なぜ、僕らは起業したのか?

はじめまして。株式会社Co-Lift 共同代表 定金 (@CoLift_sadakane) と申します。Co-Liftは、2017年に共同代表の木下 (@kanta0106)‏と2人で創業した会社です。

僕らがなぜ起業し、何を実現したいのか、良い機会なのでこのnoteを通して整理してみようかなと思い立ちました。

なので第一弾の今回は、僕らが世の中のどんな課題を解決したいと思っているのかをまず整理してみます。

「分かる」は楽しいけど、「分かる」まではしんどい

本を読んだり、人と話したり、インターネットで調べものをしていると、
「あ、なるほど!そういうことだったのか!」と思う瞬間ってありますよね。この瞬間ってめちゃくちゃ気持ちいいですよね。

でも、そこに到達するまでって、ものすごくしんどくないですか?

SNSのタイムラインで流れてきてたまたま見つけた記事を読んで「なるほど!」となることは稀にありますが、「分かりたい」と思っていることがあって、そこに到達しようとすると案外なかなかたどり着けません。

ビットコイン、AI、IoT、コーヒー、ワイン、日本酒、絵画、音楽、歴史、、etc.

そんなときは、キーワードを何度も変えながら検索してみたり、いろんな記事やブログを読んでみたり、本を何冊も読んでみたり、詳しそうな人に聞いてみたり、、そうこうしている内に、ようやくなんとなくおぼろげに分かってくる。

これって、もっと簡単に出来ないの?

と僕らは不満を感じています。

もし仮に、もっと早く簡単に「本質的な理解」が出来るようになると、
「考える」ことがもっと楽しくなるし、それについて誰かと「話し」たくなるし、「話す」ともっと深い問いにたどり着いたり、時には思ってもみなかった「アイデア」を思いついたり、といったことがもっと頻繁に起きるようになるんじゃないか。

そんなインタラクションがうまれるような仕組みがあると、世の中がもっと面白くなるんじゃないか、そう思うのです。

仮説 ー 「分かる」ためには、「構造」と「論理」と「論点」への理解が必要である

「本質的な理解」が出来るようになるためには何が必要なのか?それは、「構造」と「論理」と「論点」をつかむこと、だと僕らは考えています。

抽象的で分かりにくいので、具体例で説明してみようと思います。

具体例 ー なぜ、「今晩何食べたい?」 に 「なんでもいい」と答えると怒られるのか?

ところで、共同代表の木下という男は、メガネにどこで買ったか分からない柄シャツという見るからに怪しい出で立ちなのですが、彼は俗に言うイクメンです。(イケメンではありません)

彼の家は夫婦共働きなのですが、最近は奥さんがかなり多忙なこともあり、3歳の子供の食事も含めて家事の多くの部分を彼が担っています。

今でこそそんな彼ですが、奥さんが多忙になるまでは、保育園の見送りや子供の入浴などお手伝い程度の家事貢献で、家事育児の大半は奥さんに頼りっきりだったそうです。

そして、ご飯時が近づいてくるとよくこう聞かれます。
「今晩何食べたい?」

そこで彼は答える訳です。
「なんでもいいよ」

はい、アウトです。
もちろん彼の奥さんは不機嫌になるわけです。

奥さんに怒られ反省はするも、人の気持ちに圧倒的な鈍感さを誇る彼は、なんで不機嫌になるんだろうと不思議に思っていたそうです。

それから月日は流れ、奥さんの仕事が忙しくなり、料理担当のメインが彼に変わった、とある休日のこと。

いつものように夕食の準備を始める時間帯に、ふと奥さんに聞いたのです。
「今晩何食べたい?」

奥さんは答えます。
「なんでもいいよ」

その瞬間、彼の中に予想外の感情が芽生えたのです。

「イラッ!!」

そして彼は思わずメガネを叩き割ります (彼はイラッとするとすぐにメガネを叩き割る癖があります)。

それから何度か<今日何食べたい?→なんでもいいよ→メガネを叩き割る>を繰り返した彼が、ある日、僕に相談をしてきたのです。

「メガネの買い替えが家計を圧迫している。しかしメガネが無いと仕事が出来ない。メガネは業務に必要だ。だから経費でメガネを買おうと思うが問題ないか?」

問題しかない。当然却下です。

イラッとする度にメガネを叩き割って経費で購入なんて聞いたことも無ければ、仮に認められるとしても立派な財務上のリスクです。

そこで僕は、彼と共に「なぜイラッとするのか」を考えることにしました。

「今晩何食べたい?」というのは、何を問われているのか?

