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イシミチヨ 『わたしのお気に入り』 (福岡県福岡市)

捨てられないでずっと持っている『お気に入り』があるひとがうらやましい。モノ・コトを大切にできる気持ちがうらやましい。『便利』に負けない気持ちがうらやましい。

いまこうして原稿を書いている部屋にだって集中できないくらいたくさんのモノが溢れているけれど、とっておきのお気に入りというものが1つも見当たらなくて愕然としている。捨てられないものはある。一点物もある。けれど、だいたいのものはまた買えばいいし、だいたいのものは雑然と転がっている。読まない本。聞かないレコード。賞味期限の切れた調味料。今年一回も着てない服。昔の恋人からのプレゼント。誰かから見たらゴミみたいなものだけれどちょっと大事でかなりどうでもいい。いつか、いつか、と、積み重なったモノ・コトはぼくの無意識の意識のレイヤーであって、優柔不断さと冷徹さの現れである! 好きなものだけがあればそれだけでいいというシンプルな暮らしに憧れているけれど、きっと本当は憧れていないのだ。

わたしのお気に入り
My Favorite Things

ジョン・コルトレーンによるジャズ・スタンダードナンバーを思い浮かぶ人も多いはず。古くはミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の劇中歌(映画も有名ですね)。JR 東海の CM 『そうだ、京都へ行こう』の曲として覚えてもまぁよし。

福岡からエントリーしてくれた イシミチヨ ZINE『わたしのお気に入り』の英題『My Favorite Things』の前には『No-name』とふってあるのがポイント。この誌面で紹介されている彼女のお気に入りは『ブランド』のように名前が先行している『モノ』ではないという前置きになっている。『名前のない』ものだからこそ、誰のものでもなくて、読む人はそこに共鳴ができ、時に自分の思い出と重ねることができる。ブランド紹介だと自慢じみてるし嫌ね。

近所の風景はもちろん、インテリアも写真で見れば『SEIKO』の時計であるとわかるけれど、それ以上のブランドの話は語られていない。文房具も器も素敵なものが紹介されているのに、どこのなにかは語られていない。もしかしたら彼女の『お気に入り』はうらやましくたって誰も手に入れられないのではないかと思うくらいの。でも同じくらいの『お気に入り』なら私にだってあるわよ、と思わせてくれるくらいの。ちょうどいい My Favorite Things 。パーソナルな ZINE の多くは『どこどこのこれ!』『あそこのあれ!』と強くリコメンドされている中、名前を外したのは本当にすばらしいバランス感覚と言える。本当に好きなんだろうなあとひしひしと思う。

さて、読み終えて改めて見渡したぼくの部屋。

『名前』を外してみたら、大事なモノ・コトがたくさん浮かんできた。しばらく読まずにいる本も、聞かずにいるレコードも、いつか、いつかと、言ってもいつか大切なひとと一緒に見たい聞きたいもので、これらはぼくの『お気に入り』だったのを忘れていた。とはいえ、そろそろいらないものは捨てないと大切なものを見失ってしまう。明日はちょっとだけ部屋を片付けよう。

普段は気にも止めないものに限って、引越しをしたり無くしてしまうと、あの景色懐かしいなぁ、あれ好きだったよな…とおぼろげな記憶がよみがえってきます。気に入っているたくさんのものを時間が経っても鮮やかに思い出せるようにこの本を作りました(作品タイトル『わたしのお気に入り』について)

まさに。

My Favorite Things をまとめるのも ZINE の1つの方程式。これから ZINE を作ってみたいひとは自分の身の回りの大切なものを整理してみるのもいいかも。

ー Written by 加藤 淳也(PARK GALLERY)

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エントリー 福岡

イシミチヨ 

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