだが、この両件のおかげで、日本全国の誰もが”競技カヌー”の存在を知ることになった。

これは「カヌー普及」という点では、絶好の好機なのだ。ところが、カヌー連盟、何一つこの機会を利用する気がなさそうだ。アピールするつもりがない。この好機にイベントするなりキャンペーンはるなりすれば、カヌー愛好者は激増していたかもしれない。旧態然とした日本の体育界の悪いところ。

今回の鈴木某の件では、なぜわざわざ小松選手を選んだのかという疑問もあった(らしい)。鈴木選手はピークを過ぎて戦績が振るわなかったと言われているが、長距離では依然最有力候補の1人であり、短距離を得意とする小松選手では的が外れている。これについては考察があったので、そのまま紹介したい(と思ったが、その記事を見つけることができず..)。とにかく、代表選考が複雑である、という事情があるのではないかということ。

加えて今回耳にしたのが、そもそも「代表選考基準が不透明だ」という元選手からの苦言なのだ。

代表選考は、成績やタイムをもとに判断されるはずが、明らかに成績で勝る選手が選ばれないことが、しばしば起こるらしい。その度に監督・コーチが抗議するということも少なくないらしい。

監督が自分の選手のチャンスを少しでも拾うために抗議するのは、ある意味普通のことだとも思う。ただ、選考基準が不明なのは大問題だ。フラットウォータースプリントとは言え、現地の環境に左右されることは少なからずあり、それに合わせた選考がされているのかもしれない。選手の成長や将来性を踏まえた上での選考なのかもしれない。だとしても、それを説明できないのは、やはり問題。選考を行う連盟に対する不信感にもなるだろうし、選考を出しぬこうとする、成績・タイム以外の要素で選ばれようとする動機の温床にもなる。

さらに聞けば、「依怙贔屓」も疑われるとのこと。以前、自主トレーニングのため代表合宿に参加しなかった選手がいたそうだ。その選手引退後も、その選手の出身チームからはなかなか代表が選ばれないという。代表クラスともなれば、自分なりのトレーニング方法も身につけていることだろう。合宿不参加が責められるべきとは思わないが、旧態然の体育業界だ。集団行動がどうの日の丸の責任がどうのと言い出すことは不思議ではない。

でも、それがその後の選考に影響してるってのは勘ぐりすぎじゃないの?と。いやいや、そう思っても不思議じゃないことが、いま代表チームに起こっているのだ、という。

いま日本代表真っ二つに別れてるらしい。代表チームのコーチ(かどうか知らんが、とにかくトレーニング指導にあたる人)が、トレーナーとしては優秀だそうだが、選手を選ぶのだそうだ。代表の中でも、こいつはイケるという選手のみを指導し、その他の選手は放ったらかし。もちろんそんなコーチとはやってられないという人も多く、なんと他のコーチが選手を集めて新しい協会を作ってしまった。(協会ってのがどういうことなのかよくわからんのだが)

つまり、正コーチの正規代表チームと、新コーチの新協会に別れてしまった。正コーチのやり方が不味いのは言うまでもないが、新コーチのやり方もよくない。新コーチが正義感から立ち上がったということは疑わないが、新しい組織を作ったというのは不味い。同チーム内で仲が悪いのは仕方ないが、他の組織を作ってしまっては解決が遠ざかるだけだ。

カヌー連盟上層部はグダグダなのだ。連盟の運営もグダグダだし、選手からの信頼感も無い。こんな状況では、選手間での不信感にも繋がるだろう。
今回の件では鈴木選手個人に問題があるのは明らかだが、その鈴木の行動を止められなかったのは、そうした全体の不信感があるのではないか。相談すべき事があっても相談できない。ましてや解決など望みようもない。

どこの業界もそんなもんやで、は反論にはなってない、というのは全ての人にとっての了解事項であってほしい。悪いところに合わせる必要など微塵もない。

あまりに一方的な見方なのではないか、という反論はありえる。この話を教えてくれた元選手かそのチームメイトが、代表落ちの憂目にあっていたのかもしれない。そうであっても、選考基準の不透明性に疑義を持っている選手の存在は事実だし、内情はともかく代表チームが分裂しているのも事実なのだろう。

事件が起こっても不思議ではないような空気があった、とはその元選手の言葉である。この話、ブログに書いていい?との質問には、どうぞ、みんなに知ってほしいと返ってきた。

仲良しこよしをしてほしいわけではない。限られたイスを奪いあう熾烈な競争なのだ。にらみ合い競い合うのも当然だ。その競争の力をいい方向に伸ばしていくことが、協会なり連盟なりの役目なんじゃないだろうか。

どこにでもあることなんだろうが、ここでもか、と落胆する。

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Shimpei Tatsumi

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