「なんでもいい」になぜイラっとするのか?それはおそらく、質問者の期待に答えられていないからでしょう。

では、「今晩何食べたい?」という質問は何を期待しているのでしょうか?
言葉をそのまま受け取ると、「晩御飯のメニューの要望の有無への回答」を期待しているようにも思えます。
しかし、もしそうであれば「なんでもいい」は、要望は無いと回答しているので、期待は満たされているはず。

つまり、「今晩何食べたい?」は、要望の有無を聞いているわけではない。

では、何が問われているのか?

ここで、家事を「肉体労働」と「頭脳労働」に分けて考えてみましょう。

肉体労働は、買い物や調理といった実際の行為。これらは時間がかかるほどしんどさが増すという特徴があります。

頭脳労働は、メニューや時間配分や手順を考えるという目に見えない部分。

実は、物事を決める (= 意思決定する) ことは、人間にとって大きなエネルギーの必要なことだということが知られています。
この意思決定するのに必要な力はウィル・パワーと呼ばれています。

そして、意思決定しなければならない項目 (= 変数) が増えれば増えるほど、ウィル・パワーを消費する (= しんどさが増す) というわけです。

晩御飯のメニューの意思決定に影響を与える要素 (変数) は、例えば、
・お昼ごはんや昨日の晩御飯は何だったか?
・食事までの残り時間はどのくらいか?
・買い物と調理にかける時間配分は?
・冷蔵庫の中に余っているものは?
・冷蔵庫の在庫の中で賞味期限が近いものは?
・今の時期スーパーで安く買えるものは?
…etc.

こう考えてみると、晩御飯のメニューというのは、実は色々な変数を考慮しなければならない、知的にしんどい作業といえます。

「今晩何食べたい?」は家事の頭脳労働を手伝って欲しいという救援要請

そう考えると、「今晩何食べたい?」は、要望を聞いているのではなく、家事の頭脳労働への手伝い要請という風に考えることが出来ます。

それに対して「何でもいい」というのは、変数を一つも減らしていません。つまり、全く手伝いになっていないというわけです。

「ちょっとお醤油買ってきて」と言われて「やだよ、自分で行ってきなよ」と返すようなものなわけです。

それはイラっとして当然ですよね。

すると、「今晩何食べたい?」に対して考えるべき論点は、「夕飯のメニューを決める意思決定の変数をどうしたら減らす事が出来るのか?」ということになります。

構造と論理と論点が分かると、思考が進む

具体例が長くなりました。話を戻します。

本質的な理解をもっと簡単に楽しく得るためには、「構造」と「論理」と「論点」を理解する必要がある、と僕らは考えています。

「構造」は、家事の例で言うと、家事を頭脳労働と肉体労働に分け、頭脳労働は意思決定の変数の数でしんどさが増す、という風な分解。

「論理」は、「今晩何食べたい?は家事の頭脳労働への救援要請である」という推論。

「論点」は、意思決定の変数を減らすには?という問。

このように理解を進めると、「変数を減らすにはどうしたらいいの?」というだけではなく、
「他の家事だとどんな意思決定コストがあるの?」「家事の意思決定コスト削減という観点で新しいサービスは作れない?」「家事以外では?」と、新たな論点 (問) がたくさんうまれてきますよね。

このような思考が進んで、深まる拡がる体験をつくる仕組みが作れないのか?

それが僕らが挑戦したい課題です。

そんなのどうやってやんの?出来るの?儲かるの?等など、その辺はまた追々整理してまとめていこうと思います。

P.S.
ちなみに、この記事の執筆中に「夕飯何食べたい なんでもいい」と改めてググってみると割とすぐに同様の視点で書かれた記事が見つかりました。笑

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