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映画『凪の海』に寄せて 脚本いながききよたか 【コギトの本棚特別篇】 その3

3、
シナハン三日目、ひとまず映画の舞台に関する成果はあげたと一路、宇和島から東へと車を走らせました。

高知県は目の前、四万十川へと到着しました。7月の22日、暑い盛りです。
もう遊ぶ気満々で、ひとしきり少年に戻って、下着のまま川遊びをしました。年甲斐もなくはしゃぎ、心の底から本当に楽しかった。

頭上には沈下橋があります。あそこから飛び降りると早川君が言い出し、見事ジャンプ。
いながきさんも是非と言われ、高所恐怖症の気もあり普段なら絶対にしないところを、調子に乗って、40がらみのおじさんもジャンプをしました。

ある意味、映画を、それも誰にも頼まれず、自己資金で作るというのは、大きなジャンプです。早川君と私の沈下橋からのジャンプは、他人から見ればささやかなジャンプでしたが、それは後につながる大きな一歩となったはずです。

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昼食には四万十の天然の鰻丼を奮発しました。美味いというより、野生を味わうといったおもむき、最高の観光です。

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いやいや、しかし、まだシナハンは終っておりません。仏作って魂入れずの状態、いま一歩の踏み込みが欲しいと、私は密かに感じていました。

川を上がった私たちは、近くにゴキゲンな日帰り温泉があるというので、ぜひ入ろうと提案しました。

私は二十代の頃からさまざまな監督と、とにかくこれと決めず、さまざまな作品に取り組んできました。その中で納得いく作品には共通点があります。これは私だけの経験ですが、それは、監督と風呂に入るというものです。

あの監督とも、あの監督とも、あの監督とも、風呂やサウナに入り、シナリオのアイデアをひねり出しました。風呂は私と監督にとってのシナリオの源なのです。

ともあれ、そんなことは早川君には告げず、二人して長湯です。

私は、その時はまだ、監督のイメージにある、とある兄妹だけでは、ドラマが転がらないと感じていました。なにか、映画の貫く人物が必要だと。その人物は、監督のよく知る人である必要があるとも、感じていました。いや、一番よく知っていて、かつ一番不可解な人物、それは自分自身ではなかろうかと。

村上龍がどこかで、1作目は経験でかける、2作目はその貯金で、3作目は想像力でしかかけないというようなことを何処かで書いていた気がするのですが、別に彼の小説の善し悪しは別にして、これは言い得て妙だなと感じています。逆説的に言えば、1作目は経験に勝る素材はないということではないでしょうか。

風呂の縁にこしかけながら、私は早川君に、それこそ根掘り葉掘り聞きました。

そして、自分でもどうかと思いますが、故郷に嘘をついたことはないかなどと質問したように思います。これは、地方出身者である私自身にも耳が痛く、覚えのあることだったからです。

その質問を皮切りに、早川君は落ち着き払って真正面から自分自身と故郷について語ってくれました。

そうして私は、シナリオの準備のすべてを手に入れることが出来ました。

『凪の海』の主人公:圭介は、まぎれもなく早川大介であり、同時に私であり、また同時にいま故郷を離れて暮らし、もがいている人たちです。

こうしてシナハンは終りました。
帰郷し、すぐにシナリオ執筆に入ったのですが、その前に、私は監督にとある作業だけはお願いしようと考えていました……。


(つづく)


映画「凪の海」公式ホームページ
劇場情報 渋谷ユーロスペース


